小さい頃からよく一緒に遊んでいた幼馴染。なんでも、聞いた話によれば本当に小さな頃。ボクが産まれた時にはもう一緒に遊んでいたらしい。
 流石にそんな昔の記憶はないけれど、それでも小さい頃を振り返れば大抵が彼との思い出じゃないだろうか。勿論家族や仲間達との思い出もある。だけどすぐに思い浮かぶのは彼との出来事ばかり。


「……って、トランクスくん聞いてる?」


 現在、ボクはその幼馴染の家に遊びに来ている。ボクの問いに彼は「あーはいはい、聞いてるよ」と適当に流すように返した。多分、適当に聞き流しているんだろう。
 聞いてなかったでしょ、と問えば「聞いてたって言ってんだろ」と返される。だけどあれは聞いていたんじゃなくて聞き流してたっていうと思うんだ。こっちは真剣に話してるんだからもっと真面目に聞いてくれたって良いのに。


「トランクスくんって、興味ないことは適当に流すよね」

「そんなの誰だって同じだろ」


 聞いてやってるだけマシだと思え、と目の前の幼馴染は言う。確かにこの手の話は興味がないようだからいつもこんな感じだけど、もう少し何かないのか。何かって何だよ、って言われたらそれはそれで困るけれども。
 この幼馴染は女の子にも大人気でボクのような悩みなんて全くないんだろうな。大企業の御曹司で運動も勉強も出来る。その上に顔も良いとくれば女の子に騒がれない方がおかしい――とはいえ、本人は迷惑としか思っていなかったりする。


「本当に聞いてたなら、何の話をしてたのか言ってみてよ」

「お前がまた女の子に振られたって話だろ」


 聞き流しているようでも全く聞いていないわけでもない。うんざりしたように言われたけれど、ボクにとっては大きなことだ。いつものことなんて片付けないで欲しい。
 ……まあ、そんな風に片付けられるくらいには幼馴染にこの話をしている。でもボクだって好きで振られているわけではない。好きで振られる人なんて居ないだろうけどさ。


「聞いてるならもっと……」

「聞いてるだけマシだろ」


 これ以上何を求めるんだよというような目を向けられる。求めたいことはあるけれど、求めたところで今と同じことを言われるだけだろう。これでもこの幼馴染とは長い付き合いだ。ボクだってそれくらいのことは言わなくても分かる。


「トランクスくんって冷たいよね」


 幼馴染に真剣に聞くように説得する言葉が見つからず、拗ねたように言えば「お前が逆の立場だったら熱心に聞くのかよ」と尋ねられた。当然ボクはちゃんと聞くと答えた。
 例えば。女の子とデートをするのにどんなところが良いかなとか、そういった相談だってボクは真剣に聞いて真面目に答える。好きな子が出来たって言われたら、告白の相談に乗ったって良い。
 ま、この幼馴染がそんな話をボクにする日が来るとは考え難いけれど。それでもいつか、そんな日が来たらボクは熱心に話を聞くつもりだ。


「だからトランクスくんももっと真面目に聞いてよ」


 いつかの未来、そんな日が来る可能性はゼロではない。今はその未来を想像し難いとはいえ、ボク達だってあと数年もすれば大人の仲間入りだ。そうしたらやっぱり、いずれはそういう未来がやってくるんだろう。
 ……全然想像出来ないけど。


「つーか、オレが嫌なら悟飯さんに聞いてもらえば良いだろ」


 何でオレのところに来るんだということらしい。文句を言うくらいなら真剣に聞いてくれるであろう兄を頼れば良いだろうと。でも。


「兄ちゃんは忙しそうだし」

「……つまり、オレは忙しくなさそうだって言いたいのか?」

「そうじゃないけど」


 トランクスくんはなんだかんだで話を聞いてくれる。聞き流しているようでも聞いていないわけじゃないし、それこそボクが本当に聞いて欲しいことがある時は忙しくても時間を作ってくれる。
 兄が駄目なら友達だっているだろうと言われるけど、友達に相談するならトランクスくんに相談する方が良いと思うんだ。勿論忙しくなさそうという意味ではなく、幼馴染というだけあってお互いのこともそれなりに分かっている間柄だ。仲が良い友達もいるけれど、それよりもトランクスくんに聞いてもらいたいというか。


(あれ?)


 家族や友達、幼馴染以外にも相談出来る相手はいる。相談したら真剣に悩んでくれる人達はいる。だけど何かあった時に真っ先に頼るのはこの幼馴染だ。
 幼馴染だから、と言ってしまえばそれまでだ。きっとトランクスくんも幼馴染だから付き合ってくれているんだろう。幼馴染だから、というのはボク達が幼馴染である以上は付き纏うものだろうけれど。


「……そこまで言うなら、オレの話も真面目に聞けよ」


 少しばかり考えに没頭していたところを幼馴染の声で現実に引き戻される。オレの話も真面目に聞けって、トランクスくんも何か聞いて欲しいことでもあるのだろうか。それが何かなんて当然分からないけれど、何かあるのなら真面目に聞くのは当然だ。
 ボクが頷けば、青の瞳が真っ直ぐにこちらに向けられる。そして開かれた口から出てきたのは、予想の斜め上をいく発言だった。


