恋人特権
「この間のライブか?」
聞こえてきた声に「ああ」と頷きながら振り返る。そこにはテレビに中とは違ってラフな格好をしたリィンがいた。
「今回も盛り上がったな」
「クロウは盛り上げるのが上手いよな」
「それは役割分担だろ。たまにはお前がMCするか?」
「それこそ役割分担だろ。そこはクロウに任せるよ」
話しながらリィンはソファの空いているスペースに腰を下ろす。
そういうのも新鮮で面白いと思うけどなと言えば、面白さは必要ないだろうと呆れた目を向けられた。だが、きてくれるファンの中にはそれが見たい人も絶対にいるだろう。
「いい案だと思ったんだがな」
「俺はクロウのMCが好きだよ」
ふっと頬を緩めてリィンが笑う。こういう言葉がすっと出てくるところが天然といわれる理由だ。本当にこいつは、と言ったところで不思議そうな顔をされるのがオチだ。
はあ、と小さく息を吐けば案の定、リィンは不思議そうにこちらを見る。
そこでテレビからキャーと一際大きな歓声が聞こえてきた。それを見たクロウは口角を持ち上げて隣へと視線を向けた。
「お前もファンサービスが上手くなったよな」
そう、先程テレビから聞こえた歓声はリィンがファンの要望に応えてウインクをした瞬間のものだ。昔はウインクのひとつも上手くできなかったことを思い出してつい笑みが零れる。
「……いつの話をしてるんだ」
「デビュー当時」
即答すると「仕方ないだろ」とリィンはほんのりと頬を赤く染めた。慣れていなかったんだ、というのは当時も聞いた話だ。逆にどうしてクロウはできるんだと聞かれたこともあった。
しかし、ウインクが苦手というのもそれはそれでウケがよかった。ファンからはそんなところが可愛いと言われていたくらいだ。だが、それも今となっては昔の話だ。
「あの頃のリィン君は可愛かったな」
「別に嬉しくない」
ファンの言葉を借りて言うと、リィンは不満そうな表情を見せた。
「そういうクロウは……」
言い返そうと口を開いたリィンの声はそこで止まる。
「俺は?」
「……昔より意地悪になった」
続けられた言葉に思わず吹き出せば、リィンはじとっとした目をこちらに向けた。
「それを言うならお前も大概だと思うけどな?」
最初こそ遠慮していたリィンだが、今ははっきりと物を言うようになった。それは信頼関係が強まった証拠だ。時には甘えてくれるようにもなり、それは大変喜ばしいことだ。
しかし、何も思いつかなかったらしい相棒の言葉にクロウは笑いが止まらない。そこまで笑わなくてもいいだろうと言われるが、まさかこんな切り返しが来るとは思っていなかった。
「さっきの言葉、訂正するぜ。お前は今も可愛い」
「だから嬉しくない」
男に対して可愛いは褒め言葉ではないが、可愛いものは可愛い。
――可愛くて、愛おしい。
それがクロウのリィンに対する感情だ。相棒としてではなく、恋人としての。
「なあ、俺にもファンサービスしてくれよ」
クロウの言葉に漸くリィンが再びこちらを見る。青紫の瞳に自分の顔が映るのを見たクロウはふっと口元を緩めた。
「キス、してくれねぇ?」
今の気持ちをそのまま声に出すとリィンは僅かに目を見張った。だけど、それはすぐに不満そうな表情に変わる。
「クロウはファンサービスでキスをするのか」
「じゃあ恋人特権で」
言い直すと少し迷った素振りを見せたものの静かに目を閉じたリィンはそっと、唇を寄せた。一瞬だけ触れた唇は、けれど確かに互いの熱を溶かした。
――ああ、やっぱり可愛くて愛おしいな。
離れていく温もりに目を開きながら思う。リィンのこんな表情はどんなに応援してくれているファンの子たちも知らないし、今後も知ることはない。これは恋人にだけ許される特権だ。
「…………なあ、クロウ」
暫くして、徐にリィンが口を開いた。その頬が微かに赤く染まっているのは、お風呂上がりだからではない。
「恋人特権なら、俺も使っていいか?」
唐突な恋人の発言にクロウは目をぱちくりとさせた。だが、すぐに笑って今度はこちらから唇を寄せた。
「ああ、もちろん。好きなだけ使っていいぜ」
リィンが言おうとしたであろうことを先に実行して笑うと、リィンもつられるように口元に笑みを浮かべた。
「それなら、手を繋いでもいいか?」
「お安い御用だ」
「あとライブ、俺も見たい」
「じゃあ最初から再生するか」
一度映像を止めて最初に戻す。画面の中にはファンを前にしたアイドルの自分たちが映し出された。
でもここにいるのはアイドルではない、ただのクロウとリィンだ。繋いだ手から互いの体温が混じり合い、肩を寄せ合って見つめる画面には愛しい人の姿が映る。
fin