「――って、トランクスくん聞いてる!?」


 幼馴染みが遊びにくるのはいつものことだ。物心がついた頃には一緒に遊ぶのが当たり前で、学生になってからは過ごす時間こそ減ったがこうして悟天が訪ねてくることは珍しくない。
 交友関係が広がっても幼馴染みという関係が変わることはなく、幼馴染みだからこそ悟天は気兼ねなくトランクスの元へくるのだろう。


「聞いてる聞いてる」

「絶対聞いてないじゃん!」


 ボクすごい大事な話をしてるんだけど、と怒ったように悟天は言う。怒ったところで別に怖くはないが、とは流石に言わないけれど。コイツはただの幼馴染みに何を求めているんだとは思う。


「恋愛相談なら他でやってくれない?」


 これまでも散々悟天の恋愛相談なら受けているが、一度だってトランクスはまともに相談に乗ったことはない。そもそも相談すること自体が間違っている。
 恋愛に詳しいわけでも興味があるわけでもない自分に何故相談するのかといえば、そこに幼馴染みだから以上の答えはないのだろう。悟天の交友関係の広さを考えれば、間違いなく適任者は他にいるだろうに。


「トランクスくん以外の誰が相談に乗ってくれるのさ」

「オレである必要こそないと思うけど」

「冷たいなぁ」

「聞いてやるだけありがたく思えよ」


 えーと不満を漏らす声は聞こえない振りをする。似たようなやりとりはこれまでに何度もしているけれど悟天はトランクスの元へやってくる。
 それも多分、アドバイスが欲しいというより話を聞いて欲しいだけだからだろう。それなら話を聞いているだけで満足して欲しいのだが。


「でもこのままじゃフラれるかもしれないんだよ!?」

「その時はその時だろ」

「だから、その前にどうにかしたいんだってば!」


 はあ、と溜め息を吐くのは何度目になるだろう。もしも溜め息を吐いた数だけ幸せが逃げるのだとしたらこの幼馴染みのせいで相当な数の幸せを逃がしていると思う。
 それなのにこの幼馴染みに付き合ってしまうのは、やっぱり自分たちが幼馴染みだからだろう。ぱたんと雑誌を閉じたトランクスはベッドに腰かけている悟天へと視線を向けた。


「そうは言ってもここからどうにかできるモンか?」

「うっ……そこはほら、どうにか頑張って」


 それが思いつかないからここへきたのだろうが生憎トランクスにだってその答えは分からない。トランクスに言えることは結局二つしかないのだ。


「じゃあ頑張れよ」

「トランクスくんも一緒に考えてよ!」

「それは無理。だったら諦めろ」


 そんなぁと悟天は嘆くが仕方がないだろう。恋愛経験はトランクスより悟天の方が上だ。
 学生になった悟天は彼女が欲しいと恋愛に力を注ぎ、その結果これまで何人かと付き合ったことがある。女性から好意を向けられることはあれどお付き合いをしたことのないトランクスに聞くことがやはり間違っているのだ。


「……トランクスくんさ、もうちょっとボクに優しくしてくれてもよくない?」

「十分優しくしてるだろ」

「優しくないから言ってるんだよ。そうすれば女の子にだって――」

「女の子には優しくしてるしそもそも興味がない」

「それはそうだけど……」


 この話もこれまでに何度もしているから悟天も食い下がってくることはない。そこでふと、思いついたことをトランクスは尋ねた。


「つーかさ、もしオレにそういう相手ができたらお前はどうすんの?」

「え?」


 そんな予定は一切ないけれど悟天が言っているのはそういうことだろう。
 ぱちぱちと瞬きをした幼馴染みは程なくして口を開いた。


「そりゃあ応援するよ」


 当然だと悟天は言う。まあそれはそうなるか。トランクスだって悟天の恋愛の邪魔なんてしないし一応友人として応援している。
 応援といっても特にアドバイスをしたりするわけではないが友達の立ち位置なんてそんなものだろう。悟天の言う応援もトランクスの考える応援と同じようなものだろう。


「あ、そうなったらトランクスくんと恋バナできるね!」

「……恋バナなんてしたいか?」

「したいよ! 青春って感じじゃん!」


 悟天が考える青春は恋愛に偏っていそうな気はするがそれもひとつの青春といえばそうなのかもしれない。


「まあそうなったら今みたいにお前と過ごす時間は減るんだろうな」


 ぱちり。漆黒の瞳が瞬く。


「……それとこれは別じゃない?」

「彼女とデートだっていつも報告してくるのはお前だろ」

「彼女と友達は別でしょ?」


 首を傾げる悟天に「まあな」と頷く。どちらもそれぞれ大事。どちらか片方を選ぶ必要なんてない。けれど。


「お互いに彼女がいたら今と同じは無理だろ」


 友達との時間も彼女との時間も大事にするのなら、片方だけしかなかった時と比べて変化が起きるのは当然だ。もちろんそれは悪いことではなく、世界が広がっていけば自然とそうなっていくものだ。
 家族や友達、彼女と過ごす時間。勉強に仕事、他にも色んな時間がある。時間の使い道が増えればその分だけ他の何かの時間が減るのは当たり前のことだ。


「ま、今のところオレにその予定はないからもしもの話だけどな」


 今のところどころか今後も予定はないがそこは別にいいだろう。
 あくまでもたとえ話、単なる話題のひとつ。たったそれだけのことだったのだが。


「…………それは、嫌だな」


 ぽつり。零れ落ちた音にトランクスは目を大きく開く。


「は?」


 予想もしていなかった言葉が耳に届いて思わず聞き返す。するとはっとした悟天は勢いよくこちらを向くと慌てて手を前に出して振った。


「あっ、いや、そのほら! トランクスくんっていつも相談に乗ってくれるから!」

「……オレに彼女がいたって相談くらい乗るけど」

「でも今みたいに気軽に会えなくなるのはちょっと寂しいなぁとか……」


 思っただけだ、と最後まで言わなかったのは悟天自身も途中で何かがおかしいと感じたからだろう。
 混乱している様子の悟天にその何かの答えは見つからないだろう。トランクスだって今頭に浮かんだ答えが正しいかは分からない。だけど。


「とりあえずその予定はないから気軽にくれば?」


 今更遠慮をするような間柄でもないのだからいつでも好きな時に、今まで通りに遊びにくればいい。
 ――どちらかというと彼女と過ごすからとその時間を減らしたのは悟天の方なのだが、コイツは自分が何を言ったのかちゃんと分かっているのだろうか。いや、今は絶対に分かっていないだろうけれど。


「あーうん、そうだね。そうする」

「あと彼女のことで悩むのもいいけど勉強もちゃんとやっとけよ」


 小テストがあるとか言ってなかったかと言えば「あー!」と一気に騒がしくなる。さっきまでとは一転して勉強を教えてくれと言い出した幼馴染みに再び溜め息を吐く。
 自分でやれ。そんなこと言わないで教えてよ。
 そうしたやりとりの末に折れるのはいつだってトランクスだ。とはいえ、悟天に勉強を教えることは嫌ではないから本当は別にどちらでも構わない。

 この幼馴染みが自分の元へくるのもただ幼馴染みだからという理由だけではなかったらいいのに、なんて。思いながら悟天が鞄から出した教科書を開いた。






(オレが欲しいのは彼女じゃない)

いつかお前と答え合わせができるのかな