テストまであと一週間。普段あまり真剣に授業を受けていない悟天は悩んでいた。
 この定期テストというものは、ある点数を下回ると赤点というものになってしまう。その赤点の数が多ければ、進級や進学をするのも苦労することになる。ついでに補習というおまけがついてきたり親との懇談では何を言われるのやら。とにかく、赤点というものをとると大変なのだ。

 そのテストが一週間後から始まる。けれど、このままでは赤点を取ってしまう可能性が高い。前回の中間テストでも赤点を取っており、このテストでも同じような成績だと困るとテストを返却された時に言われている。
 だから赤点を取るわけにはいかないのだが、気付いた時には自分ではどうしようもない状況になっていた。







 どうにかして赤点は回避しなければいけない。そう思ったのはいいもののその術がなければどうしようもないという根本的な問題にぶつかってしまった。自分で勉強をしようにもどこから手をつければいいのかはさっぱりといっていいほど分からない。そこでどうしようかと考え、辿りついた答えは幼馴染であり親友である友に頼む以外にはなかった。
 その彼が忙しいことは知っている。高校を卒業して大学に進学した彼は、高校生の頃よりも忙しい生活を送っているらしい。大学に入ってからというもの、一度も会うことが出来ていないというほどだ。大学の勉強と同時に母の会社の次期社長ともいわれるだけあってその勉強しなければならない。そんな忙しい生活を送る彼とは連絡を取ってはいてもなかなか会えずにいた。

 それをテストがあるから勉強を教えて欲しいと必死で頼み込んだのだ。忙しいのは承知なのだが、悟天もこれ以上赤点を取れない。少しでもいいからと頼んだところ、仕方がないと言いながら一日だけ引き受けてくれたのだ。その代わり、彼自身もやることが色々とあるから家に来いと言われたのだが、それにはすぐに了解の返事をした。勉強を見てくれるというのだからそれくらいは全然構わない。
 約束をした日。悟天は時間に遅れることもなく彼の家までやって来た。


「トランクスくん、ごめんね? 忙しいのにこんなこと頼んじゃって」

「別にいいよ。授業を受けてないのは自業自得だろうけど、赤点を取るわけにもいかないんだろ?」

「うん……。このテストでも赤点ばかりだったら大変だって先生に言われた」


 中間のテストを返却された時のことを思い出して悟天は溜め息を吐いた。加えて、母のチチにも今度のテストは赤点を取らないようにとキツク言われ、兄の悟飯にも気をつけるように言われ。唯一、父の悟空だけは頑張れよと言うだけで少し気が楽になったというものだ。多分テストや赤点といってもあまり分かっていないというだけなのだろうが、それでもそのことに触れずに頑張れとだけ言ってくれたのは有り難いことだ。
 自業自得と言われても本当にその通りなので何も言うことは出来ない。けれど、それでも勉強を見ることを引き受けてくれたトランクスには感謝をしている。もしトランクスが引き受けてくれなかったなら自分一人で教科書と睨めっこをすることになっていたのだから。


「全く、分かってるなら最初からやれよな。こんなにギリギリになる前からさ」


 机の上を片付けながら言われた言葉に「それが出来れば苦労しないよ」と答えれば「出来るようにしろよ」と返される。そう言ったものの結局無理だろうということはトランクスも分かっているのだろう。今までも何度も同じことを言っているけれど毎回今のような状況になっているのだから。そうして欲しいとは思っても出来ないだろうとも思ってしまう。
 一通り片付け終えたトランクスは悟天に座るように言う。悟天が言われた通りに座るとトランクスもその隣に座った。とりあえず教科書を出すように言われて鞄から教科書とノートを取り出す。それを手に取ってみて、トランクスは呆れたように悟天を見た。


