ざーざーと雨の降る音が部屋の中でもよく聞こえる。窓の外を見てみれば沢山の雫が空から降り注いでいる。これは当分止みそうもない。


「雨の日って退屈だよな」


 これだけ降っていたら今日は外で遊ぶのは無理だろう。そうなると必然的に家の中で遊ぶことになる。家で出来ることも決して少なくはないのだが、クロウとしては外で思いっきり体を動かしたい。雨で外で遊べないからこそ余計にそう思ってしまうのかもしれないけれど。


「そうか?」

「だって外で遊べないんだぜ」


 退屈だろと窓から視線を外したクロウは弟を振り返る。だがその弟はクロウの言葉にこてんと首を傾けた。確かに外では遊べないけれど、そう話すリィンはどうやら雨が降っているからといってクロウのように退屈というわけではないらしい。てっきり同意されると思っていただけにクロウは不思議そうに自分を見つめる青紫を見る。


「兄さんは雨がきらいなの?」

「別にキライではねーけど」


 外で遊べないのはつまらない、と赤紫は再び窓の方を向く。晴れていたらリィンと一緒にこの間の探検の続きが出来たんだけどなと。
 そんな兄の様子にリィンも外を見る。朝からずっと降り続いている雨は弱くなるどころか強くなっているといえるだろう。流石にここまでの雨では外で遊べない。晴れていたら今頃兄と外に出掛けていたことだろう。それが出来なくなってしまったというのは残念だけれど。


「俺は兄さんといっしょにいられるから雨もきらいじゃないんだけどな」


 ぽつり。呟かれたそれにクロウはきょとんとした顔で弟を見た。するとリィンは「雨の日はずっと兄さんと二人でいられるから」と笑う。
 雨が降っていようと晴れていようとクロウは大抵リィンと一緒に過ごしている。今日だって晴れていたのならリィンと二人で出掛けただろう。外で遊ぶ時は近所の友達とみんなで遊ぶことも少なくはないが、そういう時だってクロウはいつでもリィンの隣にいる。
 だけど、たまにはこうして静かな部屋で二人きりで過ごすのも良いとリィンは思うのだ。両親も仕事でいない。本当に兄と二人だけの時間はこの兄を独り占めできるから。


「……兄さん?」


 黙ったままのクロウを不思議に思ったリィンが呼ぶ。その声で我に返ったクロウはくしゃっと目の前の黒髪を掻き混ぜた。


「俺はいつもお前と一緒だろ」


 いつだって一緒にいる。一緒にいるのがクロウにとっては当たり前で、何よりクロウがこの弟と一緒にいたいのだ。
 雨の日は退屈だ。晴れていたらこの弟と一緒に色んなところへ行ける。色々な場所へ行って沢山のものを見付けて、まだ知らないことの多いこの弟に多くのものを見せてやりたい。そしてそれらを二人で共有したい。外には自分達の知らない新しいものが沢山あるから。そういったものを二人で探したい。けれど。


「でもまあ、たまには雨も悪くねーかもな」


 家の中で出来ることは限られている。それでもすぐ傍には大切な弟がいて、その弟とこうして過ごす時間は好きだ。外では遊べないけれどこうして二人で家で過ごすというのも悪くないかと弟の言葉を聞いてクロウもそう思った。
 そんなクロウの言葉にリィンは嬉しそうに笑う。その弟につられるようにクロウも口元に笑みを浮かべた。いつもは父と母と四人で使っている家も子供二人では随分と広く感じる。だけど今だけはこの家に自分達しかいない。それはそれで特別だ。


「よし。リィン、部屋に行こうぜ」

「へやに?」

「どうせなら今しか出来ないことしようぜ」


 首を傾げながらも兄に呼ばれたリィンはその後を追い掛ける。楽しそうな兄はいつだって色んな遊びをリィンに教えてくれるのだ。さて今日は何をするのだろうか。どんなことでも兄が一緒なら楽しいし、弟がいれば退屈なんてこともない。



