白い粉が舞い落ちる。しんしんと小さな妖精たちがやってくる。
 いつもは見えているはずの空が雲に覆われ、太陽の光の代わりにやってきたのはたくさんの雪。ゆらゆらとゆっくりしたペースで地上にやってくるこの妖精達は、次々に集まってその身に持つ白さをより輝かせている。
 そして朝、一面は真っ白い雪景色に変わっていた。








 窓から外を見ると昨日の景色とは一変、辺りは白色に染まり昨夜の雪が降り積もったことを示していた。
 結構な量が積もったようで深さもそれなりにありそうだ。所によれば除雪作業も行われているらしい。これほどの雪であればそれにも納得できるというものだ。


「わー凄い雪だ……!」


 起きて来てまず第一声にはこれだ。こんなにもたくさんの雪があれば自然とその言葉が出てしまうのだろう。トランクスは窓から外の景色を眺めて言った。今年、雪が降るのはこれが初めてではない。けれど今までのは積もるほどのものではなく、こんなに積もったのは今年では初めてのことだった。
 そんな息子の姿をブルマは微笑みながら見ていた。それから「早く朝食を食べちゃいなさい」と声を掛ければ「はい」と元気のいい返事が返ってきた。
 朝食を食べ終えてから少し経った頃、一人の訪問者がやってきた。この家にやってくる人といえば決まっている。たまに配達物を届けに来る人以外に一人だけよくやってくる青年がいるのだ。訪問者がやって来たとすれば大体がその人なのである。


「こんにちは、ブルマさん」

「あら、悟飯くん。トランクスなら中にいるわよ」


 それを聞くと悟飯は「お邪魔します」と言って中に入る。何度も訪れているために自分の家のように場所が分かる。トランクスが家のどこにいるのかも聞かなくても予想は出来ている。大して考えなくても分かりきっていることなのだ。
 悟飯の予想通り、トランクスはリビングにいた。悟飯がこの家に来ていることに気付いていたトランクスは、その姿を見るなり「悟飯さん!」とこちらに駆け寄ってくる。どうやら、さっきまでは窓の外の景色を見ていたようだ。


「雪を見てたのかい?」

「うん。こんなに降るなんて今年は初めてだよ!」


 あまりにも嬉しそうな声に「そうだな」と微笑みながら返答した。それから悟飯も窓の外を見た。一面に広がる雪は白く光っていて柔らかそうだ。触ればすぐにそこに穴が開くのだろう。同時にあの冷たい感覚も味わうことになるのだろうけれど。
 隣にいる弟子に目をやれば、キラキラした瞳が雪を見つめている。まだこの年頃の子供は雪を見れば遊びたいという思いがあるのだろう。悟飯も昔は雪が積もれば外で遊びたくなった気持ちを思い出す。時代がどうであれ、子供の心はいつだって変わらないものなのだ。


「今日は、外に出て遊ぼうか?」


 真っ直ぐ雪を見ていたトランクスにそう言ってみると「別にいいよ」と否定されてしまった。どうやらそこまで子供でもないらしい。外に出て遊び始めてしまえば楽しめるのではないかとも思うけれど、本人がいいというのならそれでいいのだろう。
 でも、やっぱり気づけば視線は雪の方に向けられている。トランクス自身がそれに気付いているかは分からないが、こんなにも雪があれば自然とそれを見てしまうのかもしれない。これを気にするなという方が無理というものだ。


「オレも小さい頃は雪が降ると嬉しくなったな」


 何があるわけでもないけれど雪を見るだけでなぜか嬉しくなった。別に雪が好きだったわけでもない。理由を探すとすれば、雪は珍しかったからだろうか。
 一年間を通して晴れや雨、曇りという天気はよくある。けれど、雪だけはこの冬にならなければ起きない現象だった。それも気温が関係しているのだから、この地域では冬という季節しかその条件に当てはまらないのだ。雪が降った時は窓の外を見て両親と雪が降ってきたという話をしていた思い出がある。


「雪が降るたびに嬉しくて、積もった日には外に出て遊んだな」


 外に出て一面の雪の上で飛び回って。父である悟空は、悟飯と一緒になって外で遊んでくれた。そんな二人の様子を家の窓からチチが覗いていた。その日はいつも勉強をしろと言うチチも家に戻ってきてからやっておくようにと言うだけで遊ぶことを許してくれた。たまにはこういう日も必要だと考えているのだろう。悟飯はまだ子供だったから親と一緒に元気に遊ぶことだって大切だからと。
 いつかの日のことを思い出して、もう一度トランクスのことを見た。いくら口ではいいと言っても少しくらいは雪に触れたいと思っているのだろう。悟飯だってトランクスくらいの頃はそう思ったのだから。いつも修行ばかりではなく、たまにはそんな日があってもいいのではないかと悟飯は思う。
 そう思っていたところで、いつの間にか悟飯のことを見ていたトランクスと目が合った。どうしたんだ、と聞いてみると一度窓の方を見てから口を開いた。


