女の子と付き合うことになったとか、女の子に振られたとか。どうやったら上手くやっていけるのかなとか。幼馴染の話は大抵が女関係、というよりは色恋の話ばかりだ。
幼馴染が十五歳になって、オレと同じ高校に入学したのは一年と数ヶ月ほど前のことだ。別に女の子と付き合うのが悪いとはいわないけれど、その相談を恋愛経験のないオレにしてくるのはどうなんだ。まあ、オレは恋愛に興味がないから彼女を作らないだけなんだけど……というのは建前。正しくは好きな奴がいるから彼女は作らない。もっとも、オレが好きな相手は女の子との恋愛に毎日忙しそうにしているわけだが。
「それでさ」
今日もコイツの口から出てくるのは女の子との話。そういうのはクラスメイトとか他の誰かとしろよと思う反面、なんだかんだで付き合ってしまうのは惚れた弱みというヤツだろうか。悟天からすれば、オレは幼馴染だから何でも気兼ねなく話せるというだけなんだろうけど。
「……って、トランクスくん聞いてる?」
「聞いてるよ。良かったな、デート上手くいって」
言えば悟天は幸せそうに笑う。そしてまた惚気話が始まる。本当、その子のことが好きなんだなというのは分かるけれど今度はどれくらい続くのか。
いつも振られるばかりで自分から振ることはない悟天だが、振られるからには何かしらの原因があるのだろう。本人は何でだろうと首を傾げているが、俺に言わせればソイツ等の見る目がないんじゃないのっていう話だ。他に好きな人が出来たとか、思っていたのと違ったとか、要するにソイツにとってはその程度のことだったんだ。ま、そういう相手と付き合っちまう悟天も見る目がないんだろう。
「今度は長続きすると良いな」
「酷いなぁ。長続きするに決まってんじゃん」
「どうだかな。今だってオレと一緒に帰ってるし」
「それは委員会で遅くなるから先に帰っていいよって言われただけだよ」
そこは待っててやるのが彼氏じゃねぇのと言えば、待たせるのは悪いからと彼女の方に断れたんだとか。それでも待ってやったら彼女は喜ぶと思うけどな。素直に分かったって頷いてしまうのは悟天の良いところであり悪いところか。女の子ってそういうところを気にしたりするし。勿論全員が全員とは言わないけれど、そういうところから最終的に別れることになるんじゃないのかとは心の中に留めておいた。今更言っても遅いし。
あれ、でもそういえば前に……。
「なあ、前オレが日直の仕事があるって言った時はお前待ってなかったっけ?」
「日直の仕事はすぐ終わるじゃん」
「だけどオレ先帰って良いって言ったよな?」
それなのにコイツは待ってたんだ。実際そこまで時間は掛からなかったけれど、何か約束をしていたわけでもなければ用事があったわけでもない。ただ一緒に帰るか一人で帰るかの二択で悟天は少し待ってでも一緒に帰る方を選んだ。どうせなら一緒に帰った方が楽しいからというそれだけの理由で。
そして今回もまた悟天はあの時と同じ言葉を返した。一人で帰るよりトランクスくんと一緒の方が楽しいし、と話すコイツに他意はないんだろう。分かっているけれど、それはオレじゃなくて付き合ってる彼女にしてやるべきなんじゃないのか。いやまあ、嬉しかったけど。
「……お前が振られる理由が分かる気がするな」
「えっ、何で!?」
オレが呟いた独り言は隣を歩く幼馴染の耳まで届いたらしい。何でも何も、自分の行動を振り返ってみろよと言いたい。言ったところで全然通じないような気がするけど、コイツのこれは天然なんだろう。
「そこは自分で考えろよ」
「分かるなら聞かないよ」
それははっきり言うことじゃないだろと溜め息を一つ。確かに分かってたら聞かないだろうし、何人もの女の子に振られたりもしてないだろうな。
けど、オレは悟天と付き合ってた彼女じゃないんだからこれが理由だろと断言は出来ない。多分そういうところだろうなというのはあるがどうしたものか――と、考えてふと思い浮かんだことをそのまま口にした。
「尽くすならオレじゃなくて彼女にしろよ」
え、と間抜けな声を出しながらきょとんとした表情を浮かべる悟天に「だってそうだろ」とオレはさっき思ったことをそのまま言葉にする。どうせ待つならオレじゃなくて彼女にしとけよと。こういうちょっとした気遣いが案外大きなポイントになったりするものだ。
まあ、オレは彼女なんて作ったことないから想像でしかないけど多分そういうものだと思う。これじゃあオレの方が彼女より尽くされてるみたいだろ。半分くらい冗談でそう言って、ついでだからとオレは続ける。