「女に振られたからってオレのところに来るくらいなら、もうオレにしておけよ」


 一瞬、何を言われたのか理解が遅れた。
 彼が何を言ったのか。頭の中で今し方言われたであろう言葉を復唱して、漸く彼が言ったとんでもない言葉の意味を理解した。


「い、いきなり何を言い出すのさ!」


 思わず声が大きくなる。しかし目の前の幼馴染は変わらずに瞳をこちらに向けたまま、そのままの意味だと言った。そのままの意味って……。


「ボク達、男同士だよね?」

「だな」

「トランクスくん、女の子に凄いモテるじゃん」


 そうだよ。この幼馴染はボクと違って女の子に凄くモテるんだ。それを本人は面倒だとか鬱陶しいだとか言うけれど、それも大して知りもしない相手に好意を寄せられても困るだけだと言っていた。ボクは好意を寄せられるだけで嬉しいことだと思うが、そうではない女性だっていずれは現れるだろう。
 ボクがそうやって考えている間にも「それとこれとは関係ないだろ」と、目の前の幼馴染は言い切った。それとこれとは関係ないって、十分関係あると思うんだけど。だってこれはそういう話だろう。いや、それとも。


「え、じゃあそういう……?」


 女の子はやめてトランクスくんにしろってことは、そういうことなんだろうか。そういう……男の人が好きというか。
 別にそれを否定するわけではないけれど、そういう趣味だったりするのか――と思ったらすぐに「別に違うけど」と否定された。違うってことは、やっぱり女の子が好きっていうことなんだろう。でもそうしたら今の発言は……。


「真面目に聞くんじゃなかったのか?」


 はあ、と溜め息を吐きながら見慣れた青がボクから外れる。全然真面目に聞いていないじゃないかと、言われているのは分かったけれど。


「それは、トランクスくんが急に変なことを言い出すから……!」


 そこまで言ったところではたと気付く。
 ボク達は幼馴染だ。記憶にはないけれど生まれた頃からの付き合いらしくて、記憶にある幼い頃の思い出には殆ど彼が居る。それほどまでに一緒にいた相手のことをボクはそれなりに理解している。
 そのことから導き出される答えが一つ。ふと頭に浮かんだのだ。確信はない、けれどお互いのことを分かっているからこそ浮かんだそれが間違っている気はしなかった。


「……もしかして、ボクのことからかってる?」


 真面目に聞いて欲しい、それならお前も真面目に話を聞くのか。
 この話の発端はそんなところだった気がする。だとしたら、これも本気で言っているのではなくてボクがどういう反応をするのかを試す為だけに言っただけだったり……。


「真面目に聞くって言ったのはお前だろ?」


 楽しげに口角を持ち上げて答えた幼馴染を見て、やっぱりそうだったのかと漸く合点がいった。確かにボクは真面目に聞くといったけれど、これは酷くないだろうか。


「酷いよ、トランクスくん! ボクは真面目に聞こうとしてたのに」

「全然真面目じゃなかったな」

「それはトランクスくんのせいでしょ」


 誰だっていきなりあんなことを言われたら真面目に話を聞くとかそういう問題じゃなくなると思う。あれで真面目に聞かなかったと言われても、逆の立場だったらトランクスくんだってああいう反応になるに違いない。
 ……もしもこれが本当の本当の話だったとしたら、ボクの方が悪いかもしれないけど。


「つーわけで、聞いてやるだけありがたく思えよ」


 でもこれはあくまでも例え話。ただの冗談というか、ボクの言葉が本当かを試すためにトランクスくんが人をからかっただけだ。この話を終わりにしたトランクスくんの様子からしてもそれは間違いない。


(間違いない、よね? 普通に考えて)


 どうしてそんな疑問が頭に浮かんだのか。ボク自身にもよく分からないけれど、さっき――いや、多分気のせいだ。だって、そんな。


「えー。そんなこと言わないで聞いてよ」

「もう十分聞いてやっただろ。嫌なら他を当たれよ」


 気のせいだったんだろうと思いながらいつも通りに言えば、トランクスくんはそう言って机の本を読み始めようとしたから慌てて止めた。本を読み始めたら絶対にボクのことなんかほったらかしにするもん。せっかくの休みの日、それも遊びに来ているのにそれはないだろう。


「何なんだよ。言っとくけど、お前の失恋話はもう聞かねぇぞ」

「じゃあこの前のゲームの続きをしようよ! また今度やろうって言ったやつ!」

「あーあれか。別に良いけど、足引っ張るなよ」


 大丈夫だよと話すボクに「本当かよ」と疑いの目を向ける幼馴染。
 そりゃあ最初はボクが足を引っ張ってたところもあったかもしれないけど、この間やったから操作だってちゃんと分かってる。もうあんなことにはならないからそこは安心して欲しい。
 早くやろうよと急かせば、溜め息を吐きながらトランクスくんは一度手に取った本をそのまま机に戻してくれた。代わりに付けられたゲームを今度は二人で一緒に遊ぶんだ。

 そう、それは昔から変わらない幼馴染との過ごす時間。











からかわれただけだって、そう思うんだけど。
あの時の幼馴染の真剣な目と、やけに鳴ったこの心臓は……。

(気のせい、だよね?)