「お前、授業中何してるんだよ」

「えっと……寝てたりとか…………」


 予想通りの答えにトランクスは溜め息を零す。真っ白なノートはまるで買ったばかりのようだ。その一ページ目を開いてからとりあえずテスト範囲となっている場所を聞く。
 悟天が答えたページを開くと「まずここからやるぞ」とトランクスは確認する。どこが分からないのかと聞いても答えは全部であるに違いない。そうでなければ赤点を取りそうだからという話にもならないだろう。悟天が頷くのを確認して、溜め息を吐きたくなるのを我慢して勉強を始めた。

 勉強を開始してから数時間。いつもなら途中で飽きたとか休憩したいと言い出す悟天だが、今回はそんなことを一言も言わずに勉強に取り組んでいる。それほど必死なのだろうとトランクスは思っていた。
 でも、ここまで続けたなら一度くらい休憩を入れてもいいだろう。そう思って少し休憩しようと声を掛ける。それを聞いて、悟天はやっと勉強から離れてられると体を伸ばす。


「悟天にしてはよく続いたな」


 そんなことを言えば「酷いな」なんて返ってくる。そう言いながらも悟天自身もよくここまで続けて勉強が出来たものだと思っている。人間、やろうと思って出来ないこともないのかもしれないなんていう考えが生まれるほどだ。
 それも赤点を取らないためにも勉強をしなければならない、という思いが強かったのか。否、それ以上に忙しいのにも関わらず勉強に付き合ってくれるトランクスに、途中で投げ出したりしたら悪いという気持ちが強かったのだろう。時間を作ってまでしてくれたのだからせめてちゃんとやらなければいけないと思ったのだ。


「ボクだってやる時はやるんだよ」

「そうみたいだな」


 みたいという言葉が引っかかったが気にしないでおこう。今まで一緒に勉強をした時の様子を知っているのだから文句も言えない。分かってもらえたならそれでいいということにしようと結論付ける。
 自由になった体を楽にしていると、ふと気になることがあった。


「トランクスくんって、視力悪かったっけ?」


 トランクスのことを見ながら悟天がそう尋ねる。記憶の中にある彼は、今まで一度も眼鏡をしたことがなかった。けれど、今は眼鏡をかけている。勉強のことで頭がいっぱいで気付かなかったけれど、少なくとも高校生の頃まではしていなかったはずだ。もしかして、大学に入ってから掛けるようになったのだろうか。
 悟天がそんな風に考えていると「ああ、これか」とトランクスは眼鏡に手を掛ける。答えようと口を開こうとするが、何か思いついたのか。口に端を少し上げて幼馴染は徐に眼鏡を外した。その動作に悟天は胸がドキッとした。それが何だとも分からないうちにトランクスに両手で顔を固定された。額と額がくっつくほどの距離まで顔が近づいて、さっきよりも胸がドキドキと高鳴る。


「えっ、ちょっ、トランクスくん!?」


 状況が飲み込めず、悟天は頭がパニック状態に陥っている。それを気にも留めずにトランクスはじっと悟天のことを見つめた。


「このくらいまで近づかないと、はっきり分からないんだぜ?」


 至近距離で瞳と瞳がぶつかる。その目を逸らそうにも顔を手で固定されているために叶わない。どうしようと考えていると、スッと顔を固定していた手が離れた。それと同時に間近にあった顔も遠ざかって最初の距離まで戻る。
 まだ混乱している頭で悟天はトランクスのことを見る。そんな悟天を楽しそうに見ながらトランクスは声を発した。


「冗談だよ。眼鏡には度なんて入ってないし、この距離だってちゃんと見えるよ」


 そう話すトランクスに悟天は漸く頭がいつもの状態に戻ってきた。それから今の言葉を思い返して「それならどうして眼鏡なんてかけてるのさ」と尤もらしい質問をした。度が入っていないということは視力はいいということだ。現に、眼鏡を掛けずともちゃんと見えているのだから視力が下がっているわけではない。
 その質問に「その方が都合がいいこともあるから」とだけ返されて、どういう意味かと考える。次期社長として仕事をするにはその方がいいというのだろうか。それとも学校での何かのために都合がいいのだろうか。学校での何かといえば、元々容姿端麗で女子に人気があるのだからそこからしか繋がることがないのだけれど。それに興味を持たないのだから避けるためということなのか。真意は分からないが前者だろうということにしておこう。

