「で、どうだったんだい?」


 唐突に振られた質問に「何がだよ」と答えたのは当然だろう。主語が何もないのに察しろと言われても無理な話だ。今までの話の流れがあるならともかく、いきなりこう言われたって分かるわけがない。
 聞き返したクロウにアンゼリカは「何って、貰ったんだろう?」とこれもまた主語を使わずに返してくる。だが“貰った”というワードから彼女が先日のバレンタインの話をしているのだと理解する。誰に、というのは言わずもがな。今ここにいない、おそらく生徒会室で仕事をしているであろう彼女のことだ。


「……まあ、貰ったけど」

「けど?」


 きちんと拾うアンゼリカに内心でしくじったと思いながら「別に何もねーよ」とだけクロウは答えた。ああいう言い方をすればすぐに拾われるだろうに、他の言葉を使わなかったのだからこれは自分の失態だ。単純にそこまで気が回らなかっただけの話なのだが、これもこれで言葉の選択を誤ったかと気が付いたのはすぐのこと。


「何もないって、トワにチョコを貰ったんだろう?」


 漸く主語を付けたアンゼリカの言葉には“本命の”という意味が含まれている。傍から見れば両想いの二人が付き合っていないのは知っているが、バレンタインにトワがちゃんと本命用のチョコレートを用意していたことも知っている。付け加えれば、クロウが本命からのチョコを期待していたことだって知っている。
 となれば、バレンタインというイベントで二人に何か進展があったのではないかと考えもするだろう。しかし、この反応を見れば大体のことは察する。いつまでも片想いを続ける友人にアンゼリカは大きく溜め息を吐く。


「全く、男ならもっと大胆になったらどうなんだ」

「誰もがお前みたいに図太い神経してると思うなよ」

「そういう君こそ、とてもか弱いようには思えないが」

「俺は繊細なんだよ」


 繊細という単語を繰り返してアンゼリカはフッと鼻で笑う。この程度の言葉の押収は日常茶飯事だ。二人が言い合えば勝つのはアンゼリカ、だからクロウは程々のところでさっさと切り上げる。今日もこれ以上はやるだけ無駄だと判断してクロウは話題の矛先を変えた。


「好き勝手言いやがって……そういうお前はどうなんだよ」


 聞かれたアンゼリカはきょとんとする。どうなんだとは勿論ジョルジュとのことである。本人がいるこの技術棟でする話ではないかもしれないが先にそういう話題を振ってきたのは向こうだ。人のことばかり言っているけれど、お前等だって変わらないだろうというのがクロウの主張である。
 ふむ、と口元に手を当てたアンゼリカは視線を技術棟の奥へと向ける。この技術棟を任せている人はパソコンに向かって何かをしている最中だが、この狭い空間での会話は全部筒抜けだろう。何も言わないのは作業中だからというよりはいつものことだから。何か作業をしている時のジョルジュは、あまりヒートアップし過ぎない限りは基本的にこちらは放置だ。そういう時はこちらも邪魔しないようにするのだが。


「確かに、それは一理あるかもしれないね」


 呟いたアンゼリカの言葉の意味が分からずに「は?」と聞き返したのはクロウ。次の瞬間、口角を持ち上げて笑った彼女は現在作業中の友人を呼ぶ。


「ジョルジュ、ちょっといいかな?」

「えっ?」


 呼ばれて振り返ったジョルジュもクロウと変わらない反応を見せる。この話の流れで呼ばれたのでは無理もない。一度男二人で疑問の色を浮かべた視線を交わすと、二つは揃ってアンゼリカへと向く。一人楽しそうなアンゼリカはといえば、席を立つなり真っ直ぐにジョルジュの元へと歩いた。


「バレンタインに君に渡したチョコ、一応本命だったんだが私と付き合ってみないかい?」


 余計なことは言わず、ストレートにアンゼリカは告白の言葉を紡いだ。その言葉に告白をされた当人であるジョルジュは勿論、話を振ったクロウも驚きが隠せない。さっきの今で、凄い行導力である。だが決して嘘などではない本心からの告白だ。
 あまりに突然な出来事に固まったままの想い人にアンゼリカは「返事を聞かせてもらいたいんだが」と答えを促す。碧眼に真っ直ぐ見つめられ、ほんのりと頬を赤くさせたジョルジュは「えっと……」と幾らか視線をさ迷わせた。けれどその瞳が再びぶつかった時、意を決して口を開いた。


「僕でよければ、こちらこそお願いするよ、アン」


 ジョルジュの返事にアンゼリカはそっと目を細めた。売り言葉に買い言葉、そんな流れからの告白でも気持ちは紛れもない本物。友人という枠に収まっていた二人は漸くそこから一歩踏み出したようだ。  だがこれまでもそれっぽい雰囲気はあったので漸くという感じでもある。
 ……といっても、そんな雰囲気がありながらも未だに片恋を続けている友人がすぐ近くにいるわけだが。


「さて、これで残っているのは君達だけだね」


 もう人のことは言えなくなっただろうと言わんばかりの表情を浮かべられてクロウは顔を顰める。確かにその通りなのだが、さっきの今でこうなるなんて誰が予想出来るのか。こんなことがなくてもいずれはくっつきそうな二人だったけれど、まさかこのような形でゴールを迎えるとは思わなかった。おそらくジョルジュもクロウと同じような心境だろう。