「つーかさ、無理して女の子に合わせてもしょうがないだろ。そのままのお前を好きになってくれる子じゃないとそもそも長続きしないと思うんだけど」
悟天が彼女とどう付き合ってるかなんて知らないけど、聞かされる惚気話でなんとなく想像は出来る。彼女の意見を尊重して優しくしてあげるのは良いことなんだろうが、女の子に合わせて無理をしているように感じるんだ。無理というか背伸びというか、とにかく悟天には合わないことを女の子に合わせてやってるっていえば良いのかな。無理してる、なんて自覚は本人にないんだろうけどなんとなくそんな気がする。
「彼女が欲しいって気持ちもオレには分からないけど、そこまでして作るものでもないと思うぜ」
それでも悟天が良いならこれ以上はオレがとやかく言うことでもない。価値観なんて人それぞれだしな。それをいうならこれもあえて言う必要はなかったけど、オレ達はただの幼馴染だからこういうことを言ったところでどうなるということもないしこの際だから言わせてもらった。これはオレがコイツを好きだからというのは関係なく、親友として前から思っていたことだから。
「………………」
「……………………悟天?」
何も言わない親友を不思議に思ってそちらを見ると、顔を真っ赤にした悟天が目に入って驚く。
オレ、別に照れるようなこと言ってないよな? 先程の発言を振り返ってみるが、そんな恥ずかしいことを言った覚えはない。だから「何でそんな顔赤いんだよ」と直接尋ねると、悟天は顔を赤くしたまま「トランクスくんのせいでしょ!」と理不尽に怒った。いや、全然分からないんだけど。
「だって、トランクスくんが……」
「オレが何?」
そこで話を止めるから先を促したけれど、悟天は口を開きかけては閉じてを繰り返す。本当に何なんだ。こんな反応が返ってくるとは思わなかったからこっちも反応に困る。
でも向こうが何か言ってくれなければこっちは何も分からない。仕方なく悟天が話すのをオレは待つことにした。それからたっぷり十数秒ほどの時間が流れ、漸く悟天が口を開いたかと思えば予想外の言葉が飛び出してきた。
「……どうしよう。ボク、トランクスくんのことが好きなのかもしれない」
………………は?
何を言うかと思えば、予想の斜め上の発言をこの幼馴染はしてくれた。好きかもしれないって何だよ。というか、どうして突然そういう話になったんだ。もう訳が分からない。
「ちょっと待て、何で急にそういう話になるんだよ」
「だって、トランクスくんがあんなこと言うから……!」
あんなことってどれだと考えてはみたものの分からない。コイツはさっきの話のどこでその結論に辿り着いたんだ。彼女よりオレに尽くしてるだろとかあの辺りか? だけどあれは冗談みたいなものだし、それくらい普通に通じるだろう。少なくともいつもは冗談で流してるはずだ。
だけど悟天はどうしよう、どうすれば良いのかなとオレに聞いてくる。何故そうなったのかという点についてちゃんと聞きたいところだけど、それをオレに聞くのかとも言いたい。けど、何だかもう色々と面倒になってきて。
「それなら試しに付き合ってみるか?」
ぶっちゃけオレはコイツが好きだし、コイツもオレが好きならそれで良いじゃんと思ってしまった。まあ悟天には付き合ってる彼女がいるから断られるとは思ったけど。こんなのはどうせ一時の気の迷いだ。好きかもしれないと勘違いしたところでこう言われれば冷静になるだろう。
――――そう思ったのに。
「えっ、トランクスくんは良いの?」
どうしてそうなるんだよ、とこの短時間で何度も思ったことが頭の中でリピートされる。お前こそ良いのかと聞き返せば、付き合ってみれば分かることもあるかもしれないって馬鹿なのか。いや、コイツは馬鹿だったな。だからって彼女がいるのに男の幼馴染を選ぶってどうなんだよ。
けど、本人がそれで良いならもう良いか。こっちからすれば一時の気の迷いでも二度とない機会だろうし、正直断る理由がない。その彼女には悪いけど、こんなチャンスを自ら手離すほどお人好しではない。
「じゃあ、とりあえず一ヶ月ぐらい付き合ってみるか。本当に良いんだな?」
「う、うん。よろしくね、トランクスくん」
こうしてオレ達はお試しで付き合うことになった。何でこうなったんだろうとは未だに疑問に思うけれど、こうなったらとことん付き合ってやろう。
恋人期間は残り三十日。さて、この時間をどう過ごそうか?
タイムリミットは一ヶ月
(一時の気の迷いか、それとも本気の恋か)
(どっちにしろ落とせば関係ないか、なんて思ったのはここだけの話)