「悪ィ、起こしたか」


 もぞりと動いたところで上から声が降ってくる。重い目蓋をゆっくりと持ち上げると、隣で寝ていたはずのクロウは体を起こしてこちらを見つめていた。


「……何時だ?」

「四時。お前はまだ寝てろ」


 思っていたより早い時間が返ってきたことにリィンは驚く。今日も平日だが、それにしたって随分と早い朝だ。普段ならあと二時間は寝ているだろう。下手をしたらまだ眠いと言ってそこから暫くは起きないことだってあるくらいだ。
 もちろん遅刻をしない時間にはちゃんと起きるのだが、寝ているクロウに何度か声を掛ける日は決して少ないとはいえない。そんなクロウが朝の四時に起きているなんて。


「何かあったのか」

「ちょっと片付けておきたい仕事が残っててな。そう時間が掛かるモンじゃねぇし最初から朝早く起きてやるつもりだったんだよ」


 その方が効率もいいしなと言いながらクロウの手がリィンの頭を撫でる。どことなく子供をあやすような手つきでもあったが、寝起きで回らない頭では純粋に気持ちよさを覚えた。多分、昨日遅くまで残って仕事をしていたこともあって体はまだ睡眠を求めているのだろう。


「時間になったら起こしてやる」


 だからこのまま眠ってしまえばいいというクロウの気持ちがその手から伝わってくる。ここで起きたところでリィンに手伝えることがあるわけでもない。夢へと誘うこのぬくもりに身を委ねてしまってもいいのだろう。眠気の残っているリィンの意識はすぐにでも落ちてしまいそうになる。でも。

 眠気を堪えて手を伸ばすと、程なくしてリィンの手はクロウの頬に触れた。

 さらり、手に掛かった銀糸がくすぐったい。綺麗だな、と思うのは何度目なのか。その髪も、瞳も。やっぱりかっこいいなとも思う。そして好きだな、と。


「仕事、頑張ってくれ」


 軽く体を起こして唇を寄せる。直接手伝うことはできないけれど、せめて応援くらいはさせて欲しい。無理はするなよ、という気持ちを込めたそれはちゃんと伝わっただろうか。


「…………っとに、お前は」

「え?」

「何でもねーよ。ほら、いいからお前は寝てろ」


 言いながらクロウはリィンの目蓋に唇を落として立ち上がった。おやすみ、と柔らかな声音が紡がれたのを最後にぬくもりが遠ざかる。そのことに少し寂しさを覚えるけれど、これ以上クロウの邪魔をするわけにはいかない。
 ぱたんと聞こえたドアの音にリィンは小さく息を吐いた。自分も仕事が残っていたなら言えばいいのにと思わなくもなかったが、昨夜は遅い帰りで疲れ切っていたリィンを見て気遣ってくれたのだろう。そういうところも好きだけど。


(今日はクロウより先に帰って、俺が夕飯の支度をしよう)


 昨日のトラブルは昨日の内に片付いた。今は大きな案件を抱えているわけでもないし、おそらく今日は定時で帰れるだろう。夕飯の支度も片付けも、洗濯も何もかも「いいからお前はさっさと風呂に入って寝ろ」と言ってくれた恋人に感謝を伝えるために。
 クロウが聞いたら別に気にすることじゃないと呆れそうだけど、とりあえずベッドの傍に置いてある時計のタイマーをいつもよりちょっとだけ早くセットし直してリィンは再び眠りについた。








(朝が来るまで、もう少しの休息を)