ちょきちょきと色取り取りの紙を切り、ぺたぺたとそれらを繋ぎ合わせる。まだもう少し長さが足りないか。壁を見てそう判断したリィンは再びはさみを手に取って折り紙を細長く切る。


「本当、お人好しだよな」


 地道な作業を繰り返す相棒を眺めながらクロウが言う。ちらり、顔を上げたリィンは「クロウも大概だと思うけど」と彼の手元へ視線をやった。何枚かの薄紙を重ねているクロウの横には紙で作られた花が沢山散らばっている。


「俺はお前に付き合っているだけだぜ」


 言いながらまた一輪、そこへ花が追加された。そういうところがお人好しなんだよな、と思っている間にもクロウの手からはまた新しい花が咲こうとしている。

 面倒なら帰ってしまっても良いのにクロウはそれをしない。道端で困っていた子供達に声を掛けた時、一通りの話を聞いたリィンが協力を申し出た後に先に帰っていてくれと言うより前に「じゃあ行くか」と歩き出したのは他ならぬクロウだ。
 それにリィンが口を開くのが一歩遅ければこの友人は間違いなく子供達に声を掛けていただろう。とても人のことを言える立場ではない。本人は否定するのだろうが、この先輩は昔から周りを良く見ている上にさりげなく手を貸してくれる。不真面目に見えたりすぐギャンブルに持ち込もうとするようところもあるけれど、優しいんだよなとリィンが気付いたのはもう大分前のことだ。


「しかし、シスターの誕生日を祝いたいか。慕われてるんだな」

「教区長さんも協力してくれるみたいだし、素敵な人なんだろう」


 二人も挨拶程度ならしたことはあるが、にこっと笑い掛けてくれた女性はとても優しそうだった。時々見掛けた時はいつも子供達に囲まれており、子供達もそのシスターが大好きであることがよく分かる。
 その子供達は現在、街に買い物へと出掛けている。おそらく誕生日会のお菓子を選んでいる頃だろう。何人かはシスターと一緒に街の近くで花を集めているらしい。こっそり準備をするにはシスターを教会の外に連れ出す必要があり、またプレゼントの花束を探すためでもあるそうだ。そしてリィンとクロウが引き受けたのは誕生日会の飾り付けに使う小物の準備。


「お前も日曜学校に通ってた時はシスターの誕生日を祝ったりしたのか?」

「そうだな。まあユミルは小さなところだからみんなで祝ったり祝われたりが当たり前だったけど」

「へえ、そういうもんか」

「クロウは?」

「俺はあんま記憶にねーな。ダチの誕生日くらいは祝ったけど」


 祝ったと言ってもおめでとうとありがとうのやりとりぐらいだと話すクロウがリィンには意外だった。そういうことは好きそうなのにと思いながら「そうなのか」と相槌を打ったらみんな似たようなものだったぜと付け加えられた。お前だって誕生日パーティーみたいなものまで郷の全員が集まったわけではないだろうと言われるとその通りだ。
 そうこう話しているうちにリィンは一つ目の輪飾りを完成させた。これくらいの長さがあれば十分だろう。


「なあ、それ一枚くれよ」


 同じようにもう一つ作ろうと思ったところで突然言われてリィンは首を傾げる。それ、と呼ばれたものを探してクロウの視線を追うと色取り取りの折り紙へと辿り着いた。


「まだ使うんだが」

「一枚くらい良いだろ。何なら六分の一で良いぜ」


 そもそもこれは飾り付け用に子供達から預かったものなのだが、多分余るであろうことを考えれば六分の一くらいなら良いだろうか。いや、たとえ六分の一でも子供達に聞かないのは駄目だろう。おそらくあの子達ならそれくらい譲ってくれるだろうけれど。
 そう考えている間にクロウの手がひょいっと伸びたかと思うと折り紙とはさみが取られた。あ、と声が出たのとクロウが折り紙を切ったのはほぼ同時。


「勝手に貰うのは良くないだろう」

「ちょっとだけなんだから固いこと言うなよ。それよりリィン、ちょいと左手を貸してくれ」


 それより、じゃないと思いながらも早くしろと言いたげなクロウにリィンは溜め息を吐きながら左手を差し出した。
 手を貸してくれではなくわざわざ左だと指定したのは何故なのか。右利きであるリィンに左手を貸して欲しいと言われても利き手ではないのだから細かい作業は難しいのだが、と思っていたところでクロウは細長い折り紙をリィンが先程までしていたのと同じように円状にした。


