「愛してるゲームしようぜ」
いきなり言われてリィンは「えっ?」と反射的に聞き返した。それに対してクロウが「愛してるぜ?」と言うからちょっと待てくれと慌てて止めた。
「そういう意味で聞き返したんじゃない」
「ならどういう意味だよ」
どういう意味もと思ったリィンが何でまた急にと尋ねると「何となく」とこれはまた適当な回答が返ってくる。どうせそんなことだろうとは思っていたがそもそもこのゲームを二人でやろうとするのは間違いだろう。そこを指摘すれば細かいことは気にするなと言われるのだ。
全然細かくない、と言うリィンの話を無視して良いからやろうぜとクロウは言うが、ここで分かったと頷くと思っているのだろうか。二人でやったらどういうことになるかなど想像に容易いというのに。
「どうしてもなら他を当たってくれ」
「他ってここには俺とお前しかいねーのに誰とやるんだよ」
「……だからそこがまずおかしいだろ」
このゲームは本来、男女が三人ずつで行うものだ。右隣の人には「愛してる」と言い、左隣の人には「えっ?」と聞き返す。照れた人が負けというこのゲームはとあるテレビ番組で始まったものである。その番組を見たことのあるリィンは勿論このゲームのルールを知っているわけだが、言い出したクロウだってそれは知っているはずだ。知っていて、二人でやろうと言っているのだ。
仮に二人でやるとして、二人しかいないのだから右隣も左隣もない。ただお互いに「愛してる」というだけのそれはゲームといえるのか。
「別に良いじゃねえか。減るもんでもねーし」
――いや、何かが確実に減る。
そう思ったのが伝わったのか。付き合ってるんだし今更だろとクロウは易々と言ってのけた。
確かに自分達は付き合っている。そこは否定しないけれど、今更と言えるようなことではないとリィンは心の中で呟く。いくらゲームとはいえ「愛してる」なんて、そう簡単に言えるわけがない。
加えて二人だけでやるとなればクロウの目的は分かりきっているようなものだ。何度聞き返されるのか、または何度愛の言葉を囁かれることになるのか。照れたら負けなのだから勝敗はやる前から決まっている。
「つーワケでやるぞ」
「だから俺はやるとは……」
言っていない、とリィンが言い終えるより先にクロウは「照れたら負けよ愛してるゲーム」とゲーム開始の合図をした。
「愛してる」
「……………愛してるよ」
そのまま勝手にゲームを始めた恋人にリィンはやや間を置きながらも同じ言葉を返した。ここで無視をするのもそれで憚られたわけだが、返せば当然ゲームは続いていくわけで。
「愛してる」
「……愛してるよ」
「愛してる」
いつまで続けるんだ、とリィンは思うが普通に考えればどちらかが負けるまでだろう。しかし、既にリィンの視線は真っ直ぐに向けられる赤紫から逃げつつある。
要するに今のリィンは負けだと言われたら負けのような状態だ。こんな熱い眼差しをいつまでも直視なんて出来るわけがない。
「…………愛してる」
心臓の音が五月蝿い。そう思いながらもまだ続けるつもりらしい右隣の相手に伝える。右隣というよりも正面の相手という方が正しいけれど、それを言うのなら。
「……愛してるよ、リィン」
恋人相手というのが最も正しいだろう。
熱の篭った視線に優しい声色。ゲームなのか本気なのか分からなくなりそうだ。いや、おそらくはそのどちらも正解なのだろう。そしてやっぱり勝敗は最初に予想していた通りになる。
「………………クロウ」
「おう」
「いつまで続けるんだ……?」
とうとう耐えきれなくなったリィンが尋ねる。すると勝敗が決まるまでだと当たり前のことを言われるが、それならもう終わりだろうとこちらもまた正論を返した。これで終わりでないのならどこが終わりだというのか。
「まあ良いじゃねーか。もうちょっと続けようぜ」
「全然良くない」
「えー?」
