「はあ……」


 溜め息を吐く声が聞こえてちらりと視線をそちらに向ける。まだ何も聞いてはいないけれど、その溜め息の理由はなんとなく分かる。というより、ほぼ間違いなく今考えていることが理由だろう。高校に入ってからというもの、幾度となく同じような話を聞かされれば言われなくとも想像に容易い。


「ねえ、トランクスくん」

「…………」

「トランクスくんってば」

「…………何だよ」


 こちらは無視を決め込もうとしたのだが、しつこく呼ばれて仕方なく返事をしてやる。するとやはり予想通りの言葉が悟天の口から出てくる。


「どうやったら女の子と上手くいくのかな」


 どうせそんなことだろうと思っていたけれど、それを聞いて今度はこちらが溜め息を吐く。つまり、また女の子に振られたんだろう。これで何度目かは知らないがそろそろ片手分くらいにはなるのではないだろうか。その度に話を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。


「そんなの知らねぇよ」

「でもトランクスくんは女の子にモテるじゃん」

「別に好きでモテてるんじゃないんだけど」


 言えば「それはモテるから言えることだよ!」などと返される。そんなことを言われても困る。特別何かをしたわけでもなく、それでいて女の子に好意を寄せられるのをどうしろというんだ。こっちにしてみれば大して知らない相手に好意を寄せられてもという話である。
 ――と、思ったままに口にすれば酷いと言われるが本当のことだ。好きでもない相手に告白されて断って、それで泣かれたりしたら正直面倒だとさえ思ってしまう。一応キツい言い方にならないようには気を付けているけれども。


「つーか、何でそれをオレに聞くんだよ」


 これまでに告白されたことは何度かある。だけど付き合ったことは一度もない。そのことを悟天は知っているはずなのに何故その話をオレに振ろうと思ったのか。
 そう尋ねると悟天はきょとんとして先程と同じく女の子にモテるからだと答えた。それとこれとは全くイコールで結ばれないと思うんだけど。一体悟天の頭の中はどうなっているのか。


「そういうのは友達にでも聞けよ」

「だからトランクスくんに聞いてるんだよ」

「オレじゃなくてクラスメイトとか、もっと他にいるだろ」


 悟天はこういう性格だから同じクラスにも友達は沢山いるし、別のクラスにだって友達は多い。この手の話をする相手は他にもいるはずで、むしろソイツ等とやってくれと思う。付き合ってる時も別れた時も恋人募集中の時でも人のところに来るけれど、オレよりも適任な相手はいるだろう。
 まあ、オレが話を聞かされるのは幼馴染だからだろう。昔からよく一緒にいたけれど、今でもこうやって二人でいることは多い。学校の帰りだったり休みの日だったり、勿論他の話もするけれど悟天からこういう話題が出てくるのも高校生としてはある意味当然なのかもしれない。オレは全然興味がないけれど。


「そうかもしれないけど、少しくらい相談に乗ってくれても良くない?」

「良くないから言ってんだろ」


 何でオレがお前の恋愛相談に乗らなくちゃいけないんだよ、というような話をするのもこれで何度目になるのか。といっても、まともに相談に乗ったことなんてない。それなりに返答はするけれど、こっちは付き合ったこともないのだからアドバイスも何もない。例えば付き合っている時にデートはどうしようと言われたら、雑誌とかに載っているようなデートスポットにでも行けば良いだろうと答える程度だ。


「冷たいね」

「そう思うなら他当たれよ」


 その言葉に悟天は曖昧に返す。これは止める気がないんだろうなと思って本日二度目の溜め息が零れる。別に話したいというのなら構わないけれど一人で勝手にやってくれと思ってしまう。それならそれでこっちも適当に聞き流すだけだから。割と今もそんな感じではあるけれど、人の気も知らないでとは心の中でずっと思ってる。


