「わあ、凄い人だね」


 お祭りがあるんだって、と家を訪ねてくるなりそう言った幼馴染に付き合って二人は現在夏祭りにやってきていた。どこを見ても人、人、人。お祭り会場の入り口に居る二人だが、その後ろからは次々と新たな人が会場へと入って行く。


「まあ割とデカい祭りだしな」

「それじゃあボク達も行こうよ!」


 入口に立っていたってお祭りは楽しめない。せっかくお祭りに来たのだから目一杯楽しまなければ損だ。早くと言いたげな悟天に合わせてトランクスもゆっくりと足を進める。
 人の流れに合わせて歩きながらまずは入り口付近の焼きそばを一つ。続いてその先にあったかき氷の屋台で定番のいちご味を一つ。真ん丸のりんご飴を食べた次はたこ焼きを、フランクフルトなんかも買ってペロッと平らげる。


「お前さっきから食ってばっかだな」

「そう?」


 言いながら口に運んだそれも食い物だろうと突っ込むのはもう面倒だった。トランクスくんだって同じじゃんと言うが、行く先々で見つける食べ物を片っ端から買っていく勢いの悟天に比べればマシな方だ。とはいえトランクスも食べようと思えば悟天と同じ量を軽く平らげてしまうのだが、いくら夏祭りといえど何でもかんでも買って食べようとは思わないというだけの話だ。


「屋台を全部制覇する気かよ」

「あ、それも良いかもね」

「冗談だっつーの」


 だが悟天ならそれくらい余裕だろう。本気でやるというのなら付き合っても良いが、夏祭りに行きたいと話したのは食べる為だけじゃないだろうと言いたい。おそらくそれも目的の一つだろうけれど、もっと他にも夏祭りを楽しみたいと言う話ではなかっただろうか。いきなりトランクスの家にやってきたこの幼馴染は食べ物の話も多かったが金魚すくいをやったり射的をしたりといったことも話していたように思う。実際に食べ物を目にしたらその比重が一気に傾いたようだけれども。


「じゃあ勝負する?」


 そう言った悟天の視線の先には丁度射的の屋台が出ていた。たまたまそこにあったのが射的だっただけなのだろうが、勝負と言われたら引く気にはならない。


「良いけど、負けたら何してくれんの」

「ちょっと、ボクだって結構上手いからね」

「お前は下手だろ」


 だって昔、と持ち出したのはいつだったかに一緒に夏祭りに行った時のことだ。その時も確か食べてばかりだったのだが、小さな頃はそれこそ二人で今以上に沢山のものを食べていたような気がする。そんな中で射的にも挑戦したのだがこれが案外難しい。限られた小さな弾で大きな的を撃ち落とすというのは簡単に見えてそうでもないのだ。結局あの時は悟天は何も取ることが出来なかった。


「それは昔の話でしょ。今は違うよ」

「あれから射的なんてやる機会あったのかよ」

「うっ…………でもボクだって成長したわけだし!」


 体が成長しても射的の腕がそれに伴って上がるわけではないだろう。言えば分からないよと悟天は返してくる。ちなみに昔悟天が全部失敗に終わった射的でトランクスは見事に景品をゲットしている。といっても小さなロボットを一つ取っただけなのだが、それでも景品をゲットしたことに変わりはない。何もゲット出来なかった悟天に比べれば勝機があるといえるだろう。


「とにかく、油断してると負けるからね!」

「はいはい。で、結局負けた方はどうすんだよ」


 悟天の言い分を適当に流しながらトランクスは漸く話を戻す。そうだな……と言いながら辺りを見回した悟天は「こっから全部奢るとか?」などと言い出す。お祭りの時間はまだ結構あるのだから、ここから先全部となれば相当な金額になるだろうことは予想出来るが。


「オレは全然良いけど、お前本当にそれで良いのか?」


 むしろ全部奢りなんて有り難い話だ。
 負ける気のないトランクスはそう言うが、悟天だって当然最初から負けるつもりではない。あの頃より体も大きくなったのだから銃を構えた時に的を狙いやすくなっているはず。昔と今を同じで考えるのはそもそも間違いだと思うのだ。小さい頃に成功しているからといって今回も上手くいくとは限らない。


