放課後、生徒会室に集まる生徒会役員達。全員が揃ったところで会議が始まり、色々な意見を出しながら議題を纏めていく。そして全ての議題について話し終えたところで解散。
 何てことはない、いつもの生徒会会議である。今日は他に仕事もなく、会議が終わったところで役員達は次々に生徒会室を後にしていく。だが会議が終わったというのに全く動く気配のない、それどころか珍しく会議にも集中していない様子の先輩が気になる。


「もう会議終わりましたよ、先輩」


 今まで通りで良いと言われているから基本的に敬語は使わない。だが、今はリィンの方が年上ということもあって敬語を使うことも少なくはない。他の生徒会役員の前だったり単にコイツの反応を見るのが楽しいからだったり、理由は様々だけど今回はどちらかといえば前者だ。とはいえ、俺達以外の生徒会役員はみんな生徒会室を出て行った後だけれど。


「え? あ、ああ。そうだな」

「珍しいですね。先輩が会議中にぼんやりしてるなんて」


 言えば青紫は気まずそうに視線を逸らしながら「ちょっと考え事をしてて」と返した。まあそうだろうなとは思っていた。今日のコイツは会議が始まる前からずっとこんな調子だ。一体そんなに何を考えていたのか。とりあえず話を聞いてみるかと俺はリィンの隣の椅子に腰かける。


「それで、どうしたんだよ。何か悩みでもあんのか?」


 普段通りの口調に戻して尋ねるがリィンはなかなか口を開こうとしない。何か前にもこういうことがあったよなと思って、それも確か生徒会室だったよなといつかの出来事を思い出す。あの時は俺が昔の記憶を持っているかどうか聞きたくて呼び止めたものの言い辛そうにしていたんだったか。
 コイツが今何を悩んでいるのかは知らないけれど、一人で抱えるぐらいなら言っちまえば良いのにと思う。あのリィンが会議にも集中出来ないほどの悩みって相当だろう。俺には言い辛いのか、と思うところもあるけどこっちも気になってしまうのだ。


「まあ無理には聞かないけどよ、俺に言いたいこととかあんなら言えよ」


 最近、というか少し前から時々コイツの視線を感じるようになった。こっちがリィンを見ているのはぶっちゃけ今更なことなんだが、リィンの方から見られるなんてことは今までになかったから気にもなる。
 純粋に悩みがあるなら聞いてやりたいっていう気持ちもあるけど、俺に対して何かあるならそれが気になるという気持ちもある。特に何かをした覚えはないが、リィンには何かがあるのだろうから。そもそも何もないなら人のことを見ていたりしないだろう。理由は全く見当がつかないが。


(いや、全くとは言えないか)


 もしかしてと思うことがなかった訳じゃない。でもほぼ確実に勘違いだろうから全くといってしまっても変わらないだろう。そんなことはあるはずがない。
 何を悩んでいるかは知らないが俺相手に遠慮をすることはないだろう。何でも言ってしまえば良い。コイツの性格からして、本当に自分では無理だと思うまで他人になんて相談しないだろうしな。お互いに遠慮する間柄でもないんだから俺には何でも言えば良いのに、なんて。俺としては思ってるんだけどな。


「…………クロウ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 どれくらい時間が経っただろう。吹奏楽部の楽器の音色や運動部の掛け声を聞きながら待っていると、隣から声が聞こえてきた。その声に視線をそちらに向ければ、リィンは変わらず視線を合わせてはくれなかったけれどどうやら話す気にはなってくれたらしい。そんな後輩に俺は「何だ?」とだけ聞き返した。
 しかし、すぐには次の言葉が出てこないようで生徒会室には再び静寂が訪れる。けれど俺は気にせずにただじっとリィンの言葉を待った。それから十秒近くが流れた頃、漸くリィンは重い口を開いた。


「最近、何か変なんだ」

「変?」


 変って何が、とそのまま俺は問う。いきなりそれだけを言われても全く話が見えてこない。おそらくリィン自身の話ではあるんだろうが、俺の問いに対してリィンは続ける。


「なんて言ったら良いのかな。こう、突然胸が苦しくなったり」

「……おい、それってまさか鬼の力とかが関係してたりするんじゃないよな?」


 俺達には前世がある。俺の方は特に変わったことはないけれど、あの頃の何かが今に影響を与えることがないとは言い切れない。まあ俺は元々特別な力なんて持っていないからそういう経験がなくて当然だ。
 けど、リィンには鬼の力があった。その力が今世でも何らかの形で現れたりしたのかと思ったのだが、それは多分違うとリィンは首を横に振る。


「そういうのじゃなくて、胸が締め付けられるっていうか……」


 鬼の力について俺は詳しくないけれど本人がそう言うのなら違うと考えても良いだろう。それじゃあ何が原因なのかを改めて考えようとして、リィンの言うそれらの症状に俺は「ん?」と疑問が浮んだ。


「なあ、一つ聞いても良いか?」

「ああ」

「それって、いつでもどこでも起こるのか?」


 俺の質問にリィンは頭上にクエッションマークを浮かべながら「いや」と