 休憩も終わりにしようと再び勉強の姿勢を作る。それからトランクスがさっき外した眼鏡に手を伸ばした時、悟天は思わず「あ」と声を漏らす。その声に伸ばしかけた手を止める。


「何だよ」

「いや、また眼鏡かけるのかなって」

「それがどうかしたのか?」

「どうっていうか、見えるならそのままでいいんじゃない……?」


 見えなくなるわけではないので眼鏡をかけるのはどちらでも構わないことだ。ここに置いておくのもと思ったから一応しようかと考えただけなのだ。するなと言われて困るわけではないので、悟天がそうして欲しいならそうする。けれど、急にどうしてそんなことを言い出すのかは気にならないわけではない。


「いいけど、何で?」

「だって見えてるんでしょ? それならその……ボクは眼鏡をしてない方のトランクスくんの方がいいから」


 そこまで言われてなんとなく悟天の言いたいことを理解する。今まで眼鏡をしていなかったのだから、見えるのであればしないままでいて欲しいということだろう。そう考えて眼鏡はケースにしまっておく。それから勉強の続きをやるぞと言えば慌てて悟天が頷いた。それに少し疑問を覚えたが、大して気にもせずに勉強を始めた。
 一方で、悟天はドキドキが未だに止まらない心臓にどうしたんだろうという疑問を持っていた。トランクスが眼鏡を外してからずっとドキドキが続いている。今までにこんな感覚を持ったことはなく、逆に戸惑ってしまう。一体自分はどうしたというのだろうか。


(何で、こんなにドキドキするんだろう)


 ドキドキする気持ちを抑えてトランクスと普通に会話をしたつもりだ。もしかしたら少しおかしかったかもしれないけれど、気にしている様子もないので大丈夫だろう。
 でも、これが何なのかは分からない。女の子に好きだと言ってデートをしたこともあるが、その時に感じたような感覚とも違う。けれど、一向に止まる気配のないこれは何なのか。見つからない答えに頭を悩ませつつ、もしかしたらという一つの答えを見つけた。だけど、この答えが正しいのかは分からない。でもこれ以外の答えは見つかりそうもなかった。


(女の子を好きになったこともあるけど、それとも違う。でも、もしかして)


 たった一つ。合っているのかも分からないけれど、これ以外にないのならこれが正しいとしかいいようがない。そんな答えを見つけて悟天自身も驚く。驚くけれど、それよりも納得している自分がいる。


(ボク、トランクスくんのことが好きなんだ)


 認めてしまえばストンと心の中に気持ちが納まった。ドキドキはするけれどさっきほどではない。もう、分かってしまったから。
 ああ、そういうことだったんだ。ただ気づかなかっただけできっと、もっとずっと前から好きだったんだ。それが好きという感情だと分からなかっただけ。ボクはトランクスくんがずっとずっと好きだったんだ。
 見つけた答えに間違いはない。それは悟天が一番よく分かっていた。この気持ちも全部、納得が出来た。チラリと隣で勉強を教えてくれるトランクスのことを見ると胸がドキッとする。それと同時に今は勉強を教えてもらっている最中だったことを思い出して急いで勉強に頭を切り替えた。ちゃんと覚えようとしているのになかなか頭に入らない単語の数々に、最初よりも注意されることが多かった。それでもこの気持ちを気付かれないように必死で勉強に取り組んだ。


 幼馴染で親友のキミ。今までボクはキミのことをそう思っていた。
 でも、気付いてしまったんだ。キミのその仕草に、その行動に。ドキドキする胸が、ボクの本当の気持ちを教えてくれた。

 ボクは、キミのことが好きだったんだ。それもきっと、ずっと前から。
 小さい頃からずっとキミが好きだったんだ。










fin




「Avarice」のゆきじ様に差し上げたものです。
自分の気持ちに気づいた悟天がこれからトランクスとどのように接していくのかはまた別のお話。