時は流れ、絶望のようだった世界は明るい未来へと導かれていった。
人造人間がいなくなり、以前のような世界を取り戻そうと復興作業が行われた。その復興作業も順調に進み、今となっては人造人間達が現れるよりも前の頃のような世界まで戻っていた。人々に平和が訪れ、明るい未来の光が灯った。
そんな平和な世界は今日も空は青く澄み渡っていた。
どんな姿でも
絶望のような未来の世界に終止符が打たれた数年前。あれからの何年もの歳月を経て、世界はゆっくりとではあったが活気を取り戻していった。人造人間と戦士との間の戦いに決着がつき、平和を手に入れることが出来た世界。今となっては、あの頃がまるで嘘だったかのように明るい世界が広がっている。
その世界で以前ほどまでとはいかなくとも、カプセルコーポレーションという会社は有名で大きな企業だ。新製品の開発に仕事の依頼が入ってくるようにもなった。
仕事の依頼があれば当然だがその依頼を果たすための物を作ることになる。そのために今現在、この部屋では不思議な現象が起こっていた。
「えっと……つまり。母さんが依頼の物を作るための実験をしたってことですか…………?」
聞いた話を整理して改めて尋ねる。「そういうことだね」とあまりに普通に返してくるものだから驚いたり心配していたのが馬鹿らしくなってくるというかなんというか。と、そんなことを思っている場合ではないけれど。
「だからって、なんで悟飯さんに…………」
「それは、たまたまオレがいたからじゃないかな」
平然と返している辺り、この状況を大して気にも留めていないということだろう。そういえば、昔からこういう人だったなと頭の片隅で思う。
「そんなに気にすることもないと思うよ。それに効果は一日くらいだって言ってたからね」
誰がとは言わないが、それはこの状況を起こした人でもあるブルマのことだろう。そのブルマはといえば、仕事のために会社の方に行っている。ずっと傍で様子を見たりする必要もないということだろう。薬の効果もどうやら一日らしいのだ。結果はあとで聞けば問題ないということなのだろう。
自分がいないところで何をしているのだと考える。今更考えたことでどうにもならないけれど。自分ではなく悟飯だったという理由だって悟飯が言ったとおり。偶然そこにいたからなのだろうからどうしようもない。
「別にこの体でも不便はしないよ?」
「そうですか? 悟飯さんが大丈夫ならそれでいいですけど」
どうせ薬の効果が切れるまではどうしようもないのだ。悟飯が大丈夫というのならもうトランクスがいくら気にしても仕方がないという話だ。
ブルマが依頼されて作ったというこの薬は、簡単にいえば容姿を若返らせるというものらしい。誰に依頼されたかという細かいことは分からないが大方女性だろう。その実験のための薬の効果は一日のみ。容姿を若返らせるという言葉の通り、今トランクスの目の前にいるのは実年齢よりも十年ほど前の姿をした悟飯本人だ。
「トランクスは、タイムマシンで過去に行ったんだったよね。その世界のオレは丁度これくらいだったのかい?」
突然過去の世界での話を持ち出される。あまりにも唐突な内容に戸惑いながらも過去の世界での出来事を思い出しながら「そうでしたよ」と肯定する言葉を返した。
人造人間がまだこの世界にいた頃。トランクスは過去の世界にタイムマシンで向かった。それはこの世界の人造人間を倒すためであり、未来を変えるために。過去の世界では悟空や父であるベジータ、それにトランクスの知るより幼い姿をした師匠の悟飯に会った。あの時トランクスが出会った彼は十歳くらいだったと思う。
その悟飯と今目の前にいる悟飯は同じ年頃だろう。十年ほど前の姿になった悟飯の年というのは、過去の世界で会った悟飯とほぼ同じだ。トランクスが過去で出会った彼と同じような姿をしている。
「どうだった?」
「どうって言われても…………」
「向こうの世界のオレとは随分と違ってるのかな」
その世界では、絶望のような世界は広がらなかったのだから。
