いつもと同じ。変わったことなんて一つもない。
 昨日と同じように遊んで今はその帰り道。何の変哲もないこの生活。今日だってあとはこのまま家に向かって行くだけのこと。どこかに寄り道などをするつもりだってないのだ。
 ただ唯一違うことといえば、今、目の前の人物と対立していること。


「アンタ、誰……?」


 その人物にまず名前を尋ねた。相手はトランクスの知っている人ではない。偶然、悟天と遊んだ帰り道で出会った人なのだ。その人がどうやら自分に用があるらしく帰ろうとしていた所を引き止められた。けれど、記憶を探ったところでトランクスはこの人のことを知らなかった。だから少し身構えながらも名前を尋ねるという行動に出たのだ。
 知らない人とはいっても全く知らないような気はしなかった。それがどうしてかは分からない。けれど、知らないはずなのに知っているような感じがするのだから不思議だ。答えを待っていると、その人は小さく笑ってトランクスのことを真っ直ぐに見た。


「オレのこと、覚えていないみたいだね」


 そう言われてトランクスは驚いた。覚えていないということは以前に会ったことがあるということだ。でも、さっき既に自分の中にある記憶を辿ってみたのだ。それでも分からなかったというのに目の前のこの人は自分と会ったことがあると話している。嘘には聞こえないから本当なのだろう。しかし、必死で記憶を辿ってみてもやっぱりこの人のことは思い当たらない。
 トランクスのそんな様子を見ながら彼は優しく微笑んでいる。わざわざ自分のことを思い出そうとしてくれているのが嬉しい。覚えていないだろうと思っていたし覚えていたら逆に凄いと思う。おそらく見つからないだろうという答えに自分の方から話すことにする。


「キミは覚えてないだろうけど、ずっと前に会ったことがあるんだよ? まだキミが赤ん坊だった頃に」

「そんなこと言われても……覚えてないよ」

「そうだな」


 そんなにも小さかった頃の記憶なんて覚えている人はいるのだろうか。いるとするならその人の記憶力はかなりのものではないだろうか。もう少しくらい大きくなれば別だろうけれど、それほどまでに小さかったらなら覚えていないのも無理はない。彼だって覚えていることを前提に話しているわけではない。最初から覚えていないことを前提に話しているのだ。
 自分は覚えていないけれど、小さい頃に会ったことがあるらしい人物にトランクスはじっと目を向けた。早く教えて欲しいと訴える目にトランクスの求めるものを教える。


「オレは未来の世界のキミだよ、トランクス」


 その言葉の意味を理解してさっき以上に驚く。相手が未来の自分であることなんて全く考えに浮かばなかった。
 でも、言われてみれば納得が出来ないわけではない。どこからか知っているような雰囲気を感じ、記憶にないというのに温かさを感じていた。その理由も未来の自分であったというのなら納得がいく。


「アンタが、未来の世界のオレ…………?」

「そう。未来といっても別の次元の未来だけれど」


 同じこの次元の未来ではない。未来というのは、その時の選択次第で幾つもの世界に分岐される。このトランクスは、その分岐点によって小さいトランクスとは別の次元からやってきた未来の彼自身。育ってきた環境も随分と違うけれど、違う世界だろうとどちらも同じ人物であることに変わりはない。
 突然の出来事にトランクスは状況把握しようと頭を回転させる。とりあえず、目の前の人が未来の自分であることは分かった。次元がどうとかいう話は置いておくことにしても未来の自分であるのは確かだ。それは間違いないことだった。


「お兄ちゃんが未来の世界のオレなのは分かったけど、どうしてこの世界に?」


 未来の世界のトランクスがわざわざこの世界に来た理由。その理由が分からずに質問してみる。どうやってこの世界に来たのか、というのも気にならないわけではない。けれど、未来から来たというのだからそういう道具があっても不思議ではない。だからそのことについては今は聞かない。
 一方、自分の存在を分かってくれたことに未来から来たトランクスは安心する。何かあった時のために身構えていた様子もなくなったところからもう警戒は解いてくれたらしい。普通に話してくれることが嬉しいと心の中で思う。


「大きくなったキミに会いに来たんだ。どうしてるかと思ってね」


 前に会った時はまだ小さくて幼い子供だった。あれから何年も経ってあの時赤ん坊だったトランクスも八歳になった。成長したトランクスがどうしているか気になって未来の世界から過去の世界に再びやって来たのだ。


「そうなんだ。だからオレを引き止めたんだな」

「そういうこと。元気にやってるみたいでよかったよ」


 どんな風に過ごしているかと思ったけれど。元気に過ごしているのならそれが一番だ。この世界もあの時人造人間を倒してから平和でやっているらしい。その間のことは詳しくは分からないけれど、こうしてみる限り平和な日々を送っているようだと考える。
 成長したこの世界の自分にも会うことが出来たことだしそろそろ帰ろうかと口にする。無駄にこの世界にいるのもあまりよろしくないだろうし、自分の世界も平和になったとはいえ母を一人残して来ている。用が済んだのなら早く帰るのがいいだろうと思っての行動だ。しかし、それを止めたのは小さいトランクスだった。


「もう帰っちゃうの!?」

「あぁ。成長したキミに会えたからね。他にこの世界に用はないから」

「でも、前にもこっちに来たことがあるんでしょ? だったら、ママ達にも会ってからにしたら?」


 未来のトランクスからブルマ達に会ったという話は聞いていない。けれど、小さい頃の自分に会ったと言うのだ。それならブルマ達にも会ったはずだろう。
 そう考えて未来のトランクスに提案してみる。もしかしたら彼には彼なりの事情もあるのかもしれないけれど、時間があるのなら折角この世界に来たのだから後悔はない方がいいと思う。
 それに、別の次元の未来から来たといっても未来の自分だ。出来ることならもう少し一緒にいたいとも思ったのだ。無理ならば仕方ないけれどもこんな機会はもうないだろうから。そう思って提案したのも本当だ。

 そんなトランクスの気持ちに気付いたのか、未来のトランクスは少し悩む。いくら未来の世界に母を一人で残して来たといっても全く時間がないわけではない。戻る時に時間を合わせればいいわけでもあるのだからと考えて、トランクスの提案を受け入れることに決める。


「そうだな。もう少しくらいこの世界にいようか」

「本当!?」

「時間もあるから大丈夫だよ。じゃあ行こうか?」


 そう言うと「うん!」と返事が返ってきた。それから二人で一緒に飛び出す。武空術を使って真っ直ぐ家へと向かって行く。隣に並んだ別の世界の自分を見て、こうして一緒に過ごせることは素敵なことだと認識させられる。一緒に過ごせる大切な時間に話をしながら家に帰る。
 暫くして家に着くと、この世界の家族の温かい空間に迎えられた。










fin