今回、二人はある依頼の調査で近くの村を訪れていた。村での聞き込みと周辺を調べたところで日は沈み、今日のところは一旦調査を切り上げて宿へと向かった。
 二人部屋を用意して貰ったあとすぐに女将さんが腕を振るった夕食をご馳走になり、それから風呂を済ませてリィンが部屋に戻るとクロウは窓際のテーブルでグラスを傾けていた。クロウ、と名前を呼べば「おう」と赤紫がリィンの姿を映す。


「明日も引き続き調査があるんだから飲み過ぎるなよ」

「このくらい大丈夫だって」


 大した量ではない、と言いながらクロウはまたグラスを傾ける。ちらりと見たテーブルの上にはワインの瓶が一つ。確かにまだ飲み始めたばかりでそれほどの量を飲んでいるわけではなさそうだ。


「それより、お前も飲むか?」


 ワインを用意した時に一緒に持ってきていたのだろう。空のグラスをリィンの方へ差し出しながらクロウが尋ねた。
 初めから一緒に飲むつもりだったのか、それともリィンも飲むと言った時のためにと最初に準備しておいただけなのか。そのどちらかは分からないけれどクロウはいつもお酒を開ける時に二つ分のグラスを用意している。それは勿論クロウ自身の分とリィンの分だ。


「…………それじゃあ少しだけ」

「そうこなくっちゃな」


 ほらと渡されたグラスを受け取って向かいの席に座ったところでクロウがワインを注ぐ。それから乾杯をして一口ほど飲んだそれは意外とさっぱりとした味だった。ラベルにはこの村の名物でもあるリンゴが描かれており、どうやらこのワインもここで作られたものの一つらしい。


「けど、珍しいな」


 クロウの言葉にリィンは視線をワインのラベルから正面の赤紫へと移す。何がだと短く聞き返せばお前が付き合ってくれるなんてと返された。いつもはあまり付き合わないだろうと言いたげなクロウにそうでもないだろとリィンは答えたが、いやとすぐに目の前の相棒は首を横に振った。


「俺が今まで何度お前に振られたと思ってんだよ」

「それは次の日も早い時とかだろ。クロウのことが嫌いなわけじゃない」

「……本当、今日は珍しいな」


 そうか? と口元に小さく笑みを浮かべながらリィンはまた一口ワインを飲む。そんなリィンを見ながらクロウもワインを口に運ぶ。
 流石に一口や二口飲んだ程度で酔うほどリィンは酒に弱くはない。けれどいつもはなかなか誘いに乗ってくれないのも事実だ。依頼を終えた後や休日ならば普通に付き合ってくれるものの依頼の最中だと確率は五分五分――よりも少ないくらいだ。それに今日はやけに素直な気がするが、そういう気分なのかと思いながらなんとなく窓の外を見る。


「…………月が綺麗だな」


 ぽつり。呟かれた声にリィンも窓の方へ顔を向けた。
 そこには真ん丸のお月様が空に浮かんでおり、また空一面には無数の星が広がっていた。ここが山奥にある村だからだろう。普段よりも月や星が輝いているように見える。


「そうだな」


 頷いたリィンは文字通りに受け取ったのだろう。青紫が丸い月を映す様子をこっそりと盗み見ながらまあどっちでも良いけどなとクロウが再び外を見た時のことだ。


「今なら死んでも良いかもしれない」


 向かいからそのような言葉が出てきて思わず相棒を振り返った。するとリィンも目の前の悪友を見てくすりと笑う。まるで悪戯が成功した時のような顔を見せるリィンにクロウは暫し呆気にとられていたが、やがて「それは困るな」と頬を緩めた。


「俺はお前と一緒に生きていたい」

「俺もすぐに死ぬつもりはないさ。それに物の例えだろ?」

「そうだな。物の例えだ」


 先程、クロウが口にした月が綺麗という言葉。それは文字通りの意味の他にもう一つ別の意味がある。クロウも以前に本で読んだことがある知識なのだが、ある国ではとある言葉をそのように訳したというのだ。
 そしてリィンの返答もまたある国の作家が訳した表現の一つ。つまりは今し方二人が言ったようにこれらはどちらも物の例え。ある言葉を伝えるための別の表現。

 一度瞳を閉じたクロウはゆっくりと瞼を持ち上げる。そして、真っ直ぐにリィンを見つめて伝える。


「好きだ、リィン」


 ある国の作家はある言葉をこのように訳した。『私は貴方を愛しています』という言葉を『月が綺麗ですね』と。
 今日の月はいつもより綺麗に見えるけれど、クロウが真に伝えたかったのは好きという言葉。もしもリィンがそれを知らなければそれでも良いと思った。伝わったら良いけれど、そう思って口にしたそれにリィンは答えた。


「俺も好きだよ、クロウ」


 別の作家もある言葉をこのように置き換えた。こちらもとある愛の言葉を『死んでもいいわ』と訳したらしい。クロウが言おうとした言葉の意味をきちんと理解したリィンはだからこそこのように返事をした。
 だけど結局はストレートに自分の言葉で伝えたクロウにリィンもそのまま答える。そしてコトンと静かにグラスをテーブルに置いた二人はどちらともなく互いの距離を詰めるのだった。








好きだ。愛している。月が綺麗ですね。I love you.
これからも共に。いつまでも隣にいて欲しい。

たくさんの愛言葉を君に