先にそう言い出したのはどちらだっただろうか。
長かった学校生活を終えて社会人として新たな生活が始まった。どうせ都に住むつもりならば一緒に住んでしまった方がお金もかからない。そんな話が一番初めだったと思う。
実際、その方がお金もかからずにいいのだろうということは容易に想像出来た。提案してからあまり時間が経たないうちにすぐにそうしようと決まる。
それから数日。あの日に話していた通り、二人は一緒に暮らし始めることになった。
同じ屋根の下で
同じ家で一緒に過ごすと決めてまずは部屋探しを始めた。二人の職場は違うが、都であればそこからかなりの距離があるわけでもないのだからいいかと思い探した。それで見つけた場所に引っ越すこそになり、今日、こうしてこの家にやってきたということになる。
まず最初に何をするかといえば荷物の整理だ。何をするにもこれを済まさなければどうしようもない。ということで荷物を片付けることから始めたわけだが、これがなかなか大変な作業なのだ。そっちはどうだと声を掛けたりしながら数時間ほどかけてやっとのことで終わらせた。
そこまでしてから漸く二人が体を休ませられる時間が出来た。
「あー……疲れた…………」
そう呟いてゴロンと寝転がる。一日の疲れを一気に感じたような気がする。体力には自信があるけれど、荷物の整理をする作業は大変で正直面倒でもある。いくら一般の男と比べ物にならないような体力を持っているといっても疲れるものは疲れるのだ。
「もう片付けるものなんてないよね?」
「一通り終わったと思うぜ」
それを聞いて「よかった」と言いながら体を伸ばす。どうして荷物を片付けるのはこんなに苦労するものなのだろうか、と思うけれど住む場所が変わるのだから荷物を移動させなければいけないのは当然で。その時に纏めた分の荷物は片付けることになるというのも仕方のない話だ。
「思ったより時間かかったね」
「お前が真面目にやってれば少しは早く終わったかもしれないけどな」
「何それー」
まるでそれでは真面目にやっていなかったみたいではないか。そう言えば、違うのかと返されてちゃんとやってたよと言い返す。それならそういうことにしておく、と言われてなんだかあまりいい気はしないが、真面目にやってなかったと言われるよりかはマシだろうと思うことにする。
最初にやらなければならなかった片付けを終えて次はどうしようかとのんびり考える。時計を見上げれば既に夕刻を回っており、あと数時間も経たないうちに辺りは暗くなることだろう。
「そういえば、家事って分担だよね?」
「当たり前だろ。お前が一人でやるならオレは構わないけど」
わざとらしくそう言って悟天のことを見る。悟天は不満そうにしながら「それはヤダよ」と話す。一人暮らしをするのであればそれは仕方ないにしても一緒に暮らすのであれば分担するのが道理というものだ。自ら一人で家事をしたいなどとはどうあっても口にしない。
家事の分担はどうしようかと尋ねると、適当に決めればいいだろうと答えが返ってくる。そこまで細かく話す必要もないだろうからそれでいいのだろう。男同士なのだからそんなものだ。こうしようかと言えば、それでいいだろうという二つ返事で決まる。
「それにしてもさ、なんていうのかな。不思議な感じがする」
不思議な感じとはどんなことを言いたいのだろうか。真意が掴めずに「何が」と聞き返す。それに答えようと悟天は思いついた言葉を一つずつ並べていく。
「何だろう。新しい場所に住むからっていうか、これからはトランクスくんと一緒なんだなって思って。今まではずっとあの家で家族と一緒だったからさ」
学校に通っている間、悟天はずっとパオズ山にあるあの家から通っていた。登下校は少し時間が掛かったけれど、それでも小さい頃から住んでいるあの家で家族と一緒に生活をしてきたのだ。
けれどそれも昨日までの話。今日からはこうして新しい生活が始まるのだ。でも、今までは家族と共に暮らしてきて一人暮らしさえしたことはない。今までとは違う生活が始まるということがなんだか不思議に感じてしまう。それも慣れていないだけなのだろうが今はそんな風に思う。
「家族でも恋しくなったのか?」
「そうじゃなくて、ただそう思っただけ」
社会人にもなって、いくら初めて家を出て暮らすことになったとはいえ、一日も経っていないというのに家族が恋しくなったわけではない。そこまで子供ではないと思わず主張したくなる。けれどもそれを言わないのは、その後が分かっているからだ。
