「どこ見てもクリスマスって感じだな」
ぶらぶらと歩きながら右を見てもクリスマス、左を見てもクリスマス。一歩店へ入ればかかっているのもクリスマスソング。昼間だというのに人が多いのもクリスマスだからだろう。学生は冬休みに入っていたり、その直前で半日で学校が終わっている人も多い時期だ。かくいうクロウ達も今日は終業式で半日だったため、こうして昼間から駅前を歩いている。
「実際、明日はクリスマスですからね」
「ま、日本じゃただのイベントの一つに過ぎないけどな」
本来の意味でのクリスマスとは違う文化として広まっているのがこの国のクリスマスだ。当日よりイブの方が盛り上がり、恋人と過ごす日というイメージが強いのも日本ならではである。
だが、そのクリスマスを楽しんでいる人が多いからこそ、こういったイルミネーションなども各地で派手に行われているのだろう。世のサンタクロース達も子供達に夢を見せるために頑張っている。流石に二人はもうサンタクロースを信じるような年齢ではないが、白い髭を生やした赤い服のその人に昔は夢を見ていたものだ。
「けど、そんな日に男二人で過ごすっつーのはどうなんだろうな」
「それはクロウ先輩が言い出したことじゃないですか」
「寮でただじっと過ごしてんのもつまんねーだろ」
どうせ一緒に過ごす相手もいないのなら、せめて外に出掛けてクリスマスを楽しんだ方が得だろう。
そう思って身近にいた後輩を巻き込んだ。けれど世間的に恋人の日というイメージが強い以上、やはり街中にはカップルの姿もあちこちにある。そういうのを見ていたらつい零れてしまった言葉がこれだ。連れ出されたリィンからすればそれはどうなんだという話である。クロウとて本気で言ったわけではないけれども。
「そういや、お前は誰か気になる相手とかいねぇのか?」
突然聞かれて「え」と驚きの声が漏れる。その反応に「お、いんのか?」とクロウが追求すれば、リィンはすぐに首を横に振って誰もいませんよと否定した。それを本当かとクロウは怪しむが、そこははっきりと肯定しておいた。変に勘ぐられるよりはよっぽど良い。
「クロウ先輩こそどうなんですか?」
「……そんな相手がいたらイブがフリーなんてこともないんだけどな」
どこか遠い目をしながら、大体アイツがと続けられたそれはクロウと同学年の女子生徒の一人のこと。リィンも知っているその先輩は女子生徒達からの人気も高い。何でも今の二年男子は彼女のせいで寂しい思いをしているとかなんとか。彼女がいる奴なんて中学から付き合っている奴や他校の生徒と付き合っている奴ぐらいだという。
はあ、と溜め息を吐いた後に「お前も気を付けろよ」と言われたそれは先輩からの忠告というやつだ。二学期も終わったところで聞いても今更なところはあるが、そこは笑って誤魔化しておく。
「でも先輩って頼りになりますし、モテそうに見えますけど」
「そういうのは友達止まりってのが多いもんだぜ。お前もお人好しなのは良いけど、好きな子にはちゃんとアタックしとけよ?」
「だからそういう相手はいませんから」
何故か好きな相手がいる前提で進んでいる話にリィンは突っ込む。高校生ともなればそういった色恋の話題が度々出てくるのは仕方がないことだが、本当に好きな相手はいないのだからアタックも何もない。
それこそ先輩はどうなのかと聞き返したいくらいだ。結局先程の問いではその答えを教えてもらっていない。付き合っている相手がいないのと好きな人がいるかどうかは別の話だろう。だが、またこちらに話を振られるのも困るためリィンはさっさと話題を変えることにした。
「それより、この後はどうするんですか」
「そうだな……。お前は見たいモンとかないのか?」
「俺は探してた本も買えたので」
そう話すリィンが手に持っている紙袋には、先程ショッピングモールに行った時に立ち寄った本屋のロゴが印刷されている。本屋の前を通り過ぎようとした時にそういえばと思い出し、自然と視線がそちらに向いたことでどうかしたのかとクロウが尋ねた。
そうして本屋に寄ることになり、そこで買い物を済ませたのは三十分ほど前の出来事だ。その後もショッピングモールを適当に歩き、今は外に出て目的もなく駅周辺を歩いている。
「じゃあクリスマスらしくケーキでも買って帰るか」
なんだかんだで既に寮を出てから三時間ほどが経過している。特に見たいものもないのなら後は帰るぐらいだ。それならせっかく外に出たのだからケーキの一つくらい買って帰っても良いだろう。今日はクリスマスイブというだけあって、ケーキ屋のウインドウには様々な種類のケーキが並んでいる。