「勿論だよ! 負けた方が買った方に奢りで」

「絶対後悔すんなよ」


 そっちこそ、と二人は射的の屋台を出しているおじさんに五百円を払う。五百円と引き換えに受け取った弾の数は五個。つまり挑戦回数は五回というわけだ。


「順番はどうする」

「じゃんけんで良いんじゃない?」


 先攻が有利というほどでもないだろうが、それでも最初に的を選べる方がどちらかといえば有利だろう。ここは平等にじゃんけんで決めた結果、先攻は悟天に決まった。
 まず一発目の弾を銃に装填。勝ち負けの決め方はどちらがより多くの景品をゲット出来たかだ。となれば狙うのは簡単に取れそうなもの、小さなお菓子あたりを狙ってみる。腕をいっぱいまで伸ばし、景品目掛けて引き金をカチャリ。


「随分右を通ったな」

「さ、最初は練習みたいなものだからね」


 練習ね……と言うトランクスに意外と難しいんだよと先に挑戦した悟天が主張する。確かにいくら勢いはあるとはいえこの小さい弾で的を落とさなければいけないことを考えれば簡単とはいえないかもしれない。けれどそれならそれでやり方はある。
 悟天の一発目は失敗。続いて挑戦するトランクスもまた軽めの景品を狙う。出来る限り腕を伸ばし、箱の隅を目掛けて引き金を引く。パンッと発射された弾は箱の角に当たり、そのままくるっと回って下へ落ちた。


「ええ!?」

「まあこんなもんか」

「トランクスくん、ズルとかしてないよね!?」

「してるわけねぇだろ」


 大体この状況でどうやってズルをするというのか。今使った銃もコルクの弾も最初に屋台のおじさんから受け取ったものだ。細工をする暇なんてあるわけがない。


「これが実力だよ。それでどうする? 今ならルールを変えても良いけど」

「ここからボクが全部当てて、トランクスくんが全部失敗する可能性だってあるんからね!」


 要するに今更ルールを変える気はないらしい。本当に良いのかと聞いても一度決めたルールを変えるなんてそれこそルール違反らしい。そんなこだわりなんて捨ててしまえば良いのにと思いつつ、けれど悟天がここでルールを変えないことも分かっているトランクスは後ろの悟天と場所を変わる。
 今度もまた狙いは軽そうなもの。重そうなものを狙ったところでどうやっても落ちるわけがないのだ。落とせる可能性があるとすれば軽い景品なのだからそれ以外を狙ったりはしない。しかし、二度目も挑戦も呆気なく終わってしまう。けれどトランクスも二度目は失敗に終わり、折り返し地点を迎えたところでまだ逆転の可能性は残っている。


「これで半分、残りは二回だな」

「まだ二回もあるんだよ。勝負はここからだって!」


 前向きなのは良いことだ。だがトランクスだって手加減をするつもりはない。これは勝負であり、しかもこの後のお金を全部持つことになるとなれば勝利を譲るわけにはいかない。
 けれどやっぱり射的は簡単なものではなく、弾は的に当たったものの傾くだけで落ちるところまではいかなかった。三回を終えて一対〇、現時点では勝負は分からない。勝負の行方は残りの二発に掛かっている。


「あっ!!」


 しかし、悟天の四発目も的に当たるだけで終わってしまった。対してトランクスの四発目は見事に景品を落とすことに成功した。つまり。


「決まりだな」


 たとえ最後の一発で悟天が景品をゲットしたところでトランクスが獲得した景品は四回を終えた時点で二つ。どうあっても逆転は出来ない。最後の挑戦をせずに勝敗は決してしまったというわけだ。


「やっぱり下手じゃねぇか。見栄なんて張らなきゃ良かったのに」

「うう……今日はいけると思ったんだよ」


 その根拠のない自信はどこからくるのか。ともかく、勝負が決まったということはここから先のお祭りでの費用は悟天持ちだ。何を奢ってもらおうかと口にするトランクスに悟天は自分の財布の中身を確認する。この幼馴染が遠慮をするはずもない。お祭りが終わる頃にはお財布が寂しいことになっているだろうことは想像に容易い。


