「おはよーさん」
いつの間にまた眠ってしまったのか。目が覚め、ゆっくりと意識が覚醒していく中で聞き慣れた声が耳に届いた。その声に反応するように顔を上げると、赤紫の瞳はじっとリィンのことを見つめていた。
「……なんで見てるんだ」
「そりゃあリィン君が可愛いからだろ」
つーか、お前も人のことは言えないからな? というのは二度寝をする前のことを指しているのだろう。確かにあの時はリィンが先に起きてまだ眠っているクロウを見ていたわけだが、この恋人は一体いつからこんな風に自分を見ていたのか。少し前に起きたのか、それともリィンが二度寝をしている間はずっとこうしていたのか。
……流石にそれはないか、と思いながら小さく息を吐く。なんだか時計を確認することさえ億劫になってしまったリィンは「何時だ?」と先に起きていたクロウに直接尋ねる。すると「もうすぐ昼だな」と返って来て、本当にいつの間にそんな時間になったんだと思う。
「せっかくの休日なのに」
「別に良いだろ。実に有意義な休日だと思うぜ」
こうやって恋人とのまったりした朝を過ごせるのも休日だからこそ。休日の過ごし方としては間違っていないというクロウの主張も分かるからこそ、自分たちの休日は度々こういうことになるのだろう。それについてはリィンも否定はしない。
とはいえ、幾ら何でも一日中ベッドの上で過ごすのは如何なものか。それに休日なら買い物をしたりそのまま一緒に出掛けたりとやりたいことなら他にもある。いい加減に起きるべきだろうと思いながらもまだリィンの意識は覚醒しきらない。
「……クロウ」
呼んだら、それだけで目の前のクロウは笑いながら「わーったよ」と体を起こした。それからくしゃっと髪を撫でられてリィンは目を細める。
「休日のお前がこんなだらけた生活をしてる、なーんて言っても誰も信じないんだろうな」
不意に、落とされた言葉とあたたかな眼差し。ふっと弧を描く口元を眺めて赤紫を見つめ返したリィンも徐に口を開く。
「その原因が何を言ってるんだ」
「俺のせいではないだろ」
「クロウがそうやって俺を甘やかすから……」
こうなったんだ、と言うよりも早く口を塞がれた。じゃあ仕方ねーかと笑って離れていく左手を視線だけで追い掛けたのは無意識だった。
「ま、責任は取るから安心しろよ」
その視線に気が付いたクロウはそう言って左手をリィンの右手に絡めてぎゅっと握った。
「……クロウは、尽くすタイプだよな」
大きな手の温もりを感じながら先程のクロウの言葉を思い出したリィンが呟く。意外、というほど意外ではない。だからリィンはそれを言わなかったのだが、そこに恋人は付け加える。
「お前限定でな」
好きだから、尽くす。特別だから大切にする。それは誰にしたってそうだろう。
けれど、クロウが自分は尽くすタイプだと言ったら意外だと言われることは少なくない。クロウの性格を考えればそうでもないのだが、そう思えるのはリィンがそれだけクロウを知っているからだ。
でも、それで良いとクロウは思っている。そしてリィンもまた、こんな自分を知っているのはクロウだけで良いと思うのだ。
だって、それは恋人の前でしか見せていない自分なのだから。
「昼飯、作ってやるからちゃんと起きてこいよ」
そう言って今度こそ本当に離れる左手。やはり名残惜しさはあるけれど「分かった」と頷いて漸くリィンも起き上がる。それを確認して一足先にクロウはキッチンへと向かった。
クロウの出て行った寝室でリィンはぼんやりと自分の右手を見つめる。まだ微かに残る熱をそっと握りしめて、なんとなく眺めた窓の外では太陽がすっかり空高くまで昇っていた。
(買い物の予定はまた今度だな)
まだ今日は半分も残っているが、掃除もやりたかったからそれも良いだろう。この天気なら今から洗濯をしても十分に乾きそうだ。おそらく今日はクロウも出掛けようとは言わない。それなら家でやることをやってのんびり過ごすとしよう。
そんなことを考えながらゆっくりとリィンは動き始める。
穏やかな時を刻んで
大切な人と共に