図書館に立ち寄った時に耳にした返却延滞の話。いつになったら返してくれるのかしらと司書のキャロルが溜め息を吐いていたその人物はリィンのよく知る相手で、俺からも言っておきますと言って向かったのは先輩であり現在は同輩でもあるクロウの部屋。
 キャロルの言葉をそのまま伝えた後に図書館の本はみんなが使うのだから返さないと駄目だろうとリィンが話すと、クロウは「あー……」と視線を逸らしてどこにやったかななどと言い出した。多分部屋のどこかにあると話すクロウに今度はリィンが溜め息を吐き、仕方なく本を探すのを手伝うことにしたのが十分ほど前。それから本を探し続け、何冊目かになる本を手にした時、ひらりと本の隙間から何かが落ちた。


「あっ」


 誰だって物を落としたら拾うだろう。リィンも本から落ちたそれを当然拾った。だが、拾った時に目に入ったそれに「えっ?」と驚愕の声が漏れる。


「どうかしたか?」


 その声に反応したクロウが声を掛けたことでリィンは我に返った。顔を上げれば、不思議そうにこちらを見ている赤紫と目が合う。
 リィンが拾ったのは一枚の写真。どうやら本の間に挟まっていたらしい。おそらくクロウの私物である本から落ちた写真に写っていたのは幼い二人の子供だった。


「その、すまない」

「は? 何だよ急に」


 いきなり謝られても訳が分からない。聞き返すクロウにリィンは本に写真が挟まっていたのだと今あったことをそのまま伝えた。そして、その写真を勝手に見てしまったことに対して謝る。
 だがクロウは別に謝ることでもないだろとあっさり返した。そもそも本を探すのを手伝ってくれと頼んだのもクロウなのだ。その時点で部屋にあるものを見られるのは分かっていたし、見られて困るようなものもない。たかが写真くらいと思いながら、けれど本に挟まっていた写真って何だと疑問に思ってリィンの方へ足を進めた。やってきたクロウにリィンは先程の写真をそのまま手渡す。


「あーこれか。こんなとこにあったんだな」


 懐かしいなと言いながらクロウはその写真を眺める。二人のうち銀色の髪をしているのは幼い頃のクロウだろう。今と同じ赤紫の双眸をカメラに向けて笑顔でピースをしている。
 しかし、その隣に写っている男の子は誰なのか。それを聞いて良いものかリィンは悩む。とはいえ、写真を見たことぐらい何でもないという風なクロウの言動からして聞いても良いことなのだろうか。考えた末、リィンは思い切って口を開いた。


「……なあ、クロウ」

「何だ?」

「その写真にクロウと一緒に写ってるのは…………?」


 銀髪の少年の隣で笑っている黒髪の少年。写真を拾った時、それを見て思わず固まってしまった。まさかと思ったが他人の空似ということもある。でも、そう思ってリィンは尋ねた。


「あー……やっぱ気になるか……」


 困ったように笑いながら、けれどそうだよなとクロウはリィンの疑問に納得しているようだった。誰でも自分に似ている人がそこに写っていたら驚くだろう。リィンの反応は寧ろ当たり前だ。
 それなのにリィンは無理に答えなくても良いと言ってくるのだから優しい奴だよなとクロウは心の中で思う。けど、別に隠すようなことでもないからリィンのその言葉を否定して彼の疑問に答える。


「ここに写ってるのは昔の俺とお前」


 それだけ言えば十分だろう。言って視線を上げれば、驚いたというより納得したような表情を浮かべた青紫とかち合う。おそらくリィンもそうだろうと思っていたのだろう。
 だが、わざわざクロウに確認したということは覚えていないということ。昔のことだから覚えていなくても無理はないが、ここに在るのは紛れもない過去の記録だ。遠い昔、リィンは覚えていないそれもクロウの中にはしっかりと残っている。


「あんま驚かないんだな」

「写真を見た時は驚いたよ。俺、昔にクロウと会っていたんだな」

「会っていたっつーか…………」


 そこで言葉を切ったクロウは一度瞳を閉じる。それからゆっくりと瞼を持ち上げると、唐突に話題を切り替えた。


「実は俺、この士官学院に兄弟がいるんだよ」

「えっ、そうなのか?」


 何故いきなりそんな話になったのかとも思ったが、それ以上に初めて聞いたその事実にリィンは驚いた。クロウとは入学してからそろそろ半年ほどの付き合いになるけれど兄弟がいるという話は初耳である。この半年の間には様々な出来事があり、お互いのこともそれなりに分かってきたところだけれどまだまだ知らないことはあるものだ。といっても、たかが半年では知っていることより知らないことの方が多いだろうが。