□ □ □



「最近は雨が多いよな」


 ぼんやりと外を眺めながら呟けば「そうだな」ともう一人の住人から相槌が返ってきた。


「雨の日って退屈しねぇ?」

「そんなことはないと思うけど」


 その住人を振り返りながら問えば肯定ではなく否定をされた。そして彼は雨の日は雨の日で良いと思うと話すのだ。
 そのような同居人の答えにクロウは思わず笑ってしまった。別段おかしなことなど言っていないというのに笑われたリィンは本へと向けていた視線をクロウへと向ける。どうしてそこで笑うんだと言いたげな視線にクロウは「だってなぁ」と言いたくなる。その答えも予想していたけれど、本当にそう返されるとは思わなかったのだ。


「昔、お前に雨って退屈だよなって言ったら同じように言われたからよ」

「…………そうだったのか?」


 全く覚えていないリィンは疑問を浮かべているがクロウはそれも微笑ましそうに見つめる。リィンが当時のことを覚えていないのは仕方がないことであり、それはクロウもリィンもお互いに分かっていることだ。だからクロウは時々リィンに昔の話をする。一時期は時間がある度に昔のことを教えて欲しいとせがまれたこともあったなとクロウは数年前のことを思い出す。


「それで、お前は何でまた雨の日も良いって思うんだ?」


 リィンはリィンなのだから同じ回答がくることもおかしくはない。けれどあの頃と今とでは色々なことが変わっている。だからそう思った理由が何なのかを知りたいとクロウは尋ねる。
 けれどリィンとしては答え辛いことこの上ない質問だ。昔のことを覚えていないから何と答えたら良いものか悩む。この質問に正解などないのだから思ったままに答えれば良いことは分かっているのだが。


「……多分、昔と同じじゃないのか」


 迷った末にリィンはそのように答えた。勿論当時のことは覚えていない。だから昔の自分がこの兄に対して何を言ったのかは分からないのだが、今リィンが思ったことは兄を慕っていた自分ならきっと同じことを考えたはずだと思ったのだ。
 そんなリィンの答えにクロウはぷはっと笑う。


「それだとお前が俺のこと好きってことになるけど?」

「……やっぱり間違ってないじゃないか」


 昔のリィンは弟として兄のことが好きだった。今のリィンは弟としてでも後輩や同輩、同僚としてでもなく。ただクロウというその人が好きなのだ。
 雨の日は一緒にいられるから嫌いではない。それが先程リィンの思ったことである。洗濯物が乾かないのは少々困るけれど、雨が嫌いだとか退屈だという感情は浮かばなかった。今だってのんびりと過ごすこの時間が心地良い。


「クロウは退屈なのか?」

「お前と一緒で退屈なんてするわけねーだろ」


 それはさっきと言っていることが違うのではないか。言えば細かいことは気にするなと返された。おそらく本当に退屈だと思って口にしたことではなかったのだろう。実際、昔のクロウだって外で遊びたかっただけでリィンと一緒にいることを退屈だとは思っていなかった。


「けど、ここんとこずっとだしそろそろ晴れて欲しいよな。雨ン中で探し物とか結構大変だしよ」

「そうだな。でも予報だと週末には晴れるんじゃないか?」

「じゃあ久し振りにデートでもするか」


 雨が続いていたためになかなか外に出掛ける機会がなかったから。そう話すクロウに少しばかり間を置いて「そうだな」と恋人は小さく答えた。
 そんな恋人をクロウは愛おしそうに見つめ、それから窓際を離れてリィンの隣に座ると「今日のところはお家デートにしておくか」と言った。すぐ近くの赤紫を見上げたリィンは答えの代わりに瞳を閉じた。そのまま二人の唇が触れ合ったのは間もなくのこと。








いつだって俺はそれだけで幸せなんだ