「あれ、クロウ?」

「よお」


 士官学院を出てトリスタの街を歩いていると見覚えのある銀髪を見つけた。HRが終わるなり教室を出て行ったクラスメイトはとっくに帰ったとばかり思っていたが、どうやら寮に戻るのではなくトリスタの街にいたようだ。


「丁度良いところで会ったな。お前にもやるよ」


 ほれ、と言いながらクロウの手が伸ばされる。頭上に疑問符を浮かべながらとりあえず片手を差し出すと、リィンの右手の上にはちょこんと一つの飴玉が乗せられた。


「飴?」

「さっき貰ったんだよ。ほら、ハロウィンだろ?」


 確かに今日はハロウィンだ。リィンも少し前、出会った子供たちにあのお決まりの台詞を言われて手持ちのお菓子を渡したばかりである。このトリスタでも子供たちにとってハロウィンはお菓子を貰えるビックイベントのようで、リィンからお菓子を受け取った子供たちは「次は向こうに行ってみようぜ!」と元気にトリスタの街を駆けて行った。その先で出会った街の人たちもみんな笑顔で子供たちにお菓子を渡している様子を遠くでリィンは微笑ましく眺めていたのだが。


「……貰う側なのか?」


 ハロウィンにお菓子を貰えるのは子供だけ、という決まりはない。しかし、どちらかといえばあげる側になりそうなこの友人もお菓子を貰う側としてトリスタを回っていたのか。
 気になって尋ねるとクロウはきょとんとした顔をした後にはあ、と一つ溜め息を吐いた。


「流石に俺だってガキ共と一緒になってお菓子を貰い歩いたりしねーよ。これはさっき買い物に行った時に貰ったんだよ」


 何でもハロウィンだからとお客さん全員に配ってるらしいぜ、と言われて納得する。クロウならもしかしたら……とも思ったのだが、お菓子は子供たちに強請られて既に渡したとのことだ。


「まあ、リィン君が俺のことをどう思ってるかは分かったけどな?」

「それはその……すまない」


 素直に謝ると「別に良いけどよ」とクロウは大して気にした風でもなく話した。しかし、次の瞬間。ニィ、と口の端を持ち上げたその表情に嫌な予感がした。


「でも、それなら期待には応えないとなぁ」


 赤紫が楽しげにリィンを見つめる。そしてクロウの口は流暢にあの言葉を紡いだ。


「Trick or Treat」


 お菓子をくれなければ悪戯をするぞ。そんなハロウィンの決まり文句を口にしてクロウはにやにやと笑っている。
 ちら、と落とした視線は手に握られている飴に向かう。だが幾ら何でもこれを渡すのは失礼であることはリィンも分かっている。とはいえ、お菓子は先程子供たちに渡してしまったばかりだ。すぐそこのブランドン商会まで行けば新たにお菓子を購入することはできるけれど。


「……少しだけ待ってくれたりは」

「しねーな。お菓子がないなら諦めて悪戯を受けるんだな」


 さあどうするとわざわざ聞いてくるがリィンがお菓子を持っていないことはクロウだってもう分かっているだろう。僅かに視線を逸らしたリィンの答えは一つしか残されていない。


「……お菓子は持ってない」

「へえ、ならしょうがねーな」


 全然しょうがないと思っていないような声色でクロウが言う。
 一体悪戯として何をするつもりなのか。考えていると「リィン」と名前を呼ばれて視線をクロウの方へと戻すと。


「ごちそーさん」


 あっという間に唇を奪われた。ぺろっと赤い舌が唇を舐めるその動作にどきっと心臓が鳴る。
 いや、そうじゃない。違うだろうとリィンは頭の中で否定をする。お菓子がなかったのだから悪戯をされるのは仕方がないとしてもこんな往来で何をしているのか。


「さてと、じゃあそろそろ帰るか」


 しかしリィンが声を発するよりも先に恋人はさっさと背を向ける。おそらくはこちらの言いたいことを察したのだろう。リィンが口を開きかけたその瞬間にそう言ったのだから。でも、それなら。

 早足でクロウの隣に追いついたリィンは「クロウ」と呼んでその腕を引く。そして。


「Trick or Treat」


 先程クロウが言った言葉をそのまま投げ掛けた。きょとんとしたクロウは間もなくしてくくっと肩を震わせた。この際、負けず嫌いだと思われようと構わない。


「さっき飴をやったんだけどな」

「それとこれとは別だろ」

「そういうもんかねぇ。ま、悪戯したいなら悪戯しても良いぜ?」


 余裕のある恋人をあっと言わせるにはどうしたら良いのか。考えて、リィンはちらと辺りを確認してから少しだけ背伸びをして。


「愛してる、から。もっとクロウが欲しい」


 耳元でそっと告げるとクロウは呆気にとられたかのような表情でリィンを見た。だからきっと、悪戯は成功だろう。
 けれどそう言ったリィンの顔は赤く、クロウの反応には満足したもののこのままのんびりと外を歩く気にはなれなかったために「それじゃあ俺は先に戻るから」と一足先に走り出した。するとワンテンポ遅れて「おい待て、リィン!」と今度はクロウがその背を追い掛けた。

 ばたばたと騒がしく寮に戻った二人は結局、そのまま二人でリィンの部屋に戻った。何で付いてくるんだとリィンが言えば、あれではいさよならなんてできるわけないだろとクロウは恋人を見た。
 どうやらハロウィンはまだ終わりそうにない。







それは君だけの特別な悪戯