家に帰るとぱたぱたと足音が聞こえてくる。程なくしてやってきたのは先程別れたばかりの相棒にそっくりな少年。
「おかえりなさい」
「ただいま」
何てことないやり取りだが、クロウが返すと小さなリィンは嬉しそうに笑った。そんなリィンを見てクロウの口元にも自然と笑みが浮かぶ。
「今日はあいつと一緒じゃないのか?」
「さっきまで一緒だったけど、そろそろクロウたちが帰ってくるだろうからって」
へえ、と相槌を打ちながら珍しいなとクロウは思う。部屋は隣同士、帰った後で戻って来ることもあればそのまま一緒に夕飯を済ませてしまうこともある。
もちろん今日のように家で迎えてくれることもあるのだが、わざわざ帰ってくるタイミングを見越して戻ってきたのには何か理由でもあるのか。そう思っていたところで「クロウ」とリィンが名前を呼んで赤紫を見上げていた。
「どうした?」
「えっと、トリックオアトリート!」
突然言われたそれにクロウは目をぱちくりとさせる。
そういえば今日はハロウィンだったか、と思い出してリィンが早めに遊びを切り上げてきた理由に納得した。言い慣れていない様子からして教えたのは隣の部屋で今し方別れたばかりの相棒と一緒にいるであろう昔の自分に違いない。
「ほらよ、これで良いか?」
ポケットから飴を見つけたクロウはそれをそのままリィンの前に差し出す。するとリィンは両手でそれを受け取って「ありがとう」と満面の笑みを見せた。可愛い、と思うのは当然だろう。
リィンの反応を微笑ましく思っていると「あ」と何かを思い出したような声がすぐ傍から聞こえる。間もなくして再び青紫の瞳はクロウを見つめる。
「クロウも聞いてくれないか?」
「聞くって、さっきのか?」
尋ねるとこくりとリィンは頷いた。理由は分からないけれどリィンはクロウにもあの台詞を言って欲しいらしい。
疑問はあれど特に断る理由はない。こちらの反応を待っているリィンの望み通りにクロウはハロウィンの決まり文句を口にする。
「Trick or Treat」
先程のリィンよりも流暢に紡がれたそれを聞いた目の前の少年は待っていましたといわんばかりの表情を浮かべた。それからはい、と渡されたのはチョコレート。
「クロウも飴をくれたから、俺もあげるね」
にこ、と笑うリィンにクロウは思わず左手を覆う。
――可愛い。やばい。
大きい方のリィンも可愛いけれど、小さい方のリィンはよく知る相棒とはまた違った可愛さがある。自分もお菓子を渡したいからあの台詞を言って欲しいと頼むなんて自分じゃあり得ない、と思ったけれど先に言い出したのはどちらなのだろうか。おそらく今日がハロウィンだと教えたクロウにそれならとリィンが言ったのだと思われるが。
「クロウ?」
呼ばれてクロウが視線を落とすと青紫は不思議そうに赤紫を見つめていた。どうかしたのかと小首を傾げる様子も可愛いんだよなと思っているのを相棒が聞いたら呆れることだろう。
と、思ったところでふと思いつく。
「サンクス。じゃあこれは後で一緒に食べような」
ぽんぽんとリィンの頭を撫でながら言うと「あとで?」と小さな相棒は頭上にクエッションマークを浮かべた。そんなリィンにクロウはにっと口角を持ち上げる。
「ほら、まだ貰ってない相手がいるだろ?」
今日がハロウィンならば、あの台詞でお菓子をくれるであろう心当たりがすぐ近くに一人いる。流石に自分たちにそっくりな子供たちと外を歩き回ることは出来ないけれど、せっかくのハロウィンをここだけで終わらせてしまうのは勿体ないだろう。
あ、と小さな声が聞こえたからリィンもクロウが言っているのが誰のことか分かったのだろう。ぱっと表情が明るくなったのはお菓子が貰えるかもしれないからか、それとも小さいクロウに会えるからか。きらきらした青紫がクロウを映す。
「いいのか?」
「大丈夫だろ。そうと決まれば早速行くとしようぜ」
言いながらクロウはさっき通り過ぎたばかりのドアに手を掛ける。先にドアを潜ったリィンに続いて部屋を出たクロウはガチャっと再び鍵を掛けた。
そのまま数アージュで辿り着く隣の部屋をノックすれば、数分前に別れたばかりの相棒が迎えてくれる。
Trick or Treat.
さあ、ハロウィンはまだこれから。
お菓子をくれなきゃ
悪戯だけど、お菓子をくれたからお返しにお菓子をあげる
そうすればみんなが幸せになれる
Happy Halloween
今日は、そんな日だから