罰ゲームはお勘定
「第二ラウンドといこうぜ?」
トン、と置かれたカードの山。食べ終わったトレーを早々に片付けたクロウは挑発的な笑みを浮かべて言った。
その視線の先でアンゼリカもまた口の端を持ち上げる。
「やれやれ、食事くらいゆっくりしたらどうだい?」
「先に吹っかけてきたのはそっちだろ?」
二人の間で目に見えない火花がバチッと音を立てた、気がした。
両隣に座る友人たちを交互に見たトワはこくんと口の中のものを飲み込んで慌てて声を上げた。
「ちょ、ちょっと! クロウ君もアンちゃんも、ここはお店なんだから……」
「心配すんなトワ、ただのカードゲームだ」
「そうそう。カードでひと勝負するだけさ」
何もここで喧嘩を始めるわけではない。そんな二人の言い分を聞きながら困ったようにトワが見つめた先でジョルジュは苦笑いを浮かべた。どうやら彼は二人を止めることを諦めたらしい。
でもまあカードゲームなら――とトワはまた一口、ハンバーガーにかじりついた。
「とはいえ、ただ勝負をするだけではつまらないだろう?」
「なら負けた方がここのミラを持つことにするか」
「もう、カードゲームでも賭け事はダメだよ!」
二人のことを見守ろうとした矢先にこれである。賭けではなく罰ゲームだと言われてもそこにミラを持ち込むのはよくないだろう。
少なくともトワはそう思うのだが、この二人にとっては違うらしい。勝負なのだから何もないのはつまらないだろうと口を揃える。普段は意見がぶつかることも多いけれど、こういうところは気が合うらしい。
「……クロウ、大丈夫なのかい?」
トワの制止を聞かず、その条件で勝負を始めそうな様子を見かねたのだろう。ジョルジュが心配そうに今回の勝負を持ちかけた張本人に尋ねる。
「要は勝てばいいだけの話だろ」
「それはそうだけど」
「そういうことだから、トワももっと好きなものを頼むといい」
ほらとメニューを指して言われるが、遠慮を抜きにしても今頼んであるものでいっぱいのトワは顔の前で手を振った。
「わたしはこれで十分だよ」
「おいおい、こういう時は頼まなきゃ損だぜ?」
「と、言ってるから本当に遠慮することはないよ」
何で俺が負けること前提なんだよと視線を向けたクロウに「言葉の綾だよ」とアンゼリカは笑う。そのままお互いにカードをシャッフルした二人はいざ、勝負を始めた。
これも授業の一環なんだけどなぁ、と思いながらも二人の勝負を眺めつつ食べることを再開したジョルジュを見てトワもポテトに手を伸ばす。
ゲームが得意なクロウと、勝負事に強いアンゼリカ。
頭の中でこのゲームのルールを思い出しながらトワは二人の勝負を見守った。
□ □ □
「遅くなってごめんね」
仕事を終えたトワがバーニーズに向かうと、約束をしていた友人たちは奥のテーブルを囲んでいた。やあトワ、と顔を上げるアンゼリカ。続けてお疲れとクロウが振り向き、二人の間に座っていたジョルジュは久し振りだねと微笑んだ。
どうしても今日中に片付けなければならない仕事が入ってしまったため、先にはじめて欲しいと三人に連絡をしたのは一時間ほど前。テーブルには注文した料理が並んでいるかと思いきや、そこに広がっているのはトワも見たことのあるイラストが描かれたカードだった。
「ええっと……」
「とりあえず飲み物でも頼むかい? 多分、もうすぐ決着がつくと思うよ」
差し出されたメニューを受け取りながらトワは空いていた席に腰を下ろす。確かに、山札と捨て札の数を見るとゲームは終盤のようだ。
「あ、注文するなら他のモンも適当に頼んでくれ」
ターンの終了を宣言したところでクロウが言う。現在、テーブルにあるのはVMのカードと飲み物が三つ。もしかしなくても料理はまだ頼んでいないのだろう。
「ちょっとしたゲームをすることになってね。トワは何も気にせず、好きなものを頼むといい」
