ゲームしようぜ、と誘われてやってきた幼馴染の家。先に部屋に行っててくれと言われて向かったその部屋にはこれまで何度訪れたことがあるのか。流石に数は覚えていないが簡単に数えられるような数字でないことだけは間違いないだろう。
 数分後、遅れて部屋に入ってきたクロウはジュースとスナック菓子が乗せられたトレーを持っていた。リィンの横に下ろされたそれは適当に食べてくれという意味だろう。その程度のことはわざわざ言わなくても通じるくらいには長い付き合いをしている。


「それで、何のゲームをやるんだ?」


 トレーを置くなり今度はゲームを探し始めたと思われる幼馴染にリィンは問う。まあ焦るなってと言いながらクロウが部屋の隅から持ち出してきたのは見覚えのあるフォルム。最近では見掛けることも少なくなったが二人にとっては馴染み深いハードだ。やはり特徴は三つ又という珍しい形状のコントローラーだろうか。


「また懐かしいのを引っ張り出してきたな……」

「この間ゲームショップで偶然見つけてな」


 一体何のソフトを見つけたんだろうと思いながらリィンはジュースを一口飲む。ゲームの準備くらい手伝っても良いのだが、ソフトの名前を出さないことからして手伝わない方が良いんだろうなと大人しくその様子を見守ることにした。
 今では更に進化した次世代機も発売しているけれど、当時は二人で対戦ゲームをしたり一人プレイのゲームを一緒に攻略したこともあった。遠慮を知らないこの幼馴染に対戦ゲームでは負けてばかりの記憶が多いが、協力プレイのゲームでは随分と頼りになって助けられたことも多かったなと昔の記憶を辿る。


「よし、これで大丈夫だな!」


 そうこうしている間に準備が終わったのか、クロウはリィンの隣に腰を下ろした。そのままほらと渡されたのはコントローラーと。


「クロウ、もしかして……」


 既に電源を入れていたらしくテレビからは陽気な音楽が流れ出す。そして「ピカチュウ」という聞き覚えのある鳴き声がテレビから聞こえてきた。
 コントローラーにマイク、この二つを渡された時点で察していたリィンだがその予想は当たりだった。画面の真ん中には『ピカチュウげんきでちゅう』という文字が表示されている。


「たまたま見つけて安かったからよ。プレイしたことなかったし丁度良いかと思ってな」

「それは良いけど、何で俺にコントローラーとマイクを渡すんだ」

「そりゃあお前がプレイするからだろ」


 当たり前のように言ったクロウはポテトチップスに手を伸ばす。どうやら本当に自分はただ見ているだけのつもりらしい。プレイしたことがないからという理由でクロウが買ったはずなのに良いのかとは思ったが、本人が良いのなら良いのだろう。どうせクロウがやったらどうだと渡してもいいからとコントローラーを受け取っては貰えないのだ。それを悟ったリィンはボタンを押して『はじめから』を選択する。
 どうやら最初はピカチュウと出会うところから始まるらしい。何度かピカチュウに呼び掛けることでピカチュウがこちらに気付く。そうしてピカチュウと軽くやり取りをして一日目は終了。そのまま暫くチュートリアルが続く。


「あ」

「あー……まあそういうこともあるよな」


 お食事会のために食材を探しに森の中へ。必要な材料を探しているとその一つをピカチュウが食べてしまった。本当ならその食材を届けて貰う予定だったのだが、食べてしまったものは仕方がない。とはいえ、漸く見つけたその食材がまだこの森にあるのかが問題だ。


「どこにも見当たらないな」

「もうその辺のモン適当に送っちまって良くね?」

「それじゃあ違うものが出来るんじゃないのか」

「アレンジ料理っつーことでどうよ」


 そんな適当では駄目だろうと思ったリィンは真面目に森の中を動き回る。カメラが固定になっているから探すのも大変そうだなと思いつつもクロウも一緒に目的の食材を探す。だが食材はなかなか見つからず、ピカチュウが見つけた食材を駄目だと断りながら自分の元へ呼ぶために「ピカチュウ」と声を掛ける。
 結局今回のお食事会は失敗したわけだが、その後もリィンはピカチュウとの交流を深めている。どうやらピカチュウとも少しずつ打ち解けているらしい。


「クロウ、今の見たか? ピカチュウ可愛いな」

「ああ、そうだな」


 ピカチュウ、と何度も何度も画面に呼び掛ける幼馴染。それに答えるピカチュウ。
 色々な反応を見せてくれるピカチュウは可愛い。それは幼馴染に同意だ。でも、と思いながら赤紫が見たのはテレビの画面ではなく自分のすぐ隣。


(お前もスゲー可愛いんだけどな……)


 むしろお前の方が、とは流石に口には出さなかった。どんな反応をしてくれるのか見てみたいという気もするけれど、真剣にゲームをやっているのに邪魔するのは悪いだろう。それに、楽しそうにゲームをしている幼馴染の姿を見ていると偶然見つけたゲームを買って良かったなと単純に思うのだ。
 昔、このゲームは発売された当時。テレビで流れるCMを見て良いなとリィンが話したことがあった。当時はまだ小学生だった自分達はソフトを一本買うのも簡単な話ではなく、結局手に入れられないまま十年近く。あれからこのゲームの話をしたことはなかったけれどあの時やりたいと言っていた気持ちは変わらずにあったのだろう。