「……ねぇ、トランクスくん」

「オレは最初に言っただろ。途中でもう一回聞いた時にもそれで良いって言ったのはお前だぜ」

「じゃあ最後の一回で景品をゲット出来たら得点二倍とか」

「二倍にしたところでお前に勝ち目ないだろ」


 それでも引き分けになると言うくらいなら得点を三倍にして欲しいくらい言えば良いのにとトランクスは思ったが、単純にそこまで気が回らなかっただけの話なのだろう。それに得点を倍にしたところでトランクスも景品を獲得したなら結果は変わらない。
 ゲームで最後だけ得点が大きく、これまでのは一体なんだったんだとなるようなことはテレビ番組なんかでも多い。そうでなければゲームとしての面白みがなくなってしまうという話なんだろうが、ここでそれを承諾したところでトランクスに得は何一つないわけで。


「自分の言ったことには責任持てよ。第一、お前が言い出したことだろ」


 それを言われると言い返せないのか、唸り声を上げつつも最終的には溜め息を一つ吐いて「分かったよ」と納得した。とりあえずお互い最後の一回分が残っていたのでコルクを嵌めてラストの挑戦を行う。
 得点を二倍にしようなんていう話を持ち出したりはしたものの結局これも景品獲得はならず。最終的に二対〇という形で射的勝負は幕を閉じた。


「トランクスくんって昔からこういうの得意だったよね」

「別に得意ってほどではないと思うけど」

「でも何でも出来るイメージはあるよ」


 悟天より一つ年上のトランクスは悟天の知らないことも沢山知っていた。一緒にゲームをした時だっていつもトランクスが先を行っていた。武術についても僅差ではあるがトランクスの方が上だった。悟天にとって年上のトランクスは物知りで何でも出来るようなイメージが昔からあるのだ。
 だがそれは全部トランクスの方が悟天より年上だったからだ。勿論年上だからというだけが理由ではないけれど、悟天の前では多少の見栄を張ったりするくらいには年上らしく振舞っていた覚えはトランクス自身にもある。


「まあお前に比べりゃ勉強も出来るかもな」

「勉強は誰だってトランクスくんに勝てないよ!」


 何せ学年一位という成績である。下から数える方が早い悟天とは比べ物にならないが、悟天でなくてもトランクスに勝てる相手は少なくとも同じ学校にはいないだろう。


「それはともかく、約束通り今日は奢ってもらうから」

「うう……分かってるよ。こうなったら好きなだけ食べれば良いよ」


 食べ物の話が真っ先に出てくるのは相変わらずだ。別に奢りは食べ物に限った話ではないのだが、せっかくだからすぐそこのお好み焼きを買って食べることにする。勿論代金は悟天のお財布から支払われる。
 たっぷりとソースが塗られ、マヨネーズやおかかが掛けられたそれはお祭りでの定番。味も外れることなく美味しい。あっという間に食べてしまえそうなそれを一口食べた後、トランクスは「ほら」と悟天にそれを差し出した。


「えっ?」

「お前も食べるだろ。一応お前が買ったんだし」


 トランクスの行動に一瞬ぽかんとした悟天だったが、それを聞いてすぐに笑顔を浮かべると渡されたお好み焼きを受け取ってぱくり。


「わあ美味しいね。焼き加減も丁度良くて」

「なんだかんだで一番ベタなヤツが美味いよな」

「あ、分かる! 色々トッピングするのも良いけど、やっぱりこの味だよね」


 そんな風に盛り上がりながらお好み焼きを二人で半分こ。二人で食べただけ更に早く食べ終わってしまったが、すると今度はポテトでも食べようかと悟天の方から聞いてくる。払うのは全部自分になるとはいえ、こうして一緒に食べるのはそれで楽しいものだ。
 これはこれで良いかもしれないと頭を切り替えたらしい幼馴染を単純だなと思うけれど、それが悟天の良いところでもある。たまにはこういうのも悪くないなと思ったのはトランクスも同じだ。


「それ食べたら今度は別の勝負でもするか?」

「じゃあ金魚すくいやろうよ! 今度は負けないからね!」


 次の景品は何にしようかと考えながら金魚すくいの屋台を探す。金魚すくいをやったらまた何かを食べて、それから別の屋台に挑戦して。昔と変わらずに二人で一緒に夏祭りを楽しむ。
 来年も再来年も、この幼馴染と毎年お祭りを一緒に楽しめたら。こっそりとそう願ったのは果たしてどちらだったのか。それを知るのは空に輝くお星様だけ。








いつだって僕等は真剣勝負
今も昔も変わらない、そんな俺達の関係