「トランクスくんってさ、優等生なんだよね」


 唐突に呟かれたそれはただの呟きなのかこちらに問いかけているのか。どちらなのかは分からなかったけれど、この場にいるのは自分を含めた二人だけ。一応「そうだな」と相槌を打ってやれば「そうだよね」と返してくる。全くコイツは何が言いたいのか。


「で、また何で急にそんな話になったんだよ」


 聞かなければ答えは分からない。だからトランクスは思ったままに尋ねた。
 トランクスが優等生であることくらい悟天は十分に知っている。彼は勉強も運動も出来る上に女子生徒達からはカッコいいと大人気。更にはカプセルコーポレーションの御曹司でもある。ついでに戦闘民族であるサイヤ人の血を引いていることから一般人とは比べ物にならないくらい強いのだが、それはまあ良いだろう。
 とにかく、それらのことは聞くまでもなく悟天だって分かっていた。だけどそんな言葉を漏らしてしまったのは、ここが普通は立ち入り禁止にされている学校の屋上だからである。


「そんな優等生なのに、勝手に屋上の鍵を用意してるとか誰も思わないよね」

「誰かに知られても困るだろ」


 それはそうだけど、そういう話ではなくて。教師にも一目を置かれるような優等生がこんな不良染みたことをするとは誰も考えないに違いない。
 とはいえ、悟天からしてみれば特に不思議がることでもない。それならどうしてこのような話題を持ち出したのかといえば、幼馴染があまりに周りの印象と違うことを平然とやってのけているからだ。


「みんな優等生だって信じてるんだろうね」

「お前、さっきから何が言いたいんだよ」

「だってさ、トランクスくんが本当はこういうことするなんて言っても誰も信じないでしょ?」


 まあそうだろうな、と言えるのは普段の学校生活の中では優等生と呼ばれるような立ち振る舞いをしているから。どうしてこんな話になっているのかは結局分からないままだが――いや、要は学校では優等生だと思われているのに普通にこういうこともしているんだという話か。


「あのな、周りがどう思っていようがオレは別に変わってねぇよ」


 学校では優等生ということになっているがトランクス自身が変わったわけではない。勿論、年齢と共に成長はしているけれど根本的な部分は変わっていないという話だ。それもトランクスに言わせれば当たり前のことなのだが。
 言われればその通りだけれど、悟天はなんだか不思議な感じがするのだ。彼が悪いことをするなんて誰も思わないし信じないだろう。それはトランクスを見ていれば当然なのだけれど。


「あ、これがギャップってヤツ?」


 見た目と中身に差があるのがまたカッコいいとかなんとか。そんな話をクラスの女の子がしていた気がする。
 そんなことを言い出した悟天にトランクスは大きく溜め息を吐いた。本当にお前は何が言いたいんだと。オレに何を求めてるんだよと言いたくなる。


「言いたいことがあるならさっさと言えよ」

「そういうワケじゃないんだけど」


 それなら何なのか、もう面倒になってくるのだが聞き流してしまっても良いのだろうか。仮に聞き流したとして、目の前の幼馴染は一人で勝手に話を続けてくれそうだ。現時点でもトランクスは彼の話についていけていないのだから。
 面倒な話を終わりにする為にも「ごちゃごちゃ言うならここに来るなよ」と口にすれば慌ててごめんと謝罪が返ってきた。屋上はトランクスのものではないのだが、ここの鍵を持っているトランクスが居なければ悟天は入ることすら出来ないのだ。それだけは避けたい。


「でもさ」


 幼馴染は訳が分からないから終わりにしようとしているけれど、何も理由がなくてこんな話をしていたという訳ではない。かといって大層な理由がある訳でもないのだが、それは説明しておこうと思ったのだ。


「トランクスくんのそういうトコを知ってるのって、ボクだけなんだよね」


 それが特別のような感じがして。実際、特別だからこそ今ここにいるのだけれど。
 そう話した悟天にトランクスは一瞬驚いたけれど、それこそ何を今更という話だ。小さい頃からずっと一緒に居る幼馴染。時には多くの仲間と強敵と戦い、二人で居ることが当たり前。おそらく悟天以上に悟天のことをトランクスは理解しているし逆もまた然り。
 これがさっきからの疑問の答えだったというのだから呆れる。ついでにお前はどうしてそんなに嬉しそうに話すんだと言いたくはなったが、聞かなくても大体返事が想像出来たから別の言葉を口にした。


「ばっかじゃねーの」

「バカって、酷いな」

「だって本当のコトだろ」


 この間のテストだってと言えば悟天がうぐ、と言葉を詰まらせる。勉強が出来ないという意味で言ったことではなかったが、成績が悪いこともまた事実なのだ。
 トランクスの言った馬鹿の意味にはそれも含まれてはいるが、くだらないという意味合いの方が大きい。それを嫌だとは思わないけれど、よくそういうことを平気で言えるなとは思う。


「まあ、そういうところも嫌いじゃねーけど」


 言い終えるなり唇を重ねれば、悟天の頬は見る見るうちに朱に染まっていった。分かりやすいというかなんというか。可愛いなんて言ったら間違いなく怒られるのだろう。
 ここは学校だと主張する悟天に対し、屋上なんて誰も来ないと返すトランクス。悟天の言い分は尤もだが、鍵がなければ入れない屋上に他の誰かが来る可能性などほぼないに等しい。だからといってこんな場所で、と考える悟天の方がまともだろうか。

 そうこう話しているうちに遠くでは授業開始五分前を知らせる予鈴が鳴る。そろそろ教室に戻った方が良いだろうとどちらともなく立ち上がる。


「お前、午後の授業寝るなよ」

「…………努力はする」


 努力しなければ寝るのかと呆れたが悟天はそういう奴だ。テスト前にはこの幼馴染に勉強を見て欲しいと頼まれたのだが、授業中にちゃんと聞いていないのかと尋ねたら返答に困っていた。理由はこれである。
 ちゃんと授業を聞いている時もあるらしいが、先生の言っている意味が分からないというどうしようもないことを言われた。お蔭でテスト範囲より前まで遡って勉強を教えることになったのがこの間のテスト。直前に苦労しない為にもせめて授業くらいしっかり聞けと言いたいが、言ったところで無意味なのだろう。


「それでテスト前に泣きついてきても知らないからな」

「そんなこと言わないでよ!? ちゃんと聞くから次も教えてってば!」

「……何で次もオレに教わること前提なんだよ」


 どうせそうなるとは思うけれど、とは心の中だけで呟いた。仮に授業を聞いていたとしても分からないと頼まれそうなものだ。それでも寝ているよりはマシだろうが。
 こんなことはトランクスにしか頼めないとテスト前と同じことを言われて思わず溜め息。兄の悟飯は忙しくて頼れないというが、トランクスだって自分のテスト勉強があるのだ。といっても、成績優秀の彼は特別勉強をするような科目もないから幼馴染の勉強を見る余裕もあるにはある。


「あーもう、分かったからさっさと教室戻るぞ」

「うん!」


 そう言って二人は屋上を後にする。きちんと鍵を掛けておくことも忘れない。これで元通りだ。鍵さえ掛かっていれば、誰かがこの扉を開けて入っていたなんて分からないだろう。
 雑談をしながら階段を下り、それじゃあまた放課後と言って別れる。部活に所属していない二人が一緒に帰るのはいつものことだ。そして昼休みは屋上で共に過ごす。それが二人の学校生活。







らな姿

(それが特別みたいでなんだか嬉しいって、そんな話)