「そういえば、トランクスくんは何で女の子と付き合わないの?」


 ……こいつに他意がないことは分かっているが、それでいてこの発言だ。何でも何も、前にも似たような質問に答えたような気がするんだけど。でも聞かれたから返答くらいはしてやる。


「好きでもない相手と付き合うヤツなんていないだろ」

「一度くらい試しに付き合ってみれば良いのに」

「それは相手にも失礼だろ」


 こっちは全く興味がないのに試しに付き合って、それでやっぱり好きじゃないからと別れでも切り出すのか。そもそも付き合うこと自体が面倒だろう。どうして好きでもない相手の為に自分の時間を使わなければいけないのか。
 付き合ってみたら好きになる可能性もあると悟天は言うけれど、それだけは絶対にないと言い切れる。どうしてだと聞かれても困るから悟天には言わないけれど。


「オレはそういう無駄なことに時間を使いたくないから」

「無駄って、酷いな……」


 だから付き合わないんだろと続ければ「そういうものかな」と悟天は疑問を浮かべる。
 このことに関しては意見が合わないのも仕様がない。恋愛に興味のある悟天とそうではないオレとで意見が合うわけがない。それでオレの言いたいこともこいつは何も分かってないんだろうなと思う。分からないままで良いけど、なんとも複雑なものだ。


「でも、トランクスくんってボクには付き合ってくれるよね」


 本当にこいつは、と思ったオレは悪くないだろう。天然で言っていると分かっているけれど、だからこそ余計に質が悪い。


「それはお前がオレのところに来るからだろ」

「だってトランクスくんならいつでも話聞いてくれるし」

「それもお前が勝手に話し始めるだけだ」


 そうだっけ? と笑って誤魔化している悟天に三度目の溜め息。そんなに溜め息を吐くと幸せが逃げると言うが、誰が人に溜め息を吐かせているんだ。それに最初に人の家まで来て溜め息を吐いていたのはお前の方だろうと言いたい。


「今度から追い返すぞ」

「えー、そんなこと言わないで話聞いてよ」


 オレには関係ないだろと言っておいたけど、悟天がまた同じようにやってきて話し始めたら結局話を聞くんだろうなと思う。幼馴染だから、と表現するそれが段々と言い訳のようになっていく。
 しかし、オレ達が幼馴染であることはこの先も変わりようのない事実だ。幼馴染と言う立場に甘えているのはどっちか。この先も幼馴染だからとこういう関係が続いていくんだろう。きっと。


(本当、何でこいつなんだろうな)


 そう思ったことは今までに何度もある。その度に考えてみても答えは変わらなかったからその気持ちも認めている。小さい頃から、赤ん坊だった頃から一緒にいる幼馴染。いつからこんなに特別になったのか。
 そんな想いを奥に押しやってオレはそっと立ち上がる。悟天の話に付き合うのもこれくらいで良いだろう。こっちにだって用事はあるのだ。


「あれ、どこか行くの?」

「参考書買いに行くんだよ。お前も少しは自分で勉強しろよ」

「……少しくらいは自分でやってるよ?」


 どうしてそこで疑問形になるんだと思ったが、普段の悟天の学校生活を考えれば分からなくもないかと思い直す。こいつの言う少しは学校の宿題とかだろう。
 その宿題もやってないことが多々あることは本人の話を聞いていれば分かるから本当にちょっとしか勉強なんてしていないに違いない。それでいてテスト前は人を頼りに来るのだからどうしようもない。自分でやれと言いつつもなんだかんだで教えてやるオレも悪いのかもしれないが。


「まあいいや。暇ならお前も付き合えよ」

「あ、それならボクも寄りたいところがあるんだけど」


 そう話しながら必要最低限の物を持つなりオレ達は買い物へと出掛けることにする。本屋に行って、そのまま都をぶらぶらと歩いて。
 そんないつも通りの休日。空には白い雲が浮かび、一番高いところで太陽が輝いていた。








(幼馴染だから仕方なく付き合っているんじゃなくて)
(お前だからこの時間を使おうと思うんだ)