今日の空は澄んでいて、太陽は元気に大地を照らしていた。天気はまさに快晴。
それが良いのか悪いのか。どちらかなどは分からないが、少なくともここにはこの天気に不満を漏らす声が聞こえる。窓の外の天気をわざわざ確認しなくても分かる天気。太陽は自分の仕事をしているだけとはいえ、こっちにとっては迷惑だ。
いつも通りに修行をしていた二人だが、弟子の母親が買い出しに出掛けるからと午後は留守番を頼まれた。降り注ぐ日の光には同じ言葉が出るばかり。
暑い夏の涼しさ
天気は快晴。それはもう清々しいほどに。雨が降っていると出来ることが限られてしまうし、晴れている方が色々と出来るといえばその通りだ。別に晴れていることに文句を言いたい訳ではない。文句を言いたいのはこの暑さにだ。
そう、今の季節は夏。一番気温の高い時期だ。他の季節に比べて太陽が高く日も長い。そして、じりじりとした暑さが体を襲う。その暑さに文句を言いたいのだ。
「あー……暑い…………」
思わずそんな言葉を呟く。無理もない。今の気温はとっくに三十度を越えている。暑いというには十分な温度だ。こんな気温の中で過ごしていれば暑いと感じない方が凄い。これは誰だって暑いと感じるような気温だろう。
暑さのせいかやる気も低下してしまっているようで動こうとする気が起きない。とにかくこの暑さをどうにかして欲しいという思考ばかり働く。
「大丈夫かい?」
この暑さにやられている弟子の様子を見ながら尋ねる。弟子はやってきた師匠に気が付くと「悟飯さん」とその名を呼んだ。
「随分と辛そうだね」
「だってこの気温ですよ? 悟飯さんは暑くないの?」
自分のことを気にかける悟飯にトランクスはそのままの疑問を投げ掛ける。この気温の中で暑く感じていないことはないと思うが、あまりに普通にそんなことを尋ねてくるものだから気になったのだ。
「暑くないことはないけど。でも、暑いと言ったところで何も変わらないからな」
悟飯の言うことは一理ある。どれだけ暑いと言葉にして訴えたところでこれはどうしようもないのだ。天気などの自然現象だけはどうやっても変えようがない。どれほどの科学力をもってしても自然現象はどうにもならないのだ。こればかりは仕方のない。
だから暑いとはいえ特に何も言わないのだ。どうしようもないのであれば言ってもしょうがないというわけだ。
「それは分かってるけど、暑いものは暑いよ」
頭では理解していても体で感じるこの温度は確かなもの。暑いものは暑い。トランクスは悟飯のように仕方がないからと考えることは出来ない。気温が高くて暑く感じるものは暑いのだからそれ以外の考えには分かっていても上手く結びついてはくれない。
悟飯は頭で考えたものから。トランクスは体で感じたものから。そこから話している様子を見れば、捉え方の違いが分かりやすいだろう。
「暑いって言うだけ余計に暑くならないか?」
「それでも暑いって言っちゃうんですよ。こうも暑いと」
「でも、言わない方がそう感じないのならその方がいいだろ」
「だけど暑いんだもん」
そのままに答えるトランクスに悟飯は笑った。悟飯自身も暑いと感じるとはいえ、トランクスのように言葉にすることはない。そのまま形にして訴える弟子の姿は子供らしい。
ふと窓の方に視線を向けてみると、相変わらずの太陽の活動が伺えた。雲一つさえない空では太陽が隠れることを期待することも出来ない。気温は上がることはあっても下がることはないだろう。
暑さで辛そうなトランクスを見て悟飯は何かないかと考える。考えたところで涼しくする物には今の時代ではあまり見かけなくなったクーラーや、古典的な物では団扇くらいしかないだろう。
