「ポッキーゲームしようぜ」


 いきなり部屋にやってきたかと思えば、この間まで同輩だった先輩が唐突に言った。誘ってくるだけあって片手には見覚えのある赤いパッケージが握られている。


「また急だな……」

「おいおい、今日は十一月十一日だぜ?」


 十一月の十一日といえばポッキーゲームの日――ではなく、ポッキーの日かとクロウの発言からリィンも今日が何の日かを思い出す。決してポッキーゲームの日ではないというのに、この先輩はその主張を改める気がないらしい。だからポッキーゲームしようぜ、と再びこの部屋に来た時と同じ台詞を繰り返した。


「ポッキーゲームの日じゃなくてポッキーの日だろ」

「んな細かいこと気にすんなよ」


 全然細かくない気がするんだが。言うリィンに別にどっちでも良いだろというクロウこそがどちらでも良いとは思っていないだろう。どちらでも良いのならポッキーの日で良い筈だ。
 はあ、とリィンは大きな溜め息を吐く。何故そこまでポッキーゲームがしたいのか。半年以上も付き合っていればクロウの考えそうなことは分かるけれど。


「……ゲームが目的に聞こえないのは気のせいか?」


 ポッキーゲームとは、二人が一本のポッキーを両側から食べ進めていくゲームだ。途中で折ってしまったら折った方の負け。至ってシンプルなゲームだが、お互いにポッキーを折ることなく食べ進めていけば最終的にはぶつかる。両端から食べているのだから当然といえば当然だ。
 最後の数リジュまで辿り着いたらクリアというルールではあるが、クロウがやたらとポッキーゲームをしたがる理由があるとすればこれだろう。じと目で見るリィンにクロウは素知らぬ顔で気のせいだろと返す。


「俺はただゲームしようぜって誘ってるだけだろ」

「ブレードなら付き合っても良いぞ」

「ポッキーの日にポッキーゲームをやらねえでどうすんだよ」


 別にどうもしないだろと言うリィンをクロウは分かっていないという。漸く今日がポッキーゲームの日ではなくポッキーの日だと本人も口にしたが、普通にそのポッキーを食べるという選択肢はやはりまだ出てこないらしい。


「じゃあ逆に聞くけど、何でお前はそんなにポッキーゲームしたくねえんだよ」

「クロウが下心だけで誘ってくるからだろ」


 遠回しに言ってもはぐらかされるだけ。それならとリィンははっきり言った。ただポッキーゲームがしたいのならリィンでなくても、というのもそれはそれで複雑だが。このゲームの目的がそこなら。


「……キスがしたいならそう言ってくれれば良いのに」


 ぼそっと呟いた独り言はこの部屋にいるもう一人の相手――恋人にも届いたようで。クロウはきょとんとしてしまう。


「言ったらしても良いのか?」

「それは、時と場合にもよるけど」


 聞き返したクロウにリィンはそう付け加えたものの否定はしなかった。こう言っておかないと後でクロウにそこを指摘されかねない。今のはそう思っての補足だ。
 そこまで恋人が自分のことを理解しているというところは喜ぶべきなのか。先に言われたかと思ってしまったが、それでもリィンが良いと言ってくれたことに変わりはない。それなら。


「リィン、キスしたい」


 赤紫の瞳が見つめる。本当にストレートにぶつけてきた恋人にリィンはほんのりと頬を染めながらこくりと頷いた。
 どちらともなく瞳を閉じ、やがて触れ合う唇と唇。重なる唇から互いの体温が混ざる。長い口付けを終えて瞳に写るのは自分とは違う紫と。


「……なあ、何回までなら有りだ?」


 尋ねるクロウにリィンは何回って言うつもりだと聞き返す。そりゃあ、と言い掛けたクロウの言葉はそこで止まる。ぶっちゃけ何回でもというのが本音ではあったが、流石にそれを言ったら断られそうだと思ったのだ。
 途切れたままの言葉の続き。クロウが言い掛けて止めたその先を想像するのは難しくない。さっきの今でクロウが言おうとしたこと、そう考えれば答えはすぐに導かれる。だからリィンはクイッと手近のネクタイを引いた。そして再び唇が重なった。


「何事にも限度はあると思うけど、俺だってクロウが好きなんだ」


 だから、と段々小さくなっていった声。先程より顔が赤くなっているように見えるのは気のせいではないだろう。
 そんな恋人にクロウは自然と目を細める。可愛いというより愛おしい。ああキスしたいなと思って寄せた唇をリィンはすんなりと受け入れてくれた。


「お前さ、こういうの俺以外にはすんなよ」

「……するわけないだろ」


 むっとした表情を浮かべる恋人に悪いと謝った彼氏はちゅっと音を立てて額にキスを落とす。
 何事にも限度はあるらしいがこれくらいなら良いだろう。そう判断したらしいクロウが幸せそうに笑うから、リィンもほんのり朱に染まった顔で緩く笑った。


「クロウこそ、ただのゲームだからって誰でも誘うなよ」

「最初からお前しか誘うつもりねーよ」


 お前とキスする建前だし、と今度は隠すことなく答える。そんなことだろうと思ったとリィンも零す。キスをする為の建前がゲームというのはこの恋人らしい。







I want to kiss you






「――ところで、ここにポッキーがあるんだけどよ」


 忘れかけていたけれど今日はポッキーの日だ。だからこそクロウはポッキーを持って第三学生寮を訪ねて来た。本来の目的が建前だった為に例の赤いパッケージは一度机に置かれてそのままになっていた。


「……普通に食べるっていう選択はないのか?」

「これはこれで良いだろ」


 何が良いんだと聞けば「まあ色々と?」などと目の前の彼氏は答える。せっかくポッキーがあるのにポッキーゲームをしないのはおかしいという理屈がそれこそおかしいけれど、どちらにしてもクロウはポッキーゲームをやりたいということらしい。
 リィンは本日二度目の溜め息を吐きながら、ポッキーの箱を開け始めた恋人に「一回だけだぞ」と言った。一回だけでも乗ってくれる恋人にクロウは「そうこなくっちゃな」と袋から一本のポッキーを取り出す。


「負けたら罰ゲームでもすっか?」

「どちらも負けなかったらどうするんだ」

「そん時は可愛い恋人のお願いを聞いてやるよ」


 手に取ったポッキーをクロウが先に咥え、それに合わせてリィンもチョコのついたポッキーへ口を寄せた。さて、ゲームの行方は如何に。