辺りは暗くなり星が見え始めている。今日はもう終わりにしようという言葉で修行に区切りをつける。そのまま二人でカプセルコーポレーションまで戻ると夕食などを済ませた。
夕食などを一通り終えたところで悟飯はトランクスの部屋に来ていた。それはいつからか決まった曜日にやることになっている勉強を教えるためだ。その勉強をするために二人は机に向かっていた。
目指したものも いつの日か
「ここはこうなって………」
並べられた数字の数々は見ただけでも嫌になってしまう人はいくらでも居るだろう。これが何の数式でどの公式を覚えればいいかなど、分かりづらいような分かるような。そんな感じで問題を解いている。
誰でも何も知らない状態でこの問題を解けと言われては解けないだろう。悟飯だってそんなことをしたりはしない。まず最初にどうやって解くのかという解き方やそれに必要な公式を教える。それから一度問題を解いてみて分からないところをもう一度教えている。
そのやり方はトランクスにとっては有難かった。一応最初の説明で解かっているつもりでも上手く解けないこともある。そんな時に悟飯は解からない場所にすぐに気付いてそこを分かりやすく説明してくれる。だからこそ順々に上手く問題を解いていくことが出来るのだろう。
「これでいいんですよね?」
「うん、正解。トランクスは呑み込みが早いね」
そう言いながら問題に丸を付ける。そんな悟飯の姿はまさに家庭教師である。
どうして悟飯がトランクスと一緒に勉強をしているのかといえば、元々はブルマが言い出したことが始まりだった。
ある日の夕食の時のこと。ブルマが「修行もいいけど少しは勉強もしたら?」と話を持ち出したのがきっかけだ。勉強と言われてもトランクスは生まれた時から人造人間に脅かされる世界を生きてきた。そんな世界では勉強など無縁のものであり、何よりトランクスも勉強をしたいとも思わなかった上に修行をして強くなりたいという思いが強かった。
だから思ったまま「勉強なんていいよ」と言えば「やっておいて損はないわよ」と返されてしまい、言葉に詰まった。だけど、考えてみればその勉強を教える人が居ないのだ。一から自分でやるなんて難しいことは出来ないと伝えれば、その点は問題ないと言われて今に至っているわけだ。
「それにしても悟飯さん、よく解かりますね」
隣でさっき解いた問題を見ている悟飯にトランクスはそう言う。勉強を教える側なのだから悟飯が解らなければ仕方がない話だ。
生まれた時からこれといった勉強をしたことがなかったトランクスが問題が解けないのは当たり前である。でも、悟飯がこんなにも勉強が出来るということは知らなかったのだ。自分には全く解らない問題をこうも解りやすく説明出来る悟飯は凄いと素直に思う。
あの日「大体、勉強を見てくれる人も居ないから無理だよ」と話すトランクスに「それなら全然問題ないわよ」と言われてトランクスは疑問を浮かべた。ブルマはそのまま悟飯を見ながら「ね?」と言えば「もしかして、オレが教えるんですか……?」と悟飯は多少驚きつつも尋ねた。
そんな悟飯の様子など気にもせず、ブルマに勿論と言わんばかりの表情をされて「オレでよければいいですけど」と悟飯が遠慮がちに言ったところですぐに決定された。当人達の意見はあまり気にもせずに、ブルマが決定事項にしてしまったのだから二人も頷くしかなかったわけだ。
それからこうして毎週同じ曜日の夜に勉強をしているわけだ。
「覚えちゃえば簡単だからね」
「そういうものですか?」
勉強というものは、簡単なものは簡単だけれど難しいものは難しい。やる前から分かっていたけれど、実際に勉強を始めてみてそのことがよく分かった。やっていくうちに理解はするけれど、中にはなかなか解けないような問題がないわけではない。そんな問題も回数を重ねれば解けるようにはなってはいったが。
そんな風にトランクスは勉強を進めていったわけだが、それを教えたのは全て悟飯だ。どの問題でもしっかり説明してくれるし、間違ったところなどはトランクスが解らないポイントを解りやすく教えてくれるのだ。そこまで細かく理解していることは、覚えれば簡単という話ではないように思う。実際にはそうなのだろうけれど、こんなにも理解して覚えていることは凄い。自分には真似が出来ないだろうとトランクスは思う。
「まぁ、オレの場合は小さい頃は随分勉強してたから。それでじゃないかな」
悟飯が小さかった頃はまだこの世界に人造人間という脅威はなかった。サイヤ人が地球に攻めてきたり、ナメック星に行ってフリーザに会ったりという出来事もあった。けれど平和だったことに違いはない。
