「あの子がオレの弟、か……」


 小さな子供の姿を見ながら呟いた。広いこの世界に呟かれた言葉はあっという間に消えてなくなった。どこかに消えてしまった言葉とは別に視線は変わらずに一人の子供に向けられていた。
隣に一緒にいる少年にも見覚えがある。あの子は大切な弟子の、この世界の小さな子の姿だろう。小さい頃の弟子と重なる姿に、間違いはないだろうと思う。
 仲良く遊んでいる様子は、見ていて微笑ましいものだ。遠くから二人の見つめていると、気が付いた時には辺りが暗くなっていたのだから時が経つというのは早い。
 ふと、近くに気を感じてそちらに視線を向けれる。すると、そこにはさっきまで見ていた小さな子供が目の前までやってきていた。


「お兄ちゃん、こんな所で何してるの?」


 不思議そうに見てくる子供は真っ直ぐと悟飯のことを見ていた。初めてこんなに近くでこの子を見たけれど、父親に本当にそっくりなんだなと改めて思う。どうやら一人のようで、小さな弟子の姿をした子供とは別れたあとのようだった。それから家に帰るわけでもなくこちらに来たらしい。


「ちょっと休んでただけだよ」

「でも、ずっとボク達のこと見てたよね?」


 遊んでいるから気付いていないと思っていたが甘かったらしい。この子にはしっかりと気づかれていた。途中からとはいえ、ここから動かずにこの子達のことを見ていたのだから気付かれてもおかしくはない。
 けれど、距離も離れていたから気付いていないだろうと思いながら見ていたのだ。どうやら、この子は自分が思っている以上の実力を持っているのかもしれないと思う。


「気付いてたんだ」

「うん。偶然気付いただけだけど」


 いつものように遊びながら、ふと視線を向けたら自分達を見ている視線に気が付いただけのこと。偶然といえば偶然だが、それでも凄いななんて悟飯は思う。気は抑えていたはずだから気付かれないと油断していた。
 気付かれたところで何か問題があるわけでもないけれど、本当はこのまま帰るつもりだったのだ。でも、この子から近づいてきて話しかけてくれたことで予定は変わった。そうはいっても、こうして話せることになったは嬉しい誤算である。


「そうか。ところでキミ、名前は?」

「悟天だよ」

「悟天くんか……」


 声に出してみて何だか違和感を感じる。それが呼び慣れていないせいだというのは分かっている。悟飯のいる世界ではこの子は存在していないのだから。過去の世界が変わり、それによって生まれた新たな命。それが悟天なのだ。
 自分の名前を答えてから、自分もこの人のことを知らないんだと悟天は思い出す。兄である悟飯に似ているようで違うようなこの人は誰なんだろう。そんな疑問を浮かべながら、同じように「お兄ちゃんは?」と尋ねる。それにどう答えようかと迷うが、こちらが先に聞いておいて答えないわけにもいかない。そう思って悟天のことを真っ直ぐ見ながら答える。


「オレは、別の未来の世界の悟天くんの兄。孫悟飯だ」


 優しく言うと悟天はきょとんとした。それから「ボクのお兄ちゃんってこと?」と確認するように聞いてきて「そうだよ」と答える。すると今度は「別の未来の世界の?」とさっき悟飯が言ったことを繰り返す。
 まだ七歳の悟天にはこの言い方では分かりづらかっただろうか。それとも、分かるには分かるけれどはっきりと掴みきれていないということだろうか。それでも兄の悟飯と同じ、悟飯という人物であることは分かってくれているようだ。


「この世界には、いくつもの未来の世界があるんだ。オレはそのうちの一つの未来からやってきたんだ」


 そう話せば悟天もなんとなく意味を分かってくれたのだろうか。この世界とは別の、とにかく未来からやってきた兄の悟飯と同じ人なのだと理解する。
 そこまで分かれば今はもう他に聞くことはない。どうしてここにいるのか、何で悟天のことを見ていたのか、という疑問も今の悟天には出てこない。それよりも目の前の人は別の世界の兄であるということだけが重要だった。


「お兄ちゃんもボクの兄ちゃんなんだよね? じゃあさ、一緒に遊ぼうよ!」


 この年の子供というのは沢山遊びたいのだろう。さっきも小さな弟子――トランクスと遊んでいたというのにまだ遊びたいようだ。何でも良いからとにかく遊びたい。そんな子供の気持ちを感じる。
 けれど、辺りを見ればもう暗くなってきている。こんな時間になってきたからこそ、悟天はトランクスと遊ぶのをやめて別れたのだろう。今からまた遊んでは仕方がない話だ。


「でももう暗いだろ? 家に帰らないと両親が心配するぞ」


 家では息子の帰りを待ってチチは夕飯を作ってくれているだろう。悟空やこっちの世界の悟飯も悟天が帰ってくるのを家で待っているに違いない。それなのにここで遊ぶわけにはいかない。遊びたいという気持ちが分からないでもないが、それでは逆に家族に心配をかけてしまう。
 そう思って話しているのだけれど、悟天はどうも納得してくれないらしい。もう暗くなってきていることも親が心配するだろうことも分かってはいるのだろう。それでも目の前にいる別の世界の兄と一緒に遊びたいという気持ちが強いらしい。遊びたいと話す弟に悟飯は頭を悩ませる。


「少しくらいなら大丈夫だよ。お母さんもそれくらいなら許してくれると思うから」


 なかなか諦めてはくれそうもない。だからといって遊ぼうかという話になれば少しで終わるかどうかなんて分からない。余計に遅くなってしまってはどうしようもない。何かないかと考えて、やっとのことで答えを見つける。


「なら、今度一緒に遊んであげるから今日はもう家に帰るんだ」

「今度っていつ?」

「うーん…………」


 聞き返されるとは思わなかったために再び頭を悩ませる。今度と言ったはいいけれど、いつぐらいがいいのだろうか。あまりにも離れたする日にもいかないだろうが、近い日といってもどのくらいがいいのか分からない。悟飯の方が特に何かあるわけでもないのだから、それならば直接本人に聞いた方が早いだろうと考える。


「悟天くんはいつがいいんだ?」

「ボクはいつでもいいよ」

「いつでも? じゃあ明日遊ぼうか」


 日にちを明確にして尋ねると元気のいい返事が返ってきた。それを聞いて今日は早く家に帰るようにと促す。今度は悟天もすんなり納得してくれた。
 また明日。
 そう言って悟天は家に向かう。そんな姿を見送って悟飯は空を見上げた。この世界の空も綺麗に澄んでいた。平和な世界に初めて見る弟の姿。あの子は幸せに包まれているのだろう思う。そう思うとこの世界の温かさを感じた。

 さて、明日はどうしようか?










fin