「ずっと昔、両親が事故で亡くなってから別々に引き取られてそれっきりだったんだけどな」


 それから続けられた内容もまた初耳だ。だが普段の学院生活の中で家のことを話す機会もそうないから不思議なことでもない。今は同じ教室で机を並べているとはいえ、本来は一つ上の学年の先輩だ。そういった話をする機会もなければ、そういう事情なら進んで話したりもしないだろう。
 だけど、クロウの話からしてその兄弟とはこの士官学院で再会出来たということだろう。親が亡くなって兄弟とも離れ離れになって、それっきりだったということはお互いに相手の居場所は分からなかったのだろうか。でも、無事に再会出来たのなら良かったとリィンはほっとする。


「そうだったのか……。でも、良かったな」

「ああ。本当、会えて良かった」


 柔らかな声色で紡がれた言葉。それだけ兄弟のことを気にしていたのだろう。こういう一面もあるんだななんて思いながら、リィンはその写真が挟まっていた本をクロウに返した。写真が挟まっていたこの本もきっとクロウの大切なものだろう。差し出されたそれを受け取ったクロウは色褪せた表紙を指でそっとなぞる。


「昔はいつも俺と一緒だったからな。どうしてるか心配だったけど、心配することもなかったみたいだわ」


 すっと本から視線を上げた赤紫は真っ直ぐに青紫を見つめる。優しく細められたその瞳の言いたいことを理解しかねて「クロウ?」と名前を呼ぶと、目の前のその人は口元に弧を描くと――。


「そいつ、俺の兄弟なんだぜ?」


 などととんでもないことを口にした。一瞬、何を言っているのか分からなかった。だが、クロウがそいつと言いながら写真を示したことで彼の言いたいことを理解した。
 否、クロウの言いたいことは理解したけれどその意味を理解するまでにはいかなかった。あまりにも唐突な告白に頭が追い付かない。その写真に写っているのは幼いクロウとリィン、そしてそこに写っている自分達が兄弟だなんて。そんな話、今まで一度たりとも聞いたことがないというのに。


「えっ、本当なのか……?」

「こんなことで嘘吐いてどうすんだよ。正真正銘、血の繋がった兄弟だっつーの」


 確かにこんな嘘を吐く理由なんてどこにもない。ここにそれを証明するものがないとしても嘘を吐くメリットがない。リィンをからかっているだけというのも兄弟の話をしていた時のクロウの様子からして考え難い。となると、残るのはクロウが話した真実だけ……。
 リィンが考えている横で、まさか同じ学校に来るとは思わなかったとクロウは笑う。どこにいるのかも分からなかった兄弟とこのような形で再会するなんて誰が思うのか。ただの偶然かそれとも必然か、行方知れずだった兄弟に会えたのならそんなことはどうでも良くなった。


「お前は小さかったし、覚えてなくても無理ないけどな」


 それでもクロウは覚えていた。幼い頃、いつだって共に過ごしていた兄弟のことを。年の二つ違う優しい弟のことを。


「その、クロウはいつから気付いてたんだ……?」

「トールズに入学してきたお前を見つけた時だな」

「それって、初めから気付いてたってことか!?」

「まあな。けど、確信したのは旧校舎でお前とあのデカブツを倒した時だぜ」


 ライノの花咲く季節に入学してきた新入生。そこで見つけた姿にクロウは心底驚かされた。その時点で確信に近いものがクロウにはあった。けれど、根拠と呼べるものはなかった。血の繋がった兄弟だから感覚的に分かったけれど、それでも十数年と会っていなかった相手だ。リィンが覚えていないこともあって、結局それはクロウの胸の内だけに秘められていた。
 だが、リィンが兄弟だと確信する出来事があった。それが夏至祭の一週間ほど前にリィンの妹を探して旧校舎に入った時のことだ。あの時、リィンがあの力を使ったのを見てクロウはああやっぱりと思ったのだ。やっぱり、お前だったんだなと。


「ま、でもこれからも今まで通りで良いぜ。変に意識されても逆にやり辛いしな」


 いきなり兄弟として接しろといっても難しい話だ。リィンが覚えていないというのもそうだが、大体そんなことをしたところでお互いやり辛いだろうことは目に見えている。それを無理に訂正することはないだろう。
 本当の兄弟といえど十年以上も離れていたし、今の自分達にはこの学院生活で築いてきた関係もある。だから今のままで良い。何より、クロウは今の関係を気に入っているのだ。


「つーワケで、残りの本を探すのもよろしく頼むぜ」

「いや、それとこれとは全く関係ないだろ!」


 リィンから受け取った本と写真を机に置くなり「残りはどこだろうな」なんて呑気に言いながらクロウは作業に戻る。それから関係のない本を広げ始めたクラスメイトの変わらぬ態度にリィンも小さく笑みを浮かべ、すうっと息を吸うと「探す気がないなら俺は帰るぞ」とリィンは冷たく言い放った。
 そこに広がるのは昨日と同じ二人の日常。共に学び、共に笑い、共に過ごす青春の一ページ。先輩後輩であり同輩である二人のいつも通りの時間が流れていた。







やっと見つけた、漸く会えた大切な存在