「ボク、トランクスくんが好きだ」


 唐突な親友の告白に「へぇ」とだけ相槌を打ったトランクスは手元にある本のページを捲る。こういう考え方もあるんだなと思いながら流し読みをしているのは先日発売された科学雑誌だ。この前学校帰りに見掛けて買ってみたものだがそれなりには面白い。正しいことも間違ったことも書いてあるがそれらを引っ括めて楽しんでいるといった感じだ。


「……ちょっと、トランクスくん聞いてるの?」

「聞いてるよ。オレが好きだって話だろ」

「うん、まあそうなんだけどさ」


 適当に相槌を打っただけかと思ったが一応話は聞いていたらしい。聞いていただけで全く本気にしていないのは明らかであるが、同性の親友に本気で告白されてるなんて思わなくても無理はない。逆の立場だったら悟天だって本気にしないだろう。それでもこうもあっさり流されてしまうというのは腑に落ちない。仕方がないことだと分かっていても悟天だって本気なのだ。


「全然本気にしてないよね」

「別に嘘だとは思ってないけど」

「本気だとも思ってないでしょ」


 悟天の言葉にトランクスは読んでいた科学雑誌を閉じる。それから自室のベッドに腰掛けている親友へと視線を向けた。
 そこにいるのは特に変わったところもない、どう見てもいつも通りの悟天だ。休みの日に遊びに来るのはよくあること、彼女に振られたから慰めて欲しいとか勉強を見て欲しいと頼みに来たわけでもない。ただ何かありそうだなとは会った時に感じたのだが、まさかこれかと気付いたのは今だ。


「そもそも本気ってなんだよ。幼馴染みだからって話じゃねぇの?」


 本気がどうとか言われても困るとトランクスは返す。さっきも嘘だとは思っていないと言ったばかりだ。実際、トランクスは悟天が嘘や冗談で言っていないことは分かっている。ついでにいえば、その言葉の意味することにも気が付いているのだがそこは気付かない振りをしている。普通は気付かないだろうからそのこと自体は不審でもないはずだ。どうして振りなんかをしたかといえば、悟天のためであり自分のためである。


「ボクが言ってるのはそうじゃなくて」

「恋愛の意味とか言うつもりじゃないよな。可愛い女子が好きなお前が」


 悟天が答えるより先にトランクスが言う。そういう意味だと分かってはいても目の前の友人が可愛い女子を好きなのも事実だ。今まで一体何度恋愛相談を受けたことか。毎度毎度何でオレのところに来るんだよと言うトランクスに対して、親友なんだから話くらい聞いてよと懲りずにやってきたのは悟天だ。片手で数えられる数など優に越えていることは悟天自身も分かっているだろう。
 トランクスの言おうとしていることの意味に気付いた悟天は一瞬言葉に詰まる。だがここで怯むわけにはいかないと意を決して口を開く。


「確かにボクは女の子も好きだけど、トランクスくんを好きな気持ちはそれとは違うんだって気付いたんだ」

「違うって何が」

「それは、説明しづらいんだけど……」


 何だそれとトランクスは思わず零す。言いたいことはなんとなく分かるけれど、本当かと疑っているというのが正直なところだ。端的に言ってしまえば信じられない。本気で言っていると分かっていても疑わしい。どうせ一種の気の迷い、ただの勘違いという線が濃厚だと思っているのだ。悟天が聞いたらこんなに本気で話しているのに酷いとなりそうなものだが、話の内容が内容なだけに慎重になるのは当然である。とはいえ、トランクスがこんなことを考えていることなど悟天は全く知らないわけだが。


「とにかく、ボクはトランクスくんが好きなんだってば!」


 どうして信じてくれないのかと言いたそうな雰囲気だ。信じろっていわれても難しいだろとトランクスは目だけで言い返す。しかしここで強引に話を切ったりしないのは、この幼馴染みが本気だからという以外に理由はない。たとえ勘違いや気の迷いだったとしても今この瞬間本気で言っているということは確かだ。


「じゃあそれが本当だとして、お前はどうしたいんだよ」


 告白してお付き合いをして、いずれは結婚して子供達に囲まれながら暮らしていくなんていう世間一般的な幸せは望めない。自分達は異性ではなく同性、それもお互い小さい頃から知っている幼馴染みだ。さっきから好きだ好きだと繰り返しているけれど、その先に悟天が求めるものとは何なのか。
 トランクスの言葉に悟天は「それは……」と言い掛けて黙った。この幼馴染みが好きなのだと自覚したら伝えなくちゃと思い、そのまま行動してしまったというのが現在の状況だ。信じていなさそうな親友に自分の気持ちを信じてもらいたいと思っているところではあるが、その先というのは何だろうか。付き合いたい、というだけでは駄目なのかと考える。何で付き合いたいのかといえば、それは好きだから以外に理由は要らないだろう。自分達が同性の親友だとしても、好きになってしまったのだ。