戦士達が修行をして必死に戦い、人造人間を倒すことが出来た。そのお蔭であの世界の未来はこちらの未来とは大きく変わったはずだ。そこで色々あっただろうことは分かっている。その戦いで悟空は命を落とすことになってしまったとも。それでもこの世界とは違い仲間達は生きている。あの世界は希望に満ちている。
そんな世界を生きていく自分とこの世界を生きてきた自分。いくら同一人物だといってもやはり違うものだろうと悟飯は思う。そのことは過去の世界に行って来たトランクスもよく分かっている。
「世界が違えば人は変わりますよ。オレが知ってる悟飯さんとは少し違いましたけど、悟飯さんでしたよ」
過去の世界の悟飯はトランクスの知っているこの世界の悟飯とは少し違っていた。それも別の世界の違う未来を歩むことになったのだから当然だ。
けれど、やはり同一人物だからだろう。いくら違っているといっても二人が同じ人であることを感じることだってあった。そうはいっても、同じ人でありながら違う人であるのも事実だけれども。
「きっと、あの世界で育ったオレとオレ自身も違うと思います」
成長したあの世界の自分に直接会ったわけではない。けれど、大きく変わった未来にその世界で育つ自分とこの世界を育った自分が同じであるはずがない。自分自身だと分かっても同じではないのだ。
「そうだね。トランクスの言う通りだろうね」
育った環境そのものが変わってくる。それで人が変わらないわけがない。同じといえど全く同じではない。それが人というものだ。
「オレがこの年の頃は、トランクスはまだ小さかったな」
もう何年も前の話だ。悟飯がこの姿だった年頃にはトランクスはまだ生まれたばかりの子供だった。平和だったこの世界に人造人間が現れたのもこのくらいの年の頃だったかと思い出す。あれから随分と時は流れたものだ。小刻みではあまり感じないけれども、こうも時が経っているとそう感じてしまうというもの。
「そのトランクスも今ではオレと同じくらいになったんだよな」
「オレだって成長してますからね」
成長した弟子の姿を見て微笑む。小さかった子供にこの世界で生きるために戦いを教えた。その成長も年を重ねるごとに大きくなっていく体の成長もしっかり見てきた。成長は早いものだな、なんて思っていた。
今はあんなに小さかった弟子も自分と同じ年まで追いついた。というのも、人造人間との戦いで一度は命を落とすことになった悟飯だ。再び生を受けてこの世界に戻ってくることが出来たために今ここにいるのだ。あの世では年を取らないという法則から今ではトランクスと同じ年になっている。
「まるでオレが修行をつけていた頃と逆だな」
あの時は、悟飯は今のトランクスの年と同じくらいで、トランクスはこの姿になった悟飯くらいの年だっただろう。こんな格好で過ごすことなど普通ではないことだが、よく考えてみればあの時とは逆の形になっている。
トランクスは言われてそのことに気が付いた。あの頃、悟飯はこのくらいの自分に修行をつけていたのかと今更ながらに思った。
「変な感じがするな。そう考えてみると」
「そうですね」
普通では有り得ないことだけれど、それがここでは現実に起こっている。あの時とは逆の年齢の姿をしているとしても中身はあの頃と変わらない師弟関係。何年も前から、昔からずっとこの関係は変わらない。それはこれからもきっと同じなのだろう。
「トランクス、どうせなら組み手でもするかい?」
姿は違っていても中身は変わっていないのだ。今日一日はこの姿だというならば、それを楽しむというのも変だけれど、楽しむのもいいかもしれない。見た目が違ったところで中身は同じ悟飯なのだ。組み手をするのに問題などないだろう。トランクスもそのことは分かっている。だから答えは決まっているのだ。
「いいですよ。負けるつもりはありませんから」
「手加減はしないよ? オレも負けるつもりなんてないからね」
そう決めるといつも修行をしている場所へと向かう。どんな姿だろうと自分も相手も変わらない。そこに手加減など必要ないのだ。いつもと変わらない、修行の時間である。
いつだって。どんな姿でも。
二人が師弟関係であることは変わらない。それは昔も今も、この先の未来だって変わらない。この世界に生きている限り、変わらないのだ。
だから。これからも。
ずっとアナタの隣で一緒に……。
fin