これは聞き返すには入らないだろう、というよりゲームを続けるのだとすればこっちの番だろうと考えたところでリィンは思考を中断した。このままでは間違いなくクロウの気が済むまで付き合わされる。
そう悟ったリィンは何も答えずに視線だけをクロウへと向けた。どうせ口では叶わないのだ。上手いこと言いくるめられないための策は有効だったようで「分かったよ」とぶっきらぼうに言ったクロウは「じゃあお前の負けで終わりだ」と漸くゲームの終わりを宣言した。
「となると、あとは罰ゲームだな」
ほっとしたのも束の間、口角を持ち上げた恋人にリィンは嫌な予感しかしない。そもそも罰ゲームなんて話は聞いていないがそれを主張したところで受け入れてはもらえないのだろう。ゲームに罰ゲームは付き物だろうと言い出すか、それならまだゲームを続けるかという話になるであろうことは明らかだ。
何を言い出すつもりだと内心でびくびくしているとぴと、とクロウの指がリィンの唇に触れた。
「罰ゲームはリィン君からのキスで」
え、と思わず零れた声に今度はクロウも聞き返すようなことはしなかった。だが「いつも俺からだからたまには良いだろ?」と言いながらクロウは先程までリィンの唇に触れていた指を自分の口元へ持っていった。その行為にリィンの頬が微かに染まる。そして青紫は完全に赤紫の瞳から逃げ出した。
「そんなこと、急に言われても……」
「嫌か?」
嫌ではない、けれどその言い方はズルいとは思う。
リィンだってクロウのことが好きだ。キスだって嫌ではないし、そのキスがいつもクロウからであるのは事実だ。それでもキスをして欲しいと突然言われても困ってしまう。それに罰ゲームでキスをして欲しいと言われるのもそれは複雑で……というのは流石に我儘かもしれないとリィンも思った。それに。
ちら、と目の前の恋人を見る。すると目が合ったクロウは小さく笑った。
「ま、今すぐじゃなくても良いぜ」
ゲームにも付き合ってもらったしな、と言って今度こそ本当にゲームを終わらせようとするのだ。この恋人兼幼馴染は。そのことにやっぱり、とリィンは思う。
そもそもリィンはクロウがゲームをしようと誘ってきたのを断っている。それでもいざ始めてしまえばリィンが付き合ってくれるだろうとこの恋人は分かっていたのだ。罰ゲームだってきっとただの思いつきだ。してくれたら良いなくらいにしか考えていなかったのだろう。
クロウがリィンの性格を知っているのなら、リィンもまたクロウの性格はよく分かっていた。
立ち上がろうとする恋人の腕を掴んだのはそんなクロウの性格を知っているからで、そのクロウのことをリィンは愛しているから。
「…………これで、良いのか」
顔が今日一番熱い。そしてやっぱりクロウの顔を見ることは出来なかった。体感的には長く感じたそれも現実には一秒もなかったのかもしれない。でも。
「やっぱ俺、お前が好きだ」
くいっと顔を上に向けられたかと思うと今度はクロウの方からキスをされた。そして告げられるのは「愛してるよ」という言葉。勿論それはゲームとは関係ない、けれど最初からゲームなんて関係なしにこの恋人はその言葉を口にしていたのだろう。とはいえ、それはリィンにしても同じことがいえる。
「またいつかやろうぜ、愛してるゲーム」
「……ゲームはもう良いだろ」
「そうか? 結構楽しかったのにな」
でもまあ良いか、とクロウは笑う。おそらくリィンの言いたいことはきちんとクロウに伝わってしまったのだろう。だけどそれで良いのだ。
夕飯食べてくだろと立ち上げるクロウに頷きながらリィンも一緒に部屋を出る。今度はゲームなしで自分の気持ちを伝えよう。そして罰ゲームなどではなく、たまにはこちらからも沢山受け取っている愛を大切な人に返そうとリィンは一人決意した。
愛してるを君に
伝えるのは恥ずかしいけれど
貴方は待っていてくれるからちゃんと自分で伝えたい