「トランクスくん、チョコちょうだい!」


 いきなりそんなことを言われて驚いて振り返る。そこには笑顔を向けている悟天の姿があった。その表情は、言葉の通りチョコが欲しいといっている。


「何でオレがお前にチョコをやらないといけないんだよ」

「だってチョコ食べたいんだもん」


 そう言った悟天は、言葉だけでなく目でも訴えてくる。全く困ったものだと一つため息をつく。
 今日は世にいうバレンタインデーという奴だ。そのイベントは女の子が好きな男の子にチョコを渡すというもので、最近では友達に渡したす義理チョコや本命ではないけれど男の子に渡す義理チョコなんていうものもある。
 勿論、それは当然のように一つのイベントとして女子を中心で学校で盛り上がっていた。この今日という一日は、年に一度の大量のチョコのやり取りが学校で行われたことだろう。


「大体、お前は学校で沢山貰っただろ」


 悟天はこの性格だ。友達も沢山居て本命ではないにしろチョコを沢山貰っているのだ。その中に本命のチョコもあるのだろうが、悟天自身は気付いていないようだ。それ以前にチョコを貰えるということだけで喜んでいる。本命が混ざっていても気にせずどれもおいしく食べることだろう。
 それほどにチョコを貰っていることは一緒に帰ったトランクスは十分知っている。なにしろ、さっきだってそのチョコを食べていたところなのだから。


「貰ったけど、トランクスくんからも欲しい!」

「だから何でオレがやらなくちゃいけないんだよ!」


 チョコが食べたいのは分かる。分かるけれど、それだけチョコを貰っていてわざわざトランクスからも貰う必要がないだろうと言いたいのだ。それより以前にバレンタインの本質は女の子が好きな男の子にチョコを渡すというものだ。友達に渡したり何なりということもあるが、それだって女の子がという話である。男同士でどうこうするという日ではなかったはずだ。
 けれど、悟天はそんなことは全く気にしていない様子だ。女だとか男だとかいうよりもただチョコが欲しいのだろう。そんなに貰っているのにと言いたいが、数なんて大して関係もなさそうなので止めておく。


「とにかく、オレはやらねぇからな」


 言えば「えー!」と悟天が声をあげる。それを聞かないフリをしてやり過ごそうとする。
 けれど、悟天はじっとトランクスのことを見つめている。最初は気にしないでおこうと思ったが、あまりにもずっと見つめてくるものだから「いい加減にしろ」と悟天のことを見た。見たのだけれど、それがいけなかったのだろう。悟天は「本当にくれないの?」と尋ねた。
 これにはもうどうするべきかとトランクスも頭を悩ませる。それから「分かったよ」と言えばすぐに悟天から嬉しそうな声が聞こえてくる。


「やったー!」

「ったく……チョコが欲しいんだろ?」


 確認するように問うと「うん」と頷かれた。それを見てから「文句は言うなよ?」と小さく笑みを浮かべながら言った。何かを企んでいる様な表情に「え」と聞き返すがもう遅い。悟天が聞き返すよりも先にトランクスが悟天の顔に手をやって、それから口を塞いでしまった。
 突然の行動に驚くと同時に呼吸が出来ず、トランクスにそれを訴えるが彼は気にした様子もなく。少ししてから漸く開放されて、酸素を吸って呼吸を整える。そしてトランクスの方を見れば楽しそうに悟天のことを見ている。


「もー、何考えてるのさ……!」

「チョコが欲しいって何度も言ったのはお前の方だろ?」


 そう言われて言葉に詰まる。けれど、誰もこんな方法でチョコが欲しいなんて一言も言っていない。普通にチョコが欲しいと言っただけなのだ。


「言ったけど、何も口移しでなんて言ってないよ!!」

「だから文句言うなとも言っただろ」

「ボクの答え聞く前にやったのはトランクスくんだよ!」

「オレはお前に頼まれたことをやっただけだって」


 トランクスの言う通り、悟天の方がチョコを欲しいとずっと話していたのだ。断ったにも関わらずに頼んできて、それを受け入れてやって文句を言われる筋合いはない。
 そう言われると悟天もこれ以上は言い返すことが出来なくなってしまう。でも、このまま終わってしまうのも何か腑に落ちない。何か言いたいけれど上手い言葉が見つからずにいると、トランクスが先に悟天に言った。


「チョコはやったんだから、ちゃんと返せよな」


 その言葉を聞いて「ズルイ!」と言ったが、貰ってしまったのも事実である上に形はどうであれ自分から頼んだのだ。言われても仕方のない言葉に「分かったよ」と返事をした。心の中で「ホワイトデーの時はちゃんとお返ししてやる!」と決心する。


 一ヶ月後のホワイトデー。
 それは一体どんな一日になるのだろうか。










fin