「また随分と荷物を抱えてんな」


 放課後。特に部活をするでもなく、のんびりと過ごしていたところでなんだか大変そうな後輩の姿を見付けた。大変そう、というのもこちらから見てそう思っただけで本人にとってはそうでもないのだろうけれども。
 声を聞いた後輩は立ち止まり、それからこちらを振り向いた。その両手にはダンボールが一つと、その段ボールの中には方眼紙やら本やらが入っているようだ。


「今日も生徒会を手伝ってんのか?」

「俺にも出来そうなことがあったから引き受けて来たんだ」


 会長は忙しそうだったから、と言っているが傍から見れば目の前の後輩も十分忙しそうにしている。いや、この場合は忙しそうという言葉は適していないかもしれない。この後輩が生徒会の手伝いでトリスタ中を走り回っているイメージはクロウをはじめ多くの人間の中にあることだろう。


「いつもご苦労なこったな。生徒会室に持ってくのか?」

「ああ、これか? 図書館に寄ってからだけどな」

「図書館ってお前、それ途中で仕事増やしてねぇか……?」


 それとも最初からそのつもりだったか、そのどちらかであることは間違いないだろうなと思いながら尋ねれば「ついでだから」と返ってきたから質問した方で正しかったらしい。本当にお人好しだなと思うが、それが彼の良いところでもあるのだろう。


「というか、クロウこそ何してたんだ? もう放課後に入ってから随分経つだろ」

「気付いたらこの時間だったんだよ」


 ああ成程、とそれだけでリィンはクロウの言おうとしていることを理解したようだ。別に放課後に何をしていようが個人の自由だが、この時間まで校舎に居るなんて珍しいと思ったから聞いてみた答えは案の定というべきか。やっぱりあのまま寝てたんだなという言葉が出てきたことが全てである。
 つまり、クロウがここに居るのはリィンの予想通りの理由だったという訳だ。


「寝るなら寮に戻れば良いだろ」

「だからこうして帰ろうとしてたところでお前を見掛けたんだよ」


 言い終えるなりクロウはひょい、とリィンの手に持っていた荷物を自分の手の中に収めた。それを見たリィンはすぐに声を上げるが、クロウは気にせずに足を進める。


「暇だから俺も手伝ってやるよ。まずは図書館だったか?」

「そうだけど、これくらい俺一人でも平気なんだが……」

「おいおい、人の好意は素直に受け取るべきだぜ?」


 ほら行くぞと荷物を持ったまま先を歩かれてはリィンもそれ以上は言えず、前を歩くクロウを追い掛けて隣に並んだ。



□ □ □



 あれから図書館に向かい、そのまま学生会館の生徒会室に荷物を届けた。リィンがクロウと一緒だったことにトワは驚いたが、丁度ひと段落ついたところだからとそのまま暫し三人でお茶をした。
 そうして過ごした後、今日は溜まっている仕事もないからもう大丈夫だと言われたリィンはクロウと二人で校門を潜り抜けた。夕刻のトリスタは穏やかな時間が流れていた。


「それにしても、お前もトワもよくやるよな。もっと遊んだりすりゃいいのに」


 トワは生徒会長として、リィンも生徒会に所属している訳ではないものの今となってはその手伝いが当たり前になっている。だからこれが普通であり、二人共自分から進んでやっているだけのことである。
 それは分かっているけれど、いつだって周りのことばかりで忙しそうにしているその様子を見ているとついそんな風に思ってしまうのだ。人の為だけではなく、もっと自分の為に時間を使っても良いのではないだろうかと。人の為に動くのは良いことだけど遊んだり休んだりも大切なことである。だけどリィンもトワもあまりそういったことに時間を使っていないような気がするのだ。


「別に遊んでない訳じゃないし、みんなと同じくらいには遊んでると思うけど」

「いや、俺からしたら全然遊んでねぇな」


 言えばすかさず「それはクロウが遊び過ぎなだけだろ」とリィンが突っ込んだ。学生だから馬券は変えないとはいえ夏至祭の時は懸賞のレースに参加していたし、ブレードを流行らせた張本人だったりギャンブル好きであることリィンだけでなく多くの人に知られている。他の学生と比べてもクロウが遊ぶことに比重を置いていることは誰の目からも明らかだ。
 だがクロウはそんなことはないと否定する。みんなこんなもんだろ、と言ったらすぐに「違うだろ」とまたもや否定されたがどっちにしろリィンがあんまり遊んでいないことに変わりはない。本人は遊んでいると言うが、あれだけ人の手伝いばかりしていていつ遊んでいるんだというのがクロウの意見である。


「たまにはパーッと遊びに行こうぜ」

「遊びにって、どこに行くんだ?」

「そりゃあお前の行きたい場所だろ」


 観光スポットと呼ばれる場所へはトリスタから列車に乗ればある程度のところまで行くことが出来る。そういった類の本でも見れば色々と載っているのではないだろうか。そしてそれらは一つや二つではないのだから、ここはリィンの行きたい場所にという話になるのは自然な流れだろう。この話は普段人の為に動き回っているリィンが遊ぶことが目的なのだから。


