辺りはすっかり暗くなり、トリスタは静かな夜を迎えていた。けれどまだそれほど遅くはない時間にARCUSの通信が入る。誰からだろうと思って出たその通信は友人からで、内容はもし時間があったら後で少し会えないかというものだった。特に用事のなかったトワはそれを了承し、数時間後に第二学生寮の前で待ち合わせることにした。
 数時間後。約束の時間に学生寮を出ると、そこには既に連絡をくれた友人の姿があった。


「クロウ君、ごめんね。もしかして待たせちゃったかな……?」

「いや、俺も今来たとこ。こっちこそ急に呼び出して悪かったな」


 クロウの謝罪にトワも「そんなことないよ」と否定する。友達からの連絡は純粋に嬉しい。同じ士官学院生なだけあって学院で顔を合わせることも多いけれど、最近はお互いに学院祭の準備でなかなか会う機会がなかった。トワは生徒会長として、クロウはⅦ組の出し物やその他にも色々と首を突っ込んでいるようでお互いに忙しかったのだ。


「でも、こんな時間にどうしたの?」


 夜に連絡をしてきたのは単純に学院にいた時間は学院祭の準備をしていたからだろう。だけど何かあるのなら先程の通信で話せば良かったのだ。しかし、クロウは通信では何も言わずにただ「会えないか」と尋ねてきた。別にそれは構わないのだが、何か急ぎで会って話さなければいけない用事でもあるのだろうかとトワは通信を終えた時から疑問に思っていた。
 そんなトワの疑問にクロウは視線を僅かにずらしながら「大したことじゃねぇんだけど」と前置きをして、それからゆっくりと口を開いた。


「トワは、オリオン座流星群って知ってるか?」


 オリオン座流星群。毎年このくらいの時期になると東の空で見られる明るい流星群である。
 勿論トワはそれを知っている。だがそのオリオン座流星群がどうしたんだろう、と思ったところでそういえば今年は今日あたりがピークを迎えるのだと少し前に読んだ記事を思い出した。


「もしかして、流星群を……?」


 この時間にわざわざ会えないかと聞いてきたこと、そしてオリオン座流星群。これらのことからトワは一つの考えに辿り着いた。
 そんなトワの様子にクロウは「やっぱり知ってたみたいだな」とほっとしたように息を吐いた。


「最近は学院祭の準備で忙しそうだしな。ちょっと息抜きにどうかと思ってよ」


 前に星を眺めるのが好きって言ってただろ、と言われてトワは目を丸くした。覚えててくれたんだと言えば、友達の好きなことくらい覚えていて当然だろうとクロウは笑う。
 確かにトワもクロウやアンゼリカ、そしてジョルジュの好きなものは知っている。だけど前に一度だけ話したことのあるそれを覚えていてくれたのには驚いた。
 だけど、考えてみればトワ自身も彼等のことは一度聞いただけのことも覚えているように思う。だからそういうものかもしれないなと思い直して「ありがとう」と微笑んだ。


「この時間ならそろそろ見えるかもしれないね」


 トワの返答はクロウの誘いに頷いたものだった。
 それを聞いたクロウは嬉しそうに顔を綻ばせ、それじゃあ行くかと二人で並んで歩き始めた。



□ □ □



 星を観察する時は街明かりなどは避けた方が良い、というのは以前トワが教えてくれたことだ。星を観察するのには月明かりでさえ邪魔になってしまうこともあり、出来るだけ暗い場所で観察した方が良いらしい。またなるべく広い場所で観察する方が良いのだとか。
 そのことから二人は街道へと出て星を見るのに良い場所はないか探すことにした。魔獣の気配に気を配りつつ、良さそうな場所を見つけるとそこでゆっくりと腰を下ろす。


「クロウ君と星を見るなんて久し振りだね」


 前に星を見たのはARCUSの試験運用の時だったか。あの時はアンゼリカとジョルジュもいて、みんなで一緒に大きな星空を眺めた。
 真ん丸の月と無数の星を眺めながら過ごした穏やかな時間。確か手配魔獣の討伐に向かった時に少しばかり手間取って遅くなってしまったのだ。方向が同じだからと薬草の採取をしたことも遅くなってしまった一因であるが、みんなで星を見たのは楽しかった思い出の一つだ。


「あの時は結局流れ星は見れなかったんだよな」

「粘ったけど駄目だったんだよね」


 どうせなら流れ星の一つでも降ってこないかなと、そんな話をして暫く星を眺めていたけれど最後まで星が降るところは見られなかった。あとちょっとだけと粘りながらも途中で諦めて宿に戻ったのだ。
 だが流れ星というのはそうそう見られるものでもない。滅多に見られないからこそ、流れ星が消えるまでに三回願い事が言えたら叶うなんていう話があるのだろう。尤も、その話の本当の意味は流れ星が消える一瞬の時間に願い事を三回言えるほど信じていることはいつか叶うという意味である。


「けど、今日は一つくらい見れんだろ」


 明日も普通に授業があるのだからあまり長居をするつもりはないが、今日の夜空には雲も殆どない。加えて流星群のピークであることを考えると、暫く観察していれば流れ星の一つくらいは見られるはずだ。むしろそれを見るのが今日の目的である。


