「早くしろよ。おいていくぞ」


 鞄を持ちながら教室の入り口で声を掛けた。
 言われた方は「待ってよ」と言いながら急いで荷物を纏めている。適当に近くにあった物を中に押し込むとそのまま鞄を掴んで教室から飛び出した。
 それに合わせるようにしてトランクスも歩き始める。隣に並ぶと自然と歩調は同じになっていく。学校を出て夕焼け色に染まった空の下を二人一緒に並んで歩く帰り道。








 空がオレンジ色に変わっている。昼間はあんなに青かったのに今は別の色を映している。こんな夕焼けも綺麗だな、なんて頭の片隅では思う。そんなことよりも隣に居る相手と話す方に関心は向いているわけなのだが。
 隣を歩く幼馴染とは一歳差。だから当然クラスも違えば学年だって違う。この学校生活の中で一緒に居られる時間というのは限られてしまっているのだ。だからこそ、一緒に居られる時間は互いに楽しめるような素敵な時間にしたいと思う。そんなことを思わなくても一緒に居られれば楽しいと思える。そんな二人の関心は、今だって目の前の相手にあるのだ。


「今日の授業でさ、先生に怒られちゃったんだ」

「お前のことだし寝てたとかそんなことだろ?」

「うん。だってよく分かんないし……」


 授業中。黒板に次々に書かれていく文字の数々。書いてある文字がこの国の言葉であるからまだ分かるものの内容はよく分からない。というより、あんなものをわざわざ理解したいとも思わない。つまりは授業を受けていても内容は理解してないわけであり、しっかり受けようとも思っていないわけだ。それが寝ることに繋がってしまって教師に怒られてしまったわけだが、これも初めてのことでもないので気にしてなかったりする。


「分かんないってな……。こないだのテスト何点だったんだよ」


 先週行われた定期テストの話を持ち出せば、悟天は引きつったような顔をする。要はあまりよくなかったということなのだろう。
 このテストは今学期最初の中間テストだ。新しい学年になり新しいクラスになって最初のテストでもあり、一年生にとっては高校に進学してから初めてのテストでもある。悟天にとってはまさにそれでこれが初めてのテストだったのだ。
 さっきの反応で予想がつかないわけではないが「どうだったんだ」ともう一度尋ねてみる。すると、返ってきたのは求めた答えではなく同じ質問だった。


「トランクスくんは?」

「オレは大体良かったけど」


 それを聞いて「頭いいもんね」とつい言ってしまう。流石、次期社長といわれているだけのことはある。実際は次期社長だからなんて関係ないのだろうが、彼は小さい頃から頭が良かったと思う。それも科学者である母を持つ故だろうか。分からないことを聞けば殆ど教えてくれた幼馴染をいつも凄いと思ってばかりだった。


「で、悟天は?」

「うっ…………」


 反応で分かるといえば分かる。けれど「あまりよくなかったのか?」と質問を変えてみれば「うん」と小さく頷いた。
 点数が悪かったとは言いづらいことだ。いくら相手がそれを予想していたとしてもあまり言いたくはないものだ。それがまだクラスで仲の良い友達と点数が悪かったと言い合うぐらいならマシなのだろうけれど。


「お前、勉強したのか?」

「うん、一応」

「一応かよ」


 この一応という言葉に含まれている内容。それはあまり期待できるものではないだろう。小学生の頃であれば大して勉強をしなくても点は取れるだろうけれど、中学に上がれば話は別だ。定期テストというものがあり、苦手教科などは勉強をしなければどんどん点が落ちるといっても過言ではないだろう。
 それが今度は高校となればこの定期テストも少し変わってくる。赤点というものをとってしまえば、自身の進級などにも関わってきてしまうほどなのだ。それで困ることになるのは結局自分自身というわけだ。


「その結果がこれでこの先大丈夫かよ……」

「そんなこと言ったってさ……ボクだって分からないよ…………」


 大丈夫かと言われて大丈夫と言い切れるような自信はない。むしろ、どちらかといえばその逆ではないかとさえ思ってしまう。
 この先のことなどトランクスにも分からないことだが、悟天にだって分からないことなのだ。


「悟天、お前どうやってここに入ったんだよ」

「その時は兄ちゃんに教えてもらったりして」

「あー、悟飯さんか」


 兄である悟飯に勉強を教えてもらったのなら納得もいく。
 悟飯は小さい頃から母であるチチに勉強勉強と言われてきた。その影響か勉強が嫌いではなく、今は母や悟飯自身の夢である学者になる道を歩いている最中だ。
 そんな兄に勉強を教えてもらったなら無事に入学出来ても不思議ではない。その時教えてもらったことを覚えていられるかは別として、その時はなんとかならないでもないだろう。


「でも、だったら何でテストの時は教えてもらわなかったんだ?」


 入試の時に教えてもらったようにこの間のテストの時にも教えてもらえばそんなに悪くはならなかっただろう。悟天にだってそれは分かっていたと思うけれど、ならばどうしてそれをしなかったのだろうか。


「兄ちゃんが忙しそうだったから。それに、遊んでたらあまり出来なかったっていうか……」


 きっと聞けば教えてくれるのだろうけれど、忙しそうな悟飯にわざわざ聞くのも悪いかと思ったのだ。いくら教えてくれるといっても、分からないところが多すぎるのだからそれでは迷惑になると思ったというわけだ。だから一人で勉強をしたのだけれど、遊ぶ方が楽しくてつい遊んでしまったらしい。
 それで学生をやっていけるのだろうか。そんな疑問をトランクスは抱いてしまう。
 学校というものは、義務教育以降は単位が取れなければ進級も出来ないのだ。もしもそんなことになれば、教師や親に散々言われることになるだろう。それは悟天も分かっているから避けたいと思うのだが、このままではどうなるか分からないというものだ。


「ったく、そんなこと言ってたらずっと変わらないぜ」

「分かってるけど……」

「けど?」

「出来る自信なんてないよ…………」


 いつもより暗くなっている様子がその言葉の通りであることを物語っている。どうにかしないといけないことは分かっているけれど、それがイコールで出来ることに繋がるわけではないのだ。それでこんなにも悩んでいるのだ。これがイコールで結ばれていることだったならどれほど楽だろうか。


「……それなら、オレが教えてやろうか?」


 ふと、思いついたことをそのまま口にする。
 目の前の悟天は「え」とイマイチその言葉を理解出来ていない表情をしている。


「嫌ならいいけど」

「ううん! そんなことないよ!! でも、いいの……?」

「悪いなら聞かねぇよ」


 その返事に顔がぱあと明るくなった。「トランクスくん、有難う!!」と言って飛びついてきた悟天に驚きながらもしっかりと受け止める。
 今回のテストで心配になっていたことが一気に解決した。これでおそらくもう大丈夫だろう。あとは本人のやる気の問題だ。けれど、その問題も教えてもらう相手が相手だ。そんな心配も不要だろう。


「その代わり、ちゃんとやれよ?」

「うん!」


 この言葉が真となるか嘘となるか。答えは次のテストと一緒に返ってくることとなる。結果はその時まで霧の中に包まれている。そこに光が見出せるように、これから歩いていく。
 並んで歩く影が二つ。ゆっくり歩む、その道の先にあるものとは何か。

 光あふれる道をさがして。
 二人で一緒にその道を歩いていこう。








fin