「今日はゼリカが奢ってくれるらしいからな」
「奢るのはこのゲームで負けた方、だろう?」
「……げ、まだそんなカード残ってたのかよ」
連絡を入れておいたとはいえ、待っていてくれたのなら悪いなと思ったのも束の間。二人のやり取りを聞いたトワはなんとなく状況が理解できた。
「もう……二人とも、賭け事はよくないよ」
「ただのカードゲームだよ、トワ」
「それと賭けじゃなくて罰ゲームな」
「そういうことらしいよ」
なんだか聞き覚えのある言い分を二人は揃って口にする。本当にこういう時ばかり気が合うんだから、と胸の内で呟きながらトワは目が合ったジョルジュと二人で苦笑いを浮かべた。
あの時と違って今はみんな社会人だ。ギャンブルの類も本人が趣味で楽しむ分には問題はない。トワはあまりそういったものに興味はないが、この中ではクロウが学生時代から何かと手を出していたことはよく知っている。
もちろんゲームが得意なことも知っているけれど、今回の勝負はどんな展開なのだろう。生徒たちの間で流行っていることは知っていてもトワはこのゲームにあまり詳しくない。
(あの時はアンちゃんが勝ったんだよね)
数年前、ARCUSの試験導入で実習先に赴いた時のブレード対決は最後にアンゼリカが逆転勝ちをした。何で七を二枚も引いてるんだよ……と項垂れたクロウにアンゼリカは遠慮なく追加の注文をしていた。
さらにその後、夕食の時にもデザートを賭けた勝負をしていた二人だが、結果は昼と変わらなかった。そのことを思い出したトワがちらっと視線を向けると、かち、と赤い瞳とぶつかった。
(あっ)
徐に口角を上げたクロウは手札からカードを発動した。その効果でマスターと呼ばれるカードの体力を一気に削る。
続けて、場のカードを全て使った一斉攻撃を仕掛けた。
「よっしゃ、決まり!」
どうやら決着はついたようだ。
「やれやれ、今回は私の負けのようだね」
「これが本当の実力ってヤツだな」
「クロウ君、おめでとう! アンちゃんは残念だったね」
「なかなかいい勝負だったよ」
じゃあ今日はゼリカの奢りだな、というクロウの言葉でトワは二人が最初に約束したという罰ゲームの存在を思い出す。実際に勝負をした二人はともかく、自分たちも奢ってもらっていいのだろうか。
そう思ってトワは隣の席に座るアンゼリカを振り向いた。すると、こちらの言いたいことを察したのだろう。アンゼリカはふっと頬を緩めた。
「次はクロウに奢ってもらうから遠慮することはないよ。それに、トワに奢るのはいつでも大歓迎さ」
「もう、アンちゃん……」
「ったく、ゼリカは全然変わらねぇな」
「おや、君だって変わらないだろう?」
そんなことはないと言い始めた二人を前に「結局みんな変わってないんじゃないかな」と零したジョルジュにトワは笑いながら「そうだね」と同意する。
だけど、それでいいと思うし、それがいいと思う。
こうして顔を合わせて、あの頃と変わらないやり取りをして。そうやってみんなで過ごせることがとても嬉しい。
「アンちゃんもクロウ君も、そろそろ何か注文しない?」
「あれ、まだ頼んでなかったのか?」
「二人の勝負を見るのに夢中になっちゃって」
この辺とかみんなでつまめていいと思うんだよねとメニューを開くと、それならこれも、ついでにドリンクも追加しようとあっという間に話が広がる。
それらを通りかかったデイジーに頼み、お互いに近況報告をしながら懐かしい話にも花を咲かせた。例の試験導入の話が出た時にはあの頃は若かったと数年前のことなのにみんなして口を揃えてしまったことにまた笑った。
次はどっちが奢ることになるのか、と奢ることが前提になってしまっているのはさておき。
友人たちの顔を見て心があたたまるのを感じながらトワはくいっとグラスを傾けた。
fin