- 閃ⅡED後捏造 「Future Trip」設定の二十七歳のクロウと二十一歳のクロウ編 -




 冷たい。そう感じて間もなく、ゆっくりと意識が浮上する。聞き覚えのある声が耳に届いたのはそれからすぐのことだった。


「よう。気づいたか」

「……ああ」


 どうしてこんな場所にいるのか。そもそもここはどこなのか。
 他にも幾つもの疑問が生まれるが、気にしても仕方がないことかと思ってしまったのは一緒にいる相手が相手だからだろう。普通に考えれば、違う世界を生きる自分たちの時間が交わることがまずあり得ない。しかし、その現象も何度目かになればお互い慣れるというものだ。原因はきっと考えるだけ無駄なのだろう。


「とりあえず無事みたいだな」

「この状況を無事って言えるならな」

「まあそれは考えても仕方ねーだろ」


 同じ結論に辿りつくのは相手が自分なら必然か、とクロウは六年後の自分に目を向ける。


「今回は普通に寝て起きただけなんだがな」

「それはこっちも同じだ。特に変わった依頼もなかったしな」

「じゃあ夢って可能性にかけるか」

「どんな夢だよ」


 夢ならどんな不可思議な現象が起きてもおかしくはないという意見には同意だが、これが現実であることはお互い分かっている。
 一先ず状況整理をするぞとそれぞれの一日を振り返ってみたものの原因らしい原因は見つからなかった。ついでに二人でこの何もない部屋を調べてみたがこちらも成果はなし。それも予想通りではあるのだが、思わず溜め息が零れてしまったのはしょうがないだろう。


「手がかりもねぇし、どうするか」


 ARQUSも当然のように通信範囲外。誰とも連絡をとることができない密室に閉じ込められたこの状況でできることは何もない。助けがきてくれるかもしれないなんて楽観的なことは考えていないが、脱出しようにもどうしたらいいものか。
 そう考えていた時、突如ポンッという音とともに部屋の中央にひらひらと紙が現れた。


「…………」


 紙が落ちる様子を眺める間、暫しの沈黙が落ちる。ちら、と視線を向けたのは同時だった。
 それから先に動いたのは向こうだった。紙を拾い、引っ繰り返してまた戻す。そうした後に戻ってきた未来の自分はすっとその紙を差し出した。


「ここからの脱出方法らしいぜ?」


 言われて紙に目を向けたクロウは一瞬でそこに書かれていた文章を読んだ。
 といっても文字を読んだだけで内容は理解していない。そこに含まれる意味や仕組みについてはさっぱり分からなかった。


「で、どうする?」


 眉間に皺を寄せたクロウを見ながら目の前の相手が再び問いかける。視線を上げれば、楽しげにこちらを見つめる瞳とぶつかった。


「どうするもなにも……」

「他に手がかりもねーし?」


 クロウの言葉を引き継いで六年後の自分が笑う。その様子を見たクロウは自分自身でありながら何を考えているのか分からないと思った。
 いや、考えているのはここからの脱出方法だろう。そして、今自分たちの元にある脱出の手がかりは一つ。そうなれば、真偽のほどは定かではないとはいえ試してみるしかないだろうという結論に辿り着くのも分かる。けれど。


「……何を考えてる」

「お前と同じことだろ?」


 思わず声に出して尋ねるとすぐに返事がきた。そのことにますます眉間の皺が深くなる。


「お互い、こんなとこに長居する理由はねーだろ。リィンのことも気になるしな」


 それについては同意見だ。この場にいない相棒たちがどうしているのか。何もなければそれでいいが、向こうも向こうで何かに巻き込まれている可能性はある。自分たちがこうして同じ場所にいることから向こうも二人でいるのかもしれない。
 もしリィンたちも二人でいたとしても同じ状況に陥っていなければいい、と思うのはこの不思議な空間からの脱出方法があまりにもぶっ飛んでいたせいだ。ここはキスをしれなければ出られない部屋です。その一文の意味は何度考えてみても理解できそうにない。


「それでどうするよ? するのとされるの、どっちがいい?」


 この状況でどちらも選ばないという選択肢はないわけだが、聞かれても困るというのが正直な意見だ。
 相手がリィンならどちらかを選んで試してみただろう。それが別の世界のリィン相手でも試さないことはない。自分の恋人であってそうではない相手だからこそその方法については少し思案するかもしれないがそこまで迷うことはない。
 しかし、相手が自分となればどうだろう。試すことに抵抗があるわけではないが自分だからどっちでもいい、というか出られるなら何でもいい。そう思ったのは伝わったのだろう。


「後悔しねぇ?」


 こっちの考えていることは伝わっているのにあっちの考えていることは伝わらない。その理由は向こうにとっては過去の自分だからというわけではないだろう。過去の自分だろうと未来の自分だろうと、それぞれがそこに存在する時点で自分たちは別々の意志を持っている。


「何もしないで出られない方が後悔するだろ」

「そりゃそうだな」


 邪魔になった紙をポケットにしまい、手を伸ばす。自分と同じ色の瞳がこちらを映す。そこに楽しそうな色が浮かんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。


「まあ相手は自分だし、ノーカンだよな?」


 そう言った未来の自分の手が頬に触れる。目を閉じて、唇が触れ合ったのは間もなくのことだった。


「…………」


 ゆっくりと瞼を持ち上げれば、赤紫の瞳とぶつかる。
 何を考えているか分からない。だが、何をしようとしたのかを察することができたクロウがそれを受け入れたことに目の前の相手は笑った。
 あ、と思った時。ふわりと淡い光が生まれた。


「どうやら成功したみたいだな」


 部屋の様子を眺める自分と同じようにふわふわと浮かぶ淡い光へ視線を向けながら「そうだな」と頷く。
 結局この部屋はなんだったのか。何故別の世界の自分たちがこの場所に呼ばれたのか。どういう仕組みでこの部屋の鍵は解かれたのか。相変わらず分からないことだらけで、それらが解決することはなかったけれど。


「次に会うことがあれば普通に会いてぇな」

「俺たちが会うことがまずおかしいだろ」

「それは今更だろ」


 部屋に満ちていく光から視線を外す。タイムリミットはすぐそこまで迫っている。


「リィンによろしくな」

「そっちもな」

「あまり振り回すなよ?」

「それはこっちの台詞なんだが」

「どちらかというと俺の方が振り回されてると思うけどな」


 リィンが聞いたら否定するだろう言葉を口にして未来の自分は口元を緩めた。


「またな」


 部屋一面に光が広がる。返事は向こうに届かなかったかもしれない。だけど言わなくても伝わっているに違いない。
 薄れていく意識を手放し、次に目を開けた時にはきっと見慣れた世界があるのだろう。短い邂逅は静かに幕を閉じる。そこに微かな温もりを残して。










fin