「悟飯さんは、どんなことをして遊んでたんですか?」


 さっきの話に興味を持ったのだろうか。そんなことを尋ねてくる弟子にやっぱりまだ残っている子供らしさがあることを感じる。子供らしいところがあって可愛いなとは思うものの言えば文句が返ってきそうなのでそれは心の中に留めておく。
 あの時は何をして遊んだだろうか、と質問に答えるべく考えてみる。考えてみたところで定番の遊びくらいしか出てくるものはなかったけれど。その定番の遊びを答えることにする。


「雪だるまを作ったり雪合戦をしたりとか。定番な遊びだよ」


 そう答えれば楽しかったかと聞いてくるので肯定の言葉を返した。それからまた雪を見ているものだから、本当は遊んでみたいとも思っているのかもしれない。
 考えてみれば、トランクスは雪は見たことがあっても遊んだことはあまりないのかもしれない。悟飯はトランクスを小さい頃から知っているけれど雪で遊んだ記憶はなかった。いつも一緒にいたわけではないけれど、それでもよくブルマに世話になっていたからこの家にはよく来ていた。昔にブルマと遊んだことがあるかもしれないが、あったとしても数は片手で十分なくらい少ないのだろう。
 そう思うと、最初に聞いた言葉をもう一度聞いてみたくなる。雪に興味があるのは見ていれば分かる。これでも断られたのなら諦めればいいことだ。自分の中でそう決めると、最初に聞いたことをもう一度尋ねてみた。


「やっぱり遊びに行くか?」

「…………寒そう」

「冬だから仕方ないだろ? 雪が降るくらいなんだから」


 正論を言ってくるトランクスに笑いながらその理由を答える。冬となったこの季節は寒くない所などないだろう。あるとすれば、それは元の気温が違う地域だろう。ここには冬があるのだからそんなことを言ってもどうしようもない。それくらいはトランクス自身も分かっているだろう。ただ、素直になれないからこう言っているだけなのだ。
 もし断るのだったらさっきのように言えばいいのだ。それを言わないということは、少なからず興味を持っていることに他ならない。


「でも、修行もしないと……」

「一日くらい修行は休みでもオレはいいと思うよ」


 修行は毎日必ずやると決めていることではない。だから一日くらい遊びに使っても問題ない。むしろ、たまにはそんな日があってもいいと思うくらいだ。いつも熱心に修行に取り組んでばかりでは他のことをしている暇もない。今やらなければいけないことが修行だけではないのだからこんな日があるのも丁度いい休息というもの。
 悟飯の言葉にトランクスはどう答えようかと悩んでいた。雪に全く興味がないと言ったら嘘になる。降り積もった雪を見て、その雪に触れてみたいとも思った。でも、遊ぶかと尋ねられて素直に「うん」といも言えず。二度目に聞かれた時には、やっぱり少しは遊んでみたいとも思ってしまったのだ。修行も今日はなしにしようという提案までしてくれる悟飯に、ここまで言われるともう他の言葉も見つからなくなってしまう。


「それで、どうする?」


 まるで心の中を見透かしているかのように尋ねてくる。適当に言っていた理由もなくなってしまって、これ以上は二つの返事を選択するしか残っていない。どっちの答えを取るべきか考えると、あまり時間もかからずに結論を導き出した。


「それじゃあ、少しだけ…………」


 遠慮がちに答えるあたりはトランクスらしいと思いながら、やっと了解を出してくれた弟子を見て嬉しくなる。たまにはこんな子供らしいことだって大切なのだから。普段、修行ばかりというのだから尚更こういうことも必要だというものだ。


「なら、行くか! トランクス!」

「え、待ってよ! 悟飯さん!」


 先に外に出て行く悟飯のあとをトランクスが追いかける。雪の中に足を踏み入れると新鮮な感覚がする。雪は冷たいけれど、こうして雪の中にいるとそれもあまり気にならない。家の中から雪を眺めていたのとこうして目の前で雪を見るのとでは違うように感じる。見るばかりだった雪に触れてみると不思議な気持ちになる。
 適当に雪を投げればかわされ、それからまた雪だまを作って投げ合う。初めての雪遊びにトランクスは楽しさを感じていた。二人でも笑い合いながら出来るこの遊びに。他のことなんて忘れてしまって目の前の遊びだけに集中してしまう。トランクスだけでなく、悟飯までが楽しそうにしている。

 笑い合い、楽しい時間を過ごす。
 たまにはこんな日があってもいいかもしれない。

 そう感じた冬のある日。初めて身近で感じた雪は冷たく、笑顔溢れる温かいものだった。









fin




「封完印信β」の青篭龍樹様に差し上げたものです。
時代が時代なのでトランクスは雪に触れたことがあまりないんじゃないかと思います。
そんなトランクスに雪で遊ぶかと提案する悟飯。きっとブルマさんは家の中で二人を見ているのでしょうね。