「よし」


 何をするつもりなんだろうと頭上に疑問符を浮かべながら相棒の様子を眺めていると、その折り紙はリィンの指に合わせてセロテープで止められた。銀色の折り紙を、左手の薬指に。
 顔を上げた恋人と目が合う。にっと笑った彼は再び視線を手元へと落とすと。


「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」


 クロウが口にしたのは誓いの言葉。この教会という場所では結婚式の時に聞くことも多いそれをクロウは静かに並べた。自分達には無縁で、けれど全くの無関係とも言えないそれに青紫の瞳が僅かに開かれた。
 言い終えたクロウは暫しリィンの左手を見つめていた。優しく、そっと撫でられた薬指のそれはおそらく。


「――なんてな」


 そう言って笑った恋人はぱっとリィンの手を離した。それっぽかっただろ? とクロウは冗談っぽく笑っている。いや、折り紙の指輪なのだから冗談で言ったことは間違いない。
 けれど。そう思ったリィンはクロウと自分の左手を交互に見た。そして指輪の代わりだと思われるそれへと視線を落としたまま。


「誓います」


 そう声に出したら今度は赤紫が丸くなった。赤紫を捉えた青紫の瞳は優しく微笑む。


「大事にするよ」


 これ、と言われてクロウは暫し呆けてしまった。正直、この返しは予想外だった。精々何をやっているんだと呆れられるだろうと考えていたのに、まさかこんな素直な答えが返ってくるとは。

 考えながら宙を彷徨っていた視線はやがてリィンの前で止まる。それから頭を掻いたクロウは「やっぱ今のなしで」と言いながら再びリィンの手に触れる。


「今度ちゃんとした指輪を用意するから、やり直しさせてくれ」


 ただの折り紙で出来た指輪ではなく、リィンに似合う本物の指輪を探してくるから。
 折り紙の指輪だけであんなに嬉しそうな顔をされるなんて思わなかった。その笑顔にどきっと胸が鳴ってしまったのは好きなのだから仕方がない。もうそれが何度目なのかは分からないほど、恋人と過ごす時間で好きの気持ちを実感している。


「俺はこれも十分嬉しいけど」

「折り紙じゃ格好がつかないだろ」

「良いんじゃないか? クロウからこれを貰えて俺は嬉しかったよ」

「俺が良くねーの」


 たかが折り紙の指輪でそこまで言われるのは嬉しくもあり照れ臭くもあり。だけど本当は紙ではない指輪を贈りたいと思っていたのだ。前からずっと。


「……それなら、俺にも格好つけさせて欲しいんだけど」


 そう言ったリィンは空いていた右手でクロウの手を掴む。


「ここに付ける指輪、俺もクロウに贈りたい」


 指輪は交換するものだろう、とクロウの左手を掴んだリィンが微笑む。どちらか一方が渡すのではなく、お互いが相手に贈り合って。


「じゃあ誓いのキスも必要だな」


 それから二人の唇が触れ合ったのは間もなくのこと。
 これじゃあ誓いのキスにはならないだろうとリィンが突っ込めば、良いじゃねぇかとクロウは言ってこういうのは雰囲気が大事だと主張した。ここが教会であること以外に雰囲気など全くないが、まあいいかと結局はリィンも流してしまった。さっきのキスはクロウからというわけではなく、お互い様だったから。


「そういえば、俺はまだ聞いてないんだけど」


 何を、なんて聞くまでもない。不満そうな顔で見られてつい笑みを零したクロウはそっと恋人の手に自分の手を絡めて青紫を見つめた。


「この誓いの言葉を守って、あなたと共にあることを誓います」


 誓い合って二人は小さく笑い合った。それからどちらともなく手を離し、子供達が戻って来るまでに終わらせないとなと止まっていた作業を再開した。今ならブーケトスも出来そうだなと言いながらまた一つ花が咲く。
 何の花のつもりなんだと試しに聞いてみたら少し考えた後に薔薇とかはオーソドックスなところだよなと言いながら「あとはブルースターとか」と名前を挙げられた。何故かと尋ねるとお前に合うかと思ってなとだけ答えてクロウは口元を緩めた。そう、色んな意味で。







あなたを愛することを誓います
――今度は本物の指輪で