少なくともサイヤ人が地球に来るまでは勉強ばかりだった。それからも戦闘に一緒に加わって戦ったり修行をしたりもしたけれど、チチの勉強と言う言葉に勉強もやっていた。そのためか勉強の基礎という基本的なことは大体解っているつもりだ。
「これでも昔は学者を目指してたくらいだしね」
それを聞いたトランクスは驚いた。そんな様子を見て「言ってなかったっけ?」と言う悟飯に「初耳です」と答える。悟飯が学者を目指していたという話は一度も聞いたことがない。小さい頃から父である悟空達と一緒に戦っていたという話なら聞いたことがある。けれど、勉強面の話もブルマが持ちかけるまで知らなかったことだ。少なからず勉強も出来るだろうとは思っていたけれど、こんなにも勉強が出来ることを知ったのはこうして勉強を教えてもらい始めてからのこと。
戦いのことはよく話をしたりする。それが修行のことだったりと内容は色々だ。けれど、よく考えてみれば勉強というものに触れるのは勉強を教えてもらうまでは関心さえなかった。だから初めて聞くことや知ることも幾つかあるのだろう。
「今は目指してないんですか?」
「こんな時代だからな。人造人間達を倒すことが先決だろ?」
「そうかもしれないですけど…………」
確かにこんな時代で学者を目指そうとしてもなかなか出来るものではない。それよりも人造人間を倒すことが重要である。人造人間を倒さなければ、学者になったとて意味があるのかないのか分かったものではない。意味がないことはないのだろうけれど、結局は人造人間を倒さないと世の中に平和は戻ってこないのだ。
いくら小さい頃は目指していたとしても今は時代が違う。たとえ悟飯が学者を目指したいとしてもそれをすることは叶わない。だから学者を目指すことはもう何年も前に止めてしまった。
「それに、結局はもう諦めた夢だからな」
今更この夢を追いかけるつもりはない。どちらかといえば人造人間を倒すという目標が先だ。今、一番にやるべきことをやる。それが分かっているからこそ一人で戦い始めてからはずっと人造人間だけを見ていた。他のことに目をくれている余裕もなかったのだ。
もう諦めた夢。過去に目指した夢はあの日、戦闘に励むことに決めた日にそこに一緒に置いてきた。他の物と一緒に、この夢もあの場所に置いてきたのだ。それを拾いに行こうとは思わない。
「でも、勿体無いですよ」
「そんなことないさ。オレはやるべきことをやるだけだ」
今やるべきこと。それは分かっている。けど、トランクスは悟飯が夢を諦めることを勿体無いと思う。学者を目指して勉強をして。どのくらいの勉強をしていたのかは分からないけれど、こうしてトランクスに勉強をしっかり理解した上で教えられるくらいは最低でも出来るというわけだ。
この勉強も少しずつ基本のことから始めているのだから本当はもっと勉強が出来るのだろうと思う。人造人間を倒すことは必要だ。けれど、そんな夢を聞いてしまったらその夢を諦めることも勿体無いと思ってしまうのだ。それが小さい頃に目指していた夢だというのだから。
「さて、続きをやろうか」
そう言いながらノートを開いている悟飯を見て「悟飯さん!」と名前を呼ぶ。トランクスの方を見ながら「何だ?」と聞き返され、一度言うのをどうしようかと躊躇う。けれど、言うことを決めると言葉を発する。
「折角夢があるんですから、諦めなくてもいいと思います。人造人間を倒してからでも、また目指せばいいんじゃないですか……?」
突然言われた提案に悟飯は驚きの表情を見せる。まさかこんな提案をされるとは思っていなかった。でも、なんとなくトランクスの言いたいことは分かった。その表情を見れば伝わってくるというものだ。
せっかく弟子が考えてくれたこと。それをまだ先の未来は分からないからと切り捨てるつもりなどさらさらない。それは、わざわざ見つけてくれた、その夢を掴むためのただ一つの光の道なのだ。
「そうだな。それから目指してみるのもいいかもしれないな」
悟飯の答えを聞くとトランクスは嬉しそうだ。小さい頃からの夢だからと、そう言ってくれる弟子を持てるということは幸せだと悟飯は思う。そしてまた、いずれはトランクスにも夢を見つけて欲しいと思う。今でなくても、人造人間を倒してからでもいいから。いつか、夢を見つけてもらいたい。
「明日はまた修行だ。その前に、今日の分の勉強を終わらせよう」
「はい!」
中断していた勉強を再開する。たくさん並んでいる数字も師匠に教わりながら一つずつ理解していく。この勉強が終わって夜が明ければまた修行。それも人造人間を倒すため。
もし、人造人間を倒すことが出来たなら。
悟飯は自分の夢を再び目指して。トランクスは自分の新しい夢を見つけて。過去に置いてきた夢もこれから見つける夢も目指すのは一緒。
いつの日か、それが叶うことを願って…………
fin