「トランクスってカッコいいな」
思わず零れた言葉に作業をしていたトランクスの手が止まる。程なくして青色の瞳が悟飯を映した。
「……どうしたんですか、急に」
「思ったことを言っただけだよ」
正直に答えるとトランクスは僅かに視線を逸らす。その頬はほんのりと朱に染まっていた。こういうところは可愛いなと思う。
「おだてても何も出ませんよ」
「本当のことを言っただけだって。こういうのはオレにはさっぱり分からないから純粋にすごいとも思うし、カッコいいと思うよ」
ブルマの影響もあって昔からトランクスは機械に強かったが今はあの頃よりも更に詳しくなり、ブルマの仕事の手伝いだってしている。そんなトランクスだからこそ、壊れてしまったというそれも直せるだろうと預かってきたのだ。
悟飯の予想通り、これくらいなら少し時間をもらえればと答えたトランクスは幾つかの工具を持ってきて修理を始めた。待っている間、特にやることもない悟飯はトランクスが修理する姿を見ていたのだが、成長して幼さの抜けた弟子が真剣な表情で作業をする姿を見ていたら自然とそう思ったのだ。
「――――いや」
そこまで考えたところで悟飯は思い直す。
カッコいいと思ったのは確かだが、トランクスがカッコいいということは今になって分かったことではない。
「トランクスがカッコいいのは昔からだったか」
悟飯が一度命を落とす前からそうだった。いつだって真っ直ぐで、純粋で、ひたむきで。この世界のために、未来のために強くなろうとする姿は悟飯にとっての希望だった。
そして実際、彼はこの世界から明るい未来を取り戻した。
頼もしく成長した弟子は悟飯の誇りだ。今となっては年も変わらなくなってしまったし、実力だってトランクスの方が上だろう。それでも。
「……カッコいいのは悟飯さんですよ」
聞こえてきた声に顔を上げる。いつの間にかトランクスは真っ直ぐに悟飯を見ていた。その瞳を見て「あ」と思う。その視線には覚えがあった。
「昔からずっと。悟飯さんはカッコよくて、オレの憧れでした」
ふっと細められた瞳から想いが伝わる。そこに込められているものは昔と変わらないようで少し違う。でもそのあたたかさが心地いい。
「じゃあこれからもそう思ってもらえるように頑張らないとな」
「今も悟飯さんはカッコいいですよ」
「おだてても何も出ないよ?」
「本当のことを言ってるだけですから」
少し前にトランクスが口にしたのと同じことを言えば、トランクスもまた悟飯と同じ言葉を返して笑った。
何てことのないやりとりに幸せを感じるのはお互いさまだろう。それはかつての二人がいつか手に入れたいと願い続けたものであり、漸く得ることのできた未来だ。
「なあ、トランクス」
世界は少しずつ、けれど着実に復興が進んでいる。絶望しかなかった世界に光が戻り、平和が訪れた。この平和がこの先もずっと続いていくことを誰もが願っている。
もちろん、悟飯やトランクスもその一人だ。
でも悟飯の願いはそれだけではない。今度こそ平和なこの世界を守っていくこと、これは願いというよりも決意かもしれない。そしてその世界で大切な人――トランクスが幸せになることこそが何よりの願いだ。
「今度一緒にお花見にでも行かないか?」
「お花見ですか?」
繰り返すトランクスに頷く。真面目で頑張り屋なこの弟子はいつも多くの人々のために動き回っている。
「気分転換にいいかと思ってさ。たまには息抜きもいいだろ?」
それはトランクスを思ってのことであると同時に半分は悟飯のわがままでもある。たくさんの人から必要とされている彼を独り占めするつもりはないけれどたまには一緒に過ごしたいと、思ったのだが。
「そうですね。オレも久しぶりに悟飯さんと一緒に過ごしたいです」
その言葉にぱちりと目を瞬かせた悟飯は思わず笑みを零した。
弟子が成長していることは分かっているつもりだったけれど、悟飯の想像以上にトランクスは成長していたらしい。
「本当、大きくなったな」
「いつの話をしてるんですか」
「オレにとってはいつまでも可愛い弟子だよ」
それはこれからもずっと変わらない。だけど。
「……オレ、もう子供じゃないですよ」
変わらないことばかりではないと、教えてくれるのもまた目の前の彼だ。
年を重ねるにつれて体が大きくなるのと同じように心だって成長している。子供だったあの頃だって子供らしいことをして過ごせる世の中ではなかったから大人びた子ではあったけれど、今は本当に大人になったのだと知っている。
気づかない振りはもうできない。もっとも、気づかない振りなんてそもそも必要がなかったと君は言うのかもしれないけれど。
「知ってるよ」
「……そうやって悟飯さんはいつも子供扱いしますよね」
「そんなことはないさ」
「じゃあ」
その先の言葉を奪うと青の双眸が大きく開かれた。
互いの熱が溶け合い、そのあたたかさが心にまで広がる。求めていたのはずっと、こちらの方だったのだ。
幸せになって欲しいと願っていた相手が手を伸ばす先にいるのが自分だというのなら。
「好きだよ、トランクス」
ぽかんとした表情で見つめる青年に告げる。可愛い弟子は悟飯にとって大切な存在であり、いつしか特別な存在にもなっていた。
再びこの世界に戻ってきた時に知ったのは彼が成長したことだけではない。同じだからこそ、気づいていた。躊躇いがなかったわけじゃない。でも、やっぱりトランクスは真っ直ぐだったのだ。
「今度こそ一緒に未来を守らせてくれ」
平和な世界を願うからこそ、平和な世界を守っていくと誓う。同時にトランクスを一人にはしないと約束する。もう二度と、あんな思いをさせないために。悟飯自身もまた、二度とあのような思いをしないために。
唇を閉じたトランクスはやがて、悟飯を見た。それからゆっくりと口を開く。
「……絶対、ですよ?」
「ああ、約束する」
「二度はないですからね」
分かっていると答えた悟飯にトランクスは微笑む。その顔を見てああと思う。
「オレも悟飯さんが好きです」
じんわりと体の中心から熱が広がっていく。これを幸せというのだろう。トランクスも同じ気持ちであることはすぐに伝わってきた。
「それじゃあ改めて、これからもよろしくな」
「はい」
自分たちの関係にひとつ名前が増えたところで急に何かが変わるわけではない。だけどそれが自分たちが一緒にいる何よりの理由になるのだろう。
明るい未来を守るため、これからも二人で一緒に歩んでいこう。
大切な人と共に
(それこそがオレたちの幸せ)