「でも、実際どうなんだよ。家を出たの初めてだろ?」
「それはトランクスくんだって同じでしょ?」
「オレは別に。そんな風に思ったりもしないしな」
今日からはここに住むことになるわけだが、それ以前に家を出て暮らしたことがあるのかといえば、その答えは悟天もトランクスも同じだ。悟天が家を出て暮らしたことがないように、トランクスもあの家を出て一人暮らしさえしたことはない。はっきりいえば、二人共が家を出て暮らすということが初めてなのだ。
そうはいっても人それぞれ考え方は違うものだ。悟天が思ったことをトランクスが同じように思うわけでもないし、その逆も同じだ。トランクスは家を出て暮らすということを特にどうと思っているわけではないらしい。理由もなかったから一人暮らしをせずに家族と暮らしていただけということだろう。
「それでお前は?」
「ボクだって別に…………」
「何とも思ってないワケ?」
「そうじゃないけど」
だったら何だよ。そう尋ねる幼馴染に「トランクスくんと同じ」と答えておく。それを聞いたトランクスには答えになってないような気がすると言われたけれど、それならば彼だって同じことだと言い返す。本当のところ、初めてこうして暮らすからといって特に何かと思うことがあるわけではない。ただ、新しく変わる生活に慣れていないというだけの話なのだ。
そんな悟天の返答にトランクスは何を言い返せるわけでもない。だから言い返すのではなく「分かったよ」と言ってさっきとは別の言葉を発する。
「家を出て暮らすから何っていうものは別にない。でも、これからお前と暮らせるっていうのは楽しみだな」
そう言いながら口元を上げて悟天のことを見た。
その悟天はといえば、予想外の言葉が出てきたのに驚いていた。どこをどうすればそういう答えが出てきたのだろうか。そんなことを考えながら何かを言おうとするが、口をパクパクさせるだけで言葉にならない。そんな悟天を見ながらトランクスは楽しそうに言葉を続ける。
「普通、ルームシェアって言うだろ? だけど二人で一緒に暮らすのって、恋人同士なら同棲って言うんだぜ」
「同棲って……!?」
明らかに動揺している悟天。それも友達同士が二人で暮らすルームシェアという言葉が、恋人同士ならば同棲だというものだから。そんなことを考えたことなどない。言われなければそんなことを思いもしなかっただろう。
「オレ達はどっちになるんだろうな」
「そ、それは……ルームシェアじゃないの?」
「それも合ってるけど、実際付き合ってるわけだろ」
「そうだけどさ…………」
どう答えればいいのか分からずに言葉に詰まる。いくら付き合ってるといえど、同棲といわれると恥ずかしいというのか何というべきか。その言葉の意味が分からなかった幼い頃ならまだしも、意味を知っている今はそのままうんと言えるわけでもなく。でも、どちらを答えればいいのかと悩んでしまうのだから、そこまで自分が否定したいわけでもないのだろうかと悟天は思う。
「それとも、悟天は嫌なのか?」
何が、とは言わない。けれど、言いたいことが何かくらいは分かっている。だから何とは聞かずに答える。その答えは悩まずとも出ているから。
「嫌じゃないよ。そう思うなら一緒に暮らそうなんて思わないし、付き合わないもん」
言葉の意味を読み取ってそう答えた。
悟天の答えにトランクスは嬉しそうに笑った。それから「そうだな」と納得するように頷く。
「これからもよろしくな、悟天」
「うん」
そう言って、笑顔を向ける。
続けるようにして『好き』という言葉を気持ちを伝える。
どうせ都に住むならば一緒に暮らす方がいいだろう。
その言葉から決まった二人の生活。友達としてルームシェアをしよう。そう言って始めた二人の暮らし。言葉を変えれば、付き合っている二人にとっては同棲ということでもある。
それを否定しないのは彼のことが好きだから。それは今も、これからも変わらないことだから。
これからも一緒に、同じ屋根の下で。
大好きな彼と共に暮らそう。
fin
「旧式ちらりずむ」の火愛緋菜様に差し上げたものです。
社会人になって都に住むなら一緒に住んだ方がお金もかからないからとルームシェアを始める二人。
最初は色々ありながらもきっと仲良くやっていくのでしょうね。