「んで、もし流れ星を見つけたらトワは何をお願いするんだ?」

「えっ? でも、流れ星って……」


 願いが叶うわけではない、という話を教えてくれたのは他でもないクロウだ。今は単位が危なくて一年生のクラスに編入しているけれど、こういった雑学は色々と知っている友人が去年星を見ながら聞かせてくれた。その話を覚えているからこそトワは聞き返したのだが。


「そういうのも良いんじゃねぇの? そっちの話のが有名だしな」


 その話から流れ星に願い事をすれば叶うという話になったわけだが、そこまで知っている人はそれほど多くないだろう。トリスタの子供達だって流れ星というのは見つけたら願い事が叶えられるものだと思っている子が多いのではないだろうか。
 だからそういう話だとして話すのも有りではないか、とクロウは言いたいらしい。そういえば、あの時もそういうロマンチックな話もそれで良いじゃないかという話になったのだ。アンゼリカの言ったそれに似合わないと返したクロウは「君がそんな話を知ってるのも意外だけど」と言われていたっけ、と思い出す。


「うーん、願い事か……。今一番お願いしたいことは、やっぱり学院祭が成功することかなぁ」

「なんつーか、お前らしい願い事だな」


 もっと他にないのかよと言われても学院祭はもう数日後に開催されるのだ。学院のみんなで頑張って準備してきたそれが成功して欲しいと思うのは当然のことだ。トワだけでなく、クロウや他の学院生達もみんな同じ気持ちだろう。
 そういうクロウはどうなのかと聞き返してみると、少し考える素振りを見せた後に「アイツらのステージが成功することだな」と答えて赤紫と黄緑が交わる。同時に二人で笑みを零した。


「クロウ君だってわたしと変わらないじゃない」

「そんなこと言われた後で他のことなんて言えねーだろ」


 こんな言い方をしていても先程の願いは彼の本当の願いなのだろう。この友人が共に過ごしている後輩達のことを大切に思っていることはトワも分かっている。クロウも関わっているⅦ組のステージがどのようなものになるのか、トワもとても楽しみにしている。そして、きっと……。


「心配しなくても、ゼリカのヤツなら来るだろうぜ?」


 トワの考えていることが分かったのか。クロウはそう言って口角を持ち上げる。


「アイツが約束破るとは思えないしな。突然やって来て一人で女子生徒を掻っ攫っていくに違いねーよ」

「あはは、アンちゃんならやりそうだね」


 それが二人の知っているアンゼリカ・ログナーという人物だ。だから必ず来てくれると信じている。クロウもジョルジュも、それからトワも彼女が学院祭に来ることを信じて今は準備に専念する。
 それが今の三人に出来ることであり、叶って欲しいと強く思う願いでもある。

 ――その時。
 空から一筋の光が流れ落ちる。


「あっ!」


 ほんの一瞬の出来事。けれどあれは間違いなく流れ星だ。
 願い事をする時間なんてない、あっという間に流れ落ちてしまった星の欠片。あの流れ星に願い事を三回言うとしたらどれほどの速さで言わなければならないのだろう。一秒にも満たないあの一瞬で願い事が思い浮かぶのなら、それはいずれ叶うというあの話の意味も納得である。


「やっと見れたな」

「だけど、願い事を言う暇なんて全然なかったね」

「大丈夫だろ。お前の願いならきっと叶うと思うぜ」


 トワの願い、それはついさっきまでクロウと話していたあの願いだ。ほんの小さな願いだけれど、自分達にとっては大きな。とても重要な願い事。


「……うん、そうだよね。きっと叶うよね」


 そう言ってそっと口元を緩めたトワにクロウも小さく笑みを浮かべる。
 学院祭の成功も、ステージの成功も、アンゼリカが学園祭に来ることも数日後には現実になるだろう。今はただそう信じて星に願いを寄せる。


「…………なあ、トワ」


 空を見上げ、両手を重ねる彼女の名前を静かに呼ぶ。くるりと振り向いた彼女は「何?」といつもと変わらぬ柔らかな表情でこちらを見た。
 その顔を見て、クロウは開きかけた口を一度閉じた。けれど、すぐに赤紫の双眸を空へと投げては何でもないように続けた。


「あんま頑張りすぎんなよ。生徒会長にも適度な休みは必要だぜ」

「ありがとう、クロウ君」


 夜で辺りが暗かったこともあり、先程のクロウの一瞬の間は特に違和感を与えることもなかったようだ。そのことにクロウは心の中でそっと安堵する。
 その後も暫し二人は頭上に浮かぶ星を眺めた。星が一つ二つと流れるのを見つけては、指を差してそれを追い掛けて。穏やかな時間はゆったりと流れていった。







彼女の願いが叶いますようにと、そう願う。



(これで良いんだ)

内に秘めた言葉はそのまま闇夜に消えて。
確実に近付く終わりに気付かない振りをして、今は変わらぬ日常を過ごす。