「あの時ってさ、利き手使ってたんだよね」


 突然後ろから声を掛けられて、しかも唐突な質問に意味が分からず「は」と聞き返しながら振り返る。言った当の本人はといえば、ベッドに座りながらこちらを真っ直ぐに見ていた。


「だから、あの時」

「あの時っていつだよ」


 さっきからあの時と言っているがそれがいつを指しているのかさっぱり分からない。主語も何もなしにあの時と言われて分かるわけがない。どうやればその示す内容を読み取ることが出来るというのか。
 それを分かっているのか分かっていないのか。なかなか伝わらない言葉に「だから」と強調しながら悟天はトランクスにその指し示す意味を説明した。


「天下一武道会の時」


 短くそれだけを言って悟天はトランクスを見つめた。
 その言葉に思い当たるものはといえば一つ。小さい頃、みんなで天下一武道会に出場しようという話になった時のことだ。
 まだ八歳と七歳だった二人は大人の部で戦いたいと話しても認められなかったあの時、子供の部に出場して戦った天下一武道会。当然決勝では二人が当たり、その後の大人の部にもこっそりと出場してみたりもしたあの時のことを言っているのだろう。


「ああ、あの時な。それで、今更それがどうしたって言うんだよ」


 いつの話を悟天が言いたいのかは分かった。分かったけれど、その天下一武道会に出場したのはもう十年も前の話。今更そんな話を持ち出して何を言いたいというのだろうか。全く話の先が予想出来ずにトランクスはただ悟天の言葉を待った。
 その悟天はといえば、トランクスのことをじっと見たまま口を開く。


「トランクスくん、利き手使ってたんでしょ?」

「利き手って何が」

「さっきから言ってるじゃん。天下一武道会の試合で」


 言葉が足りないのかなかなか話の進まない二人。悟天自身は分かっているのだろうが、今更そんな話を持ち出された方のトランクスはすぐに悟天の言いたいことを掴めずにいる。始めから悟天が主語を入れて話していれば問題ないといえばそうなのだが。
 天下一武道会。少年の部に出場した二人は、大人の部に出場したいと言っていただけあって物足りない相手ばかりだった。軽々と相手を倒してはトーナメントを勝ち上がり、仲間達の予想通りに決勝戦でぶつかることになった。試合というのはこの試合のことだろう。


「決勝戦でって、利き手も何も普通に全力で戦っただろ」


 二人共、今までの試合とは違い手加減などせずに戦った。自分の持てる力を全て出してぶつかり合った。スーパーサイヤ人になれないという制限つきではあったが、それでも二人の戦いは熱く激しく、見ている者を驚かせ会場を盛り上げた。
 あの試合で手加減をして戦っていないということはお互いが一番よく分かっている。分かっているにも関わらず、悟天は何を言いたいというのか。トランクスの聞きたいことに気づいた悟天はその答えを話す。


「そうだけどさ。あの時、トランクス君は途中で右手使わなくてもボクに勝てるって言って右手を使わなかったでしょ?」

「そうだったな。でも、それと利き手の話ってどう繋がるんだよ」

「だって、トランクス君。本当は左利きでしょ?」


 言われて驚いた。その一瞬だけ時間が止まったかのようだった。
 二人の間の会話が一度途切れて部屋が静まり返る。トランクスは悟天の言った言葉を頭の中で復唱してその意味を確認した。それからゆっくり口を開いた。


「どうして急にそうなるんだよ」

「違うの?」

「なら聞くけど、何でそう思ったんだ?」


 何も理由がないのならそんなことを言うはずがない。ましてや話は十年も前の出来事だ。そこまで遡った話を持ち出すのにはそう思う理由があるのだろう。悟天は迷うことなくその理由を言った。


「トランクス君っていつもは右手を使ってるけど、時々左手も使うから」


 その理由を聞いて「時々ならお前も同じだろ」と返す。利き手でないからといって、その手を使わない人間などいないのだ。利き手の方が使うにしても逆の手だって使わなければ生活出来るものではない。
 けれど悟天は「そうじゃなくて」と言葉を続けた。


「右でやればいいのに左を使うことがあるんだもん」

「抽象的な言い方だな……」

「見てれば分かるよ。小さい頃からそういうことあったから本当は左利きなのかなって」


 幼馴染なだけあって二人は小さい頃からよく一緒に遊んでいた。長い付き合いなだけにお互い相手のことも分かっているつもりだ。
 そんな中で悟天は気になっていたことがあった。それが今の質問だ。
 普段は右手を使っているのにふとした拍子に左手を使うことがある。大して気に留めてもいなかったが、これだけ長い間傍で見ていると右利きである悟天からすれば疑問に思ったのだ。左だからどうというわけではないが、もしかしたらいつもは右手を使っていても左利きなのかと思ったというわけだ。

 悟天のその理由を聞いたトランクスは一度瞳を閉じた。それから悟天の姿を瞳に映して言う。


「よく気付いたな」


 優しい瞳を向けられて自然と表情が柔らかくなる。真っ直ぐに答えを求めた瞳は、いつもの温かい瞳に戻っている。


「分かるよ。何年一緒にいると思ってるのさ」

「あまり左手を使ってるなんて意識したことなかったよ。右利きに直されてからは右手ばっかり使ってたから」


 言いながらトランクスは自分の左手を見た。左利きだからといってそこまで不便をする世の中ではない。右利き用に作られているものが多いといっても左利きで出来ないこともない。けれど、右利きの方がいいだろうと直されてからは右手ばかり使うようになっていた。
 けれど、どうやら気付かないところで左手を無意識に使っていることがあったらしい。元々左利きであればそれも仕方のないことだ。それで不便をすることも何もないので気にすることもないのだけれど、幼馴染には分かるようだ。


「それで天下一武道会の話になったのか」

「うん。左利きならあの時は利き手使ってたんだなぁと思って」


 漸く最初の話に繋がった。わざわざ天下一武道会の話を出したのもこのことを聞くためだったというわけだ。始めからそのことだけを聞いていれば早かったような気もするがこれはこれでいいのだろう。昔からそうやって付き合っているのだから。


「それにしても悟天、お前よくオレでも気付かないようなことまで分かったよな」

「長い付き合いだもん。トランクスくんのことは分かってるよ」

「オレも悟天のことは分かってるぜ?」

「本当?」

「当たり前だろ。悟天が気付いてないことも分かるかもな」


 そんな風に話せば「それは分からないよ」なんて言うから「どうだろうな」と返してやる。悟天がトランクスのことを知っている分、トランクスもまた悟天のことを知っているのだ。それが、小さい頃からの幼馴染である証拠。

 相手が知らなくても自分は知っている。
 気付かないようなちょっとした癖だって隣でずっと見ているから気付くんだ。

 幼馴染だから。小さい頃からの長い付き合いだから。
 そしてそれはこれからも。ずっと、僕等の関係は続いていく。










fin