王子と騎士
「こんなところで、どうされましたか?」
その声に反射的に振り返ると、よく見知った顔を見つける。にっこり笑いながら青年はそう尋ねてきた。広い広い庭の片隅で。
「悟飯さん」
青年の名前を呼ぶ。すると彼――悟飯は、トランクスの隣までやってくる。それからここにやってきた目的でもある話を持ちかける。
「この後は王との約束があるのではないのですか?」
「分かってます」
悟飯の言葉にトランクスは頷く。
トランクスはこの国の王の息子、つまりはこの国の王子である。今日はその王に話があると呼ばれているのだ。その約束の時間というのが今よりも数分先のこと。王と王子の大切な話の約束があるというのに肝心の王子がいなければ話は始まらない。そこで悟飯はトランクスのことを探しに来たのである。
分かっていると返したものの彼はなかなか動く気配はない。もうそれほどまでに時間に余裕があるわけではないことは本人も分かっているだろう。けれど、ここで何も言わないわけにもいかない。
「では、そろそろ戻られた方が良いのではないでしょうか」
そう言ってみてもやはり返ってくる言葉は同じ。分かっているの一言だ。
どうにかして戻ってもらわないといけないよな、と悟飯は心の中で思う。このままずっとここにいるつもりではないだろうけれど、それでも既に時間はあまり残されていないわけで。そろそろ戻ってもらわないといけないと思うと同時に、戻ってもらえないと自分の立場としても困るのだ。
どうしようかと考えていると、トランクスはぶっきらぼうに言った。
「悟飯さん、昔みたいに話してはくれないんですか?」
悟飯のことを真っ直ぐに見ながらそう言った。こんな話し方ではなく、昔のように話して欲しいと。
言われて悟飯は戸惑う。けれど、自分達はそれぞれ違った地位に就く者。その立場はわきまえなければいけない。それが王子である彼の頼みだとしても。
「そう言われましても――――」
「そっち方がいいです」
それは出来ない頼みだ、そう言おうとした言葉を遮られた。そしてもう一度、その方がいいと伝える。地位なんて関係ないとでもいうかのように。
そんなトランクスの言葉に悟飯は困ったように笑った。トランクスがそう言ってくれることは正直なところ嬉しい。けれど、今は自分達の地位の違いが分からないような子供ではない。立派な一人の大人。いくらそう言われても受け入れるわけにはいかなかった。
「でも、アナタは王子という身分ですから」
どうやっても変わることのない違い。悟飯はこの城に仕えている者の一人。一国を担う王子との立場の違いなど一目瞭然だ。だからトランクスの頼みを受け入れることは出来ないと、そう話す。
けれど、トランクスは悟飯の言葉に首を横に振る。
「関係ないですよ。オレは、昔からずっと変わってないんだから」
一歩も引かずに強くそう言った。今のこの身分の違いなど、そんなことは気にすることはないと。昔と、あの頃と変わってなどいないと。
「しかし」
「オレの前だけでもいいんです」
自分達のこの立場の違い。それを考えると、トランクスの言葉を受け取ることは出来ないと思う。けれど、そんなことは関係ないと、せめて自分の前だけでも。そう言ってまでして頼んでいるのだ。
全く諦める様子がないというのはもう分かっていた。それでもいけないと思ったけれど、ここまで言われてしまったのならと考えを改める。
「全く、困った王子様だな。トランクスは」
そう言って、悟飯はトランクスに優しく微笑んだ。そこには、互いの立場など関係のない昔のままの関係があった。
「オレにとってはこれが普通なんです」
「しょうがないな。でも、キミと二人きりの時だけだからな」
「はい」
まだ、立場も何も気にしていなかった小さかった頃。二人はよく一緒に遊んでいた。トランクスはこの国の王子で悟飯は王家に仕える家の子供だった。そのために小さな二人は無邪気に遊ぶ日々を送っていた。
年月が経って、自分達の立場の違いが分かるようになっていった。そして、立場の違いからあの頃のようにはいかなくなってしまった。
それでもあの頃と二人の関係の何が変わったというのか。立場がそうであっただけで二人自身に何かがあったわけではない。だからずっと、あの頃のように戻りたいと願っていた。
「それじゃあ、そろそろ戻ってくれるかな?」
「言われなくても分かってますよ」
そう話して二人は笑った。
もう、戻ることはないと思っていたあの頃。だけど、何も変わっていない二人はあの頃のままに。これからもずっと。この関係は変わらないまま在り続ける。
笑顔は変わることなくここに咲いている。
fin