「そんなこと言われてもな……。急に言われても思い付かないんだが」

「こういうのはパッと浮かんだ場所で良いんだよ。何かねぇの?」


 何かと言われても、とリィンは頭を悩ませる。一つくらい何か思い浮かぶだろうと思ったのだが、どうやらこの後輩にとってはそうでもないらしい。
 近場でトールズの学生がよく行く場所といえば一番に挙げられるのは帝都ヘイムダルだ。学生寮を使わずに帝都から列車で通っている生徒もいるし、列車で三十分という距離は自由行動日でなくても気軽に足を運べる場所だ。他にもリィンが特別実習で行ったことのあるケルディックの大市を見に行ったり、挙げようと思えば日帰りで行ける場所は結構ある。


「そういうクロウはどうなんだ?」

「俺が遊びに行きたい場所っていったらお前はすぐ却下すると思うけど」

「……他にはないのか」


 若干呆れながらリィンが青紫の双眸をこちらに向ける。そこには分かっているなら言うなよという意味が込められているのだろう。分かっているからこそ、クロウも名前までは挙げなかった訳だが。


「まあ無難なのは帝都だよな。帝都って言っても広いけど、お前の妹だって居るんだろ?」

「確かにエリゼは帝都の女学院に通ってるけど、少し前に会ったばかりだからな」

「それでもお前が会いに行けば喜ぶだろ。そういうのも良いんじゃねぇの?」


 兄が妹に会うのに特別な理由も要らないだろう。クロウには兄弟がいないからよくは分からないけれど、仲が悪いのでなければおかしなことでもないと思う。
 むしろ仲は良いのだから選択肢としてこれは十分有りだろう。その場合はクロウと遊びに行くのではなく妹のエリゼと過ごすということになるが、息抜きになるのであればクロウとしてはどちらでも構わない。本来の目的はリィンが自分の時間を過ごすことだ。


「うーん……そうかもしれないけど……」


 だがまだリィンは首を縦には振ってくれない。これは妹と会いたくないといかではなく、先程リィン自身が言ったように会ったばかりだからというのが理由だろう。
 会ったばかりでも何でも良いだろうとクロウは思うけれど、何がそんなに引っかかるというのか。やっぱりわざわざ遊びに行かなくても良いんじゃないか、という考えに辿り着きそうな気がして先にそれはなしだからといえばリィンは言葉に詰まったようだ。本当にその考えまで辿り着いていたのか、と思わずクロウは溜め息を零した。


「ったく、しょうがねぇな」


 リィンが遊んでいない訳ではないと言ったのも本心なのだろうが、自由行動日をはじめ学院内やトリスタを歩き回っている後輩を見ていると一日思いっきり遊ぶ日があっても良いだろうと思うのだ。本人が良いというなら良いだろうという意見もあるかもしれないが、遊べる時に遊んでおくのも大事なことだ。学生である今しか出来ないことだってある。


「この俺様が遊びに連れてってやるよ」

「クロウが?」


 聞き返したリィンに頷けば、ギャンブルとかそういうのは駄目だとすぐに返された。お前は人を何だと思ってるんだと言い返したが、それは普段の行いを振り返ってから言うべきだと返してくるあたりはもう慣れたものだ。初めは敬語にも先輩と付けないことにも慣れなかったというのに、と少し前のことを思い出す。勿論こっちの方が良いと思っているけれど。


「帝都だったらすぐだろ。生徒会の手伝いをするにしたって丸一日掛かるワケじゃねぇんだしよ」

「それはそうだけど」

「じゃあ決まりだな。忘れんなよ」


 勝手に決定事項にすれば今度はリィンから溜め息が零れる。だが嫌がっている訳ではないことは顔を見れば分かる。こういう普段から頑張りすぎる奴には周りが多少強引なくらいが丁度良いのだ。


「楽しみだな、デート」

「……って、何でそうなるんだ」


 何気なしに口にしたらほんのりと顔を赤くしてそう返ってきた。それを可愛いなと思ってしまうくらいにはもう手遅れなくらい惹かれているけれど、冗談で言ったそれを流そうとしたら不意に青紫と視線が交わった。


「でも、そういうことになる……のか?」


 目が合って数秒、若干視線を逸らしながらリィンは尋ねた。
 これでも付き合っているのだから二人で出掛けるのならデートにもなるだろう。そう思って出た言葉であって最初からそのつもりだった訳ではないけれど、つまりはそういうことでもある。だから俺はその言葉を肯定しながら問う。


「嫌か?」

「そうじゃなくて、そういうことはあまりしたことがないから……」


 ああそういうことかと思いながら「それは俺も同じだし」と言ったら「そうなのか?」と少し驚いたような顔をされた。その反応はどういう意味だと思いながらもアンゼリカの名前を出したら納得されてしまい、それはそれでどうなのかと思ってしまう。けれど変な誤解をされるより良いだろう。


「そんじゃあ次の自由行動日までにデートスポットでも探しておくか」

「何もそんな場所を探さなくても良いだろ」

「良いじゃねぇか。つーか、この後お前の部屋に行っても良いか?」


 聞けばリィンは首を縦に振った。それなら雑誌でも見ながら行く場所を決めようぜと提案すると、リィンは口元に小さく笑みを浮かべて「ああ」と頷いた。それを見たクロウも自然と頬が緩む。
 放課後の部活でまだ帰っていない者も多い第三学生寮に戻ると二人は一度部屋の前で別れ、その後すぐにリィンの部屋で一緒に雑誌を広げた。観光スポットなどが載っているそれを見ながらあれこれ言ってデートの予定を考える、そんな甘い時間がオレンジ色の光の中でゆったりと流れて行くのだった。







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