「付き合いたい、とかはダメ?」


 いくら考えても他の答えなんて出ない。思ったままに答えた悟天にトランクスは溜め息を吐いた。それを否定だと捉えたのか、悟天の体がピクリと反応する。


「お前さ、自分が何言ってるのかちゃんと分かってるんだよな?」

「そ、そりゃあ分かってるよ! 分からなかったら罰ゲームでもないのに親友に告白なんてしないでしょ!?」


 まだ自分の気持ちは疑われているのだと知って悟天は落胆する。一体この親友を信じさせるにはどうしたら良いんだろう。本気で告白する以外に方法があるなら今すぐにでも知りたい。それが今の悟天の心境だ。
 一方、トランクスはといえば悟天の考えているようにまだ彼を疑っていた。いや、本気だということは分かっているのだがいまいち信じられないのはこれまでがこれまでだからだろう。いつまでも平行線で続いていきそうなこの話をどうするべきか。

 そう考えて段々と面倒になってきたトランクスは不意に立ち上がった。そしてそのまま無言で悟天の前まで歩き、目をぱちぱちさせながら自分を見上げる親友の顎を掬うなり何も言わずに唇を重ねた。


「えっ、ちょっと、トランクスくん……?」


 どういうことと頭上にクエッションマークを浮かべながら悟天は尋ねる。全く状況が飲み込めていないらしい。それはそうだろう、とはトランクスの心の内。何せついさっきまでずっと自分の気持ちは隠していたのだ。けれどもう面倒になってしまった。


「こういうことがしたかったんだろ?」


 付き合ってから無理だって言われるより最初に試してしまった方が早い。勘違いや気の迷いであればここで引くだろう。そうでなかったとしたら、それは本当に悟天がそういう気持ちだということ。どちらにしてもこれではっきりする。手っ取り早く判断するにはこれが最善だと思ったのだ。
 そして親友の反応はといえば、顔を真っ赤にしてこちらを見ている。その表情には驚きが濃く表れているが、嫌悪や不快感は見られない。悟天のこの反応が素であることは間違いないし、となればそこから導かれる答えは一つ。


(あー……本当に本気なのか)


 嘘だとは思っていなかった。けれどどうせ勘違いとかそういう類のものだと思っていた。あの悟天に限ってそれはないだろうと。
 何せこれまでずっと彼を一番近くで見ていたのだ。男同士、決して実らない恋、分かった上でそれらを隠して友として隣にいた。この気持ちを自覚した時から不毛な恋であることは分かっていたから別に良いのだが、それでも彼女の話をやたらと振ってくる親友に何も思わなかったわけではない。それなのに、まさかこんな日が来るなんて思わないだろう。


「分かった。お前の気持ちが本物だって信じるよ」


 トランクスの気持ちは何年も前から変わらない。悟天の気持ちが本物か分からなかったからこその行動。そしてそれを確かめた今、トランクスの出す答えは決まっていた。


「まあオレもお前のことは好きだしな」

「ええっ!? それじゃあ今までのやり取りはなんだったのさ!」

「だってお前、彼女のことでこれまで何度相談に来たと思ってんだよ」


 それで信じろと言われても無理な話だろうと言えば悟天はうっと返答に詰まった。そんな悟天を見てトランクスは口元に笑みを浮かべる。普通に考えれば女の子を好きになるというのはおかしいことではない。高校生になって恋愛に興味を持ち始めるのも自然なことだろう。だからそのことを攻めるつもりは毛頭ないのだ。それがあったからこそなかなか信じられなかったわけだが、今はちゃんと分かった。


「さてと、それじゃあ付き合うか」

「良いの?」

「さっきも言ったけど、オレはお前より前からお前のこと好きだから」


 言えばそれは聞いてないと言われる。続けていつから好きなのかと聞かれたがそれには答えず、代わりにどうするんだと同じ問いを繰り返せば「よろしくお願いします」とほんのり頬を染めて返された。それにトランクスもまた「ああ」と短く答えるのだった。







(気付いたらすぐ、伝えようと思った)
(だって君は僕にとっての特別だから)