「あのトワから本命チョコを貰っておいて、まさかとは思うが気付いていないわけではないだろうね?」


 本人達は両思いであると知らなかったとはいえ、アンゼリカもジョルジュも二人が両思いであることは知っていた。そのことでアンゼリカがクロウをからかったこともしばしば。また何も進展がなかったのかと、これまで何度そういった話が出たことか。この間のバレンタインでトワは本命チョコをクロウに渡したわけだが、流石に本命を貰えばトワの気持ちをクロウも理解するはずだ。これで気付いていないはずがない。
 そう思って尋ねると、クロウは気まずそうに視線を逸らして短く肯定を返した。あまり肯定もしたくはなかったのだが、この状況で逃げるのは無理だと悟ったクロウは諦めて正直に答えた。


「本命だと知って受け取っておきながら何もしなかったなんて、奥手を通り越してただのヘタレだね」

「くっ…………」


 何も言い返せないのは全部図星だからだ。トワには勿体ないというその台詞もこれまで何度聞いただろう。私が男だったら良かったのにと話すアンゼリカに苦笑いを浮かべたのはジョルジュ、お前が男じゃなくて良かったと思ったのはクロウである。今でさえ沢山の女子生徒からの人気を一人で掻っ攫っている彼女が本物の男だったらどうなるのか、あまり想像したくない光景である。


「俺のことは別に良いだろ」

「何を言っているんだ。そのせいでトワが辛い思いをしているかもしれないのに」


 そっちかよと突っ込みはしなかったがアンゼリカらしい言い分である。本命を貰っているとバレている時点で隠すことなど何もないが、クロウだって好きで片想いを続けているわけではない。
 正直に言えば、バレンタインにチョコを貰った時は告白しようかとも思った。結局出来なかったからアンゼリカにヘタレだと言われても言い返せなかったのだが。


「……言われなくても分かってるよ」

「ほう?」


 居たたまれなくなったのか、クロウは徐に立ち上がると用事があったのを思い出したとだけ言って技術棟を後にした。そんな友人にジョルジュは苦笑いを浮かべるがこの状況では無理もないだろう。アンゼリカもさっさと出て行く友人を引き留めたりはしない。用事があるというのは嘘だろうがわざわざ引き留めるほどのこともない。
 技術棟を後にする友人を見送ってふうと一息。


「トワもどうしてあんなのが良いんだろうね」

「まあクロウだって努力はしてるんだから」


 後は見守ってあげようよと話すジョルジュになんだかんだでアンゼリカも頷く。
 正直なところ、二人のことはあまり心配していなかったりもする。バレンタインの話を聞いた時はどうしてそこまでいっておいて何も進展していないのかと思ったりもしたが、二人が両思いなのは一目瞭然なのだから後は勝手にくっつくだろう。これでくっつかずに卒業したら何をしているんだと言ってしまうかもしれないが、まあ大丈夫だろう。


「そうだ。君に相談したいことがあったんだが、後でちょっと良いかい?」

「こっちの作業は大体終わったから今でも大丈夫だよ」

「そうか。じゃあ早速なんだが」


 そうして話し始めたのは導力バイクの話だ。卒業まで残り僅かだが、それまでに導力バイクでやりたいことは全部試しておきたい。元々技術棟で二人がすることといえば導力バイクのことが殆どだったが、今は更にその頻度が上がっている。これをこうしたりは出来ないかと二人はまた試行錯誤を始める。

 一方その頃、技術棟を出たクロウはトリスタの街を歩いていた。さっきのあれはあの場をやり過ごす為の嘘であって本当に用事があるわけでもない。


「ったくゼリカのヤツ、好き放題言いやがって……」


 そうは思えど実際に何も言えていないのだから言い返すことも出来ない。どうしてアイツはあんなにあっさり言えるんだよと思ったが、ゼリカだしなと思えてしまうところがある。
 たった一言。たった二文字の言葉で伝えられるそれをいつ形にするのか。残された僅かな時間の中、一応ホワイトデーのことはこの前のバレンタインで触れた。バレンタインのお返しをする日、卒業間近に控えた二年生にとっては限られたチャンスの一つ。


(ホワイトデーか……)


 どうやって気持ちを伝えるか。トワの気持ちはバレンタインの時に聞いているも同然。となればやることはもう決まっているようなものだ。


(そういや、ホワイトデーってお返しにも意味があるとかいう話があったな)


 どこで聞いたのかは覚えていないけれどそんな話があったはずだ。確かクッキーはお友達、マシュマロは嫌いでキャンディーが好きという意味だったか。お返しをしておいて嫌いはないだろうと思うが、クロウが聞いた話ではそれぞれそういった意味があるという話だった。
 いくらお返しに意味があるからといっても渡すだけ渡して察してくれとは言わない。でも、そういうのも有りかもしれない。そして今度こそ、そう考えながらクロウは夕焼け色に包まれた街を歩くのだった。







今日の天気は快晴。寒い季節も終わり、これから徐々に暖かくなっていく模様。
春はもうすぐそこまでやってきているようです。