リィンもそれは構わないのだが、クロウの方は他に寄りたい場所はないのだろうか。思ったままに尋ねれば、彼はさらっと「元々見たいモンがあったワケでもねぇしな」と口にした。
「そうだったんですか?」
「たまには後輩と交流を深めるのも悪くないと思ってな」
確かに寮を出る前にクロウはそう言っていた。だが出掛けるからには何かしら見たいものでもあるのかと思っていたのだが、どうやら本当にそれだけの理由で目的のない外出に付き合わされたらしい。
いや、特に用事もなかったのだからそれは良いのだけれど、つい溜め息の一つを零してしまったのは仕様がないだろう。友人の多いこの先輩がどうして自分を誘ったのかという疑問も本人が言ったように、同室の後輩との交流を深めるためという理由以外ないに違いない。交流も何も、毎日顔を合わせている上に先輩に付き合って外出することも度々あるわけだが。
「まあ半日付き合わせた礼ってことでケーキくらいは奢ってやるよ」
言えばリィンはきょとんとした顔で「えっ」と赤紫を見た。その反応に何だよとクロウが問うと、まさか先輩から奢るなんて言われるとは思わなかったと些か失礼な回答をされる。
しかし、それは以前にクロウがリィンからお金を借りたことに起因する。後日その話題に触れた時に手持ちがなく、結局借りた金額も金額だったことから良いですよとリィンが流してそのまま。それについてはもう良いにしても、そんな先輩に奢るなんて言われるとは誰も思わないだろう。
「あのな、人が珍しく奢ってやるって言ってんだからそこは素直に奢られとけよ」
「でも」
真面目なこの後輩は奢ると言われても遠慮してしまうらしい。こっちは前にお金を借りたこともあるというのに、と思って「それならと前に借りた分だと思っとけ」と付け加えた。それでも少し考える仕草を見せたリィンだったが、それで漸くありがとうございますと頷いてくれた。
全く、出会って半年以上が経つというのにこういうところは変わらない。勿論出会った時よりもお互いのことは分かっているけれど、先輩と後輩だからというのもあるのだろう。それもリィンの良さではあるが、もう少し何とかならないものだろうか――と思ったところでクロウはあることを思いつく。
「あ、そうだ。今度から俺に対して敬語とか使わなくて良いぜ」
唐突な提案に目を丸くする後輩にクロウは笑う。リィンの方が年下である以上、クロウは先輩であり敬語を使うのは当たり前である。だがクロウはそれをしなくて良いと言い出した。
理由は単純、敬語よりもその方が親しみやすいだろうというだけのことだ。この半年余りで多少なりと距離は縮まったとはいえ、敬語ではどうしても一定の距離を感じてしまう。先輩と後輩であるからには必要な距離であるともいえるのかもしれないが、クロウからしてみればそれは余計な距離でしかない。
「先輩には絶対敬語じゃなくちゃいけないなんて決まりもないしな」
「だからって、それはどうかと思うんですけど……」
「ま、徐々に慣れてってくれれば良いからよ」
リィンが困っているのをスルーしてクロウは勝手に話を進める。元々クロウ自身はそういうことを気にしないタイプなのだ。だからといって先輩に対してタメ口で話すようなことをするわけではないが、同室の後輩が敬語を使うのにどっちでも良いんだけどなとは出会った頃から思っていた。先輩後輩であるのは事実であり、わざわざ訂正するほどのことでもないからとそのままにしていたけれども、この際敬語からタメ口にしてみるのも有りなんじゃないかと思ったのだ。
「つーワケで、これからもよろしくな」
既に決定事項のようになってしまったそれにリィンは戸惑いながら「よろしく、お願いします」とだけ返しておいた。クロウのことだから冗談でなく本気で言っているというのはこれまでの付き合いで分かっているのだが、一体どうしたら良いのかと頭の中で悩む。
そんな後輩を横目で見ながら、クロウは「ほら行くぞ」とケーキ屋に向かって足を進める。反射的に「はい」と答えたら訂正をされ、この先暫くはこんなやり取りが度々行われるのだろうか。
「どうせならホールでも買うか」
「そんなに食べれないでしょ……だろ」
「クク、じゃあ普通にピースで買うとするか」
先輩、もしかして人のことからかってませんかとリィンが尋ねるのをクロウは当然否定する。しかしどう見ても楽しんでいるその様子にリィンは小さく溜め息を吐いた。
さて、これからどうなっていくのか。楽しみだなと思いながら、二人はクリスマスの街を歩いた。
一歩踏み出して
同室の先輩と後輩という関係から近付いて、それから
(お前の特別になれたらいいのに)