他には何かないかと考えて「ちょっと待ってて」とだけ言って悟飯は台所へと向かった。トランクスは不思議そうにその後姿を眺めていると、少ししてから悟飯はこの場に戻ってきた。
「暑い時には冷たい物が食べたくなるだろ?」
そう言いながら渡されたコップ。その中には、白い山と、山の頂上に青色のシロップがかかっていた。一般にいうカキ氷という物である。夏の食べ物として有名な物だ。その名の通り、氷の山にシロップをかけたシンプルでありながらも冷たくて夏にピッタリだ。
トランクスは「ありがとうございます」とお礼を言ってそれを受け取る。持っただけで感じる冷たさ。この冷たさが程よくてなんだか気持ちがいい。
「早く食べないと溶けるよ?」
気温はこんなにも高いのだから氷は放っておけばすぐにでも溶けて水になってしまう。その言葉に慌ててカキ氷を食べ始める。「美味しいか?」と尋ねられて「はい」とすぐに答えた。暑さの中でカキ氷の冷たさが気持ち良くて勢いよく食べていると、案の定というように途中でキーンと響く頭を片手で押さえた。
「カキ氷をそんな勢いで食べるからだよ」
「だって……!」
暑いから冷たさを求める体がその冷たさを持つカキ氷を欲するのも仕方がない。けれど、カキ氷とは氷で出来たもの。そんなに勢いよく食べれば頭に響いてしまうのも当然というやつだ。
冷たい物が欲しいとはいえ、何度も頭が痛くなるのはご免だ。少しペースを落としながらカキ氷を食べていく。その様子を悟飯は隣で眺めていた。暑い暑いと訴えていた弟子もこれには満足してくれた様子に嬉しそうだ。一口ずつ運ぶ動きを追っていると、ふいにその手が悟飯の前に差し出された。
「悟飯さんも暑いでしょ?」
だから、と話しながら一口分のカキ氷が乗ったスプーンを差し出す。トランクスの優しい気遣いに悟飯は「ありがとう」と言ってそのカキ氷を口に含んだ。口の中に広がる甘さと冷たさ。夏の食べ物というだけあって、この気温の中で食べるのには丁度良い冷たさを感じる。
それからまた一口、トランクスが食べる。すると次にはそれを悟飯に差し出して、そのカキ氷は二人で一緒に食べることになった。二人で食べているとなくなるのもあっという間で、すぐにコップにあった白い山は跡形もなくなってしまった。それでもカキ氷の冷たさは十分に感じることが出来た。
「これで少しは涼しくなったかな?」
「はい!」
そう答えたトランクスの声には元気が戻っていた。暑さの中で辛そうだったのも回復したようだ。いつものように戻った様子に悟飯は「それなら良かった」と微笑んだ。
ふと、窓の方を見ると、相変わらず太陽と青い空が見える。悟飯はそんな景色を見ながら何かを思いついたようにおもむろに口を開いた。
「そうだ、トランクス」
「何ですか?」
外に向けていた視線をトランクスへと戻す。真っ直ぐ悟飯のことを見ているその瞳とぶつかる。まだ子供で、子供らしさの残る彼に悟飯は一つ提案をする。
「今度、海に行ってみるか?」
そう質問した後「修行の為じゃなくて」と付け足された。修行ではなく、遊びに海に行かないかと。
その問いにトランクスはすぐに返答した。
「はい!」
笑顔で返って来た言葉。それが本当に嬉しそうで、つられるように悟飯も笑顔になる。それから「決まりだな」と一緒に海に行く約束をする。
それがいつになるかは分からない。けれど、そう遠くない未来の話だろう。
夏は暑い。その気温からも過ごしやすいとは言い難い。暑いだけの中で過ごすのは辛い。
でも。暑いからこそカキ氷という冷たい物を食べたり、海に行って遊んだりということが出来る。暑いからこそ冷たいものを欲するのだ。
暑いのは嫌だけれどこんな夏も悪くないかもしれない。
大切な人と一緒に過ごす、この夏も。
fin