(昔だったら俺も一緒にやってたかもな)


 今は一緒にやらないのかといえばそんなこともないが、一緒にやるよりこうしてリィンを見ている方が良いと思う気持ちが大きい。でもこのゲームを当時手に入れることが出来ていたなら二人でひたすら「ピカチュウ!」と呼びながらこのゲームを遊び尽くしたことだろう。さっきのお食事会の件も仕方がないと流せずにピカチュウに文句の一つくらい言ったかもしれない。


「クロウ、さっきから俺ばっかりやってるんだけどクロウは良いのか?」


 不意に青紫がクロウを振り返る。画面の中では主人公の家で暮らすことになったピカチュウがベッドの上ですやすやと眠っていた。丁度セーブが終わったタイミングでこちらを見たのは交代するのに丁度良いタイミングだからだろう。


「俺のことは気にせず好きなだけやれよ。こうして見てるのも面白いしな」

「でもクロウが買って来たんだろ?」

「お前とやるために買ったもんだから気にすんなって」


 正しくはリィンが昔やりたいって言ってたよなと思い出して買ったものだが細かいことは良いだろう。クロウがそう思っていると。


「……もしかして、俺のために買ってきてくれたのか?」


 見事に言い当てられてクロウはきょとんとする。どうして分かったのか、とは聞かなくても予想が出来ないことはない。何せクロウがこのゲームを買ったのは昔リィンがこれを欲しいと言っていたからだ。懐かしいパッケージを見てその出来事をクロウが思い出したように、リィンもこのゲームを見て当時のことを思い出していたとしても何らおかしなことはない。
 それでもクロウはあえて「何でそう思う?」と幼馴染に聞き返した。でもリィンもそれが分かっていたかのように「昔そういう話をしたことがあっただろう?」と即答した。やはりリィンもこのゲームで当時のやり取りを思い出したようだ。


「それで俺がお前のために買って来たって思ったわけか」

「クロウは昔から俺に甘いだろ」

「まあ可愛い弟みたいなもんだしな」


 否定をしないクロウにリィンは小さく笑みを浮かべる。一歳差の幼馴染、そんなクロウを兄のように慕っていたのはリィンも同じだ。お互いこれまで生きてきた中で家族の次に一緒にいる時間が長いのは間違いなくこの幼馴染だろう。
 でも。コントローラーを手放したリィンは赤紫を見て緩く口元に弧を描く。


「今でも弟のままなのか?」


 意外な幼馴染の発言に驚かされたクロウだが、彼の言いたいことをすぐに察するとすっと手を伸ばしてその頭を自身の方に軽く引き寄せた。


「まさかお前がそういうことを言い出すなんてな」

「誰かさんの影響じゃないのか」


 触れ合う唇。ただの幼馴染も今では恋人だ。だけど弟のような存在であることも確かで、それはリィンにしても同じ。しかしこのような質問をしたのはその兄のような相手の影響だろう。
 そう思いながらリィンは先程置いたコントローラーをクロウへと差し出す。


「ゲームをやるならクロウと一緒が良いし、あまり俺ばかりを見られるのも困るんだけど」

「さあて、何のことだろうな」


 気付いていたのか、と思ったクロウ。気付かないわけがないだろう、と思ったのはリィン。あれだけ見られていて気付かないわけがないとリィンは言いたい。それとクロウがこのゲームをしているところをリィンも見てみたいと思ってしまったというのは彼の心の内だけに留められた秘密だ。


「まあせっかくだし一日交代でも良いか。あ、マイクとコントローラーで分担しても良いけど?」

「それって案外難しくないか?」


 マイクを使うにはコントローラーの操作を先にしなければならない。上手いことやらなければタイミングが合わずにピカチュウにちゃんと伝わらないのではないかというリィンの疑問は当然だ。だがクロウはなんとかなるだろうと言ってマイクをリィンに渡そうとする。
 それを一度休憩させてくれとリィンがクロウに返し、マイクだけなら休みながら出来るだろうと言われ。一日交代の話はどこにいったんだと聞けば、どうせならこういう遊びも良いだろうと返される。最終的にはとりあえず最初は一日交代にしようということで話が纏まり、漸くピカチュウの長い夜が明けるのだった。








姿

(可愛いと、思ってしまったのはここだけの話)

「よし、それだ! ピカチュウ、コイルを呼んで良いぜ」
「何でそんなに上手くいくんだ」
「そりゃあピカチュウと仲良いしな?」
「……俺だってピカチュウと仲は悪くないと思うけど」
「んー……案外運要素も強いしな。ほら、次はお前の番だろ。今度は上手くいくかもしれないぜ」
「そうだと良いんだけど……おはよう、ピカチュウ」