ひらり、はらり。白い花弁が空を舞う。
 季節は三月も終わり。ここ、トリスタでは今年もライノの花が咲き始めていた。もう少ししたら新入生たちはこの景色に目を奪われるのかもしれない。あの日の自分と同じように。


「リィン」


 聞こえてきた声に振り返ると、太陽の光に当たって銀糸が煌めいた。



「悪ィ、待たせたか」

「いや、俺もさっき着いたところだ」


 こうして会うのは半年ぶりになるだろうか。通信で話すことはあるけれど、ここのところタイミングが合わず実際に顔を合わせる機会がなかった。
 もっとも、他の級友たちもそれぞれ忙しくしているから全員揃っての同窓会は年に一度。旧Ⅶ組のメンバーでいえばクロウとは会っている方だ。色んな地方に移動する際に帝都に寄ってくれることが多いから、半年も会わなかったのは珍しいかもしれない。


「今年も綺麗に咲いたな」


 すっと、クロウの視線が上へ向かう。それを追いかけるようにリィンもまた、ライノの花を見上げる。


「懐かしい……って思うのは俺だけか」

「そんなことはないさ。俺もトールズに入学した時のことを思い出していた」


 分校の教官としてトリスタに足を運ぶことは珍しくない。でも、それとこれは別の話だ。
 ライノが花開く様子に春の訪れを感じるのはきっと、リィンだけではないだろう。そこにたくさんの思い出があるのもまた、自分だけではないはずだ。


「あの時は珍しかった深紅の制服も今では見慣れたモンだな」

「俺たちの制服とはまた違うけどな」

「お前の時は分かりやすかったよな」

「クロウだって同じ制服を着てただろ」

「入学式の時の話。あの試験運用を元にした後輩のことをゼリカたちと話してたんだよ」


 戦術オーブメントARCUS――当時は個人の適性も大きく関わっていたことから特科クラスⅦ組が発足された理由のひとつになったそれは事前にクロウたちによって試験運用が行われた。トワやジョルジュには入学式の前に顔を合わせていたが、クロウとアンゼリカもオリエンテーリングに協力していたのかもしれない。
 実際に会ったのはそれから数週間後、名前を知ったのはさらに一ヶ月近く経ってからだ。決して忘れることのないあの出会いこそが、自分たちにとってはすべてのはじまり。


「あれから色々あったな」


 色々、という一言で片付けるには本当に多くの出来事があった。リィン自身もそうだが、隣に並ぶこの友人にも同じことがいえる。


「そうだな」


 だけど今は、こうやって話ができるほど穏やかな時間が流れている。
 何てことのない日常が特別なものだと、あの頃は分かっていたようで分かっていなかった。様々なことを経験した今はそれがよく分かる。


「正直、お前とこんな風に過ごす未来は想像してなかった」


 ぽつりと呟かれた言葉に横を向く。


「過ぎた夢だと思ってたんだけどな」


 緩やかな風がふわりと白銀の髪を揺らす。どこか遠くを見ているその瞳は、優しい色を帯びているように見える。
 その様子にふっと、口元を緩める。


「俺は、クロウとこの景色が見られて嬉しいよ」


 年に一度、春の訪れを感じさせる景色。学年が違うから何回も見ることは無理でも、次の春は当たり前に一緒に見られる景色だとばかり思っていた。
 それが漸く、叶った。
 思ったまま声に出したリィンを赤紫の瞳が映す。


「変わらねぇよな、本当」

「クロウも変わってないだろ」


 言えば「そういうところもな」とクロウは笑う。やっぱりクロウだって変わらない。出会ったあの頃は先輩だった彼との関係はいい意味での変化だ。
 もちろん、他にも変わったところはある。トールズに入学した頃と比べれば身体的にも成長したし、昔は学生として通っていたこの場所に今は教官として足を運んでいる。


「なあ、ゲームしねぇか?」


 唐突にクロウが言う。ギャンブル好きな友人からの提案は珍しくない。


「ミラは賭けないからな」

「じゃあお前が勝ったらいいモンやるよ」

「クロウが勝ったら?」

「そうだな……このあと一杯奢るってのはどうだ?」


 まあそれくらいならいいかと頷く。単純にゲームをしようという話だったのだろう。もっといえば賭けなくてもいいのだろうけれど、その方が面白いというのが彼の主張だ。


「何で勝負するんだ?」

「そりゃあこれだろ」


 そう言ってクロウが取り出したのは見慣れたカード。リィンも学生時代によく遊んでいたそれは目の前にいるかつての先輩が流行らせたものだ。
 なんだか懐かしい。春のひだまりのように心があたたかくなるのは、トリスタにあるたくさんの思い出と――。


「本当、何でも持ってるよな」

「何でもは持ってないが必要なら貸すぜ?」

「それは大丈夫だ」

「ならお前も人のこと言えないだろ」


 今日はクロウと約束をしていたからだ、と返したがそうでないことはお見通しなのだろう。そういうことにしておくかと誤魔化されてくれた友人の横で一歩、足を前に出す。


「とりあえずキルシェに行こうか。ずっと立ち話ってのもなんだし」

「だな。今日は付き合ってくれるんだろ?」

「断ったのは学生の頃の話だったと思うんだが」


 学生は飲酒禁止だというのに。
 言い合ってどちらともなく笑う。柔らかな風が頬を撫で、白い花弁がひらひらと青空の下を舞う。目が合うと、互いに微笑みを交わしてそっと歩き出した。

 数時間後、クロウが持ち掛けたブレード勝負にはゲームとは別の、特別な思いが込められていたことを知る。
 そのことに気づくのは、もう少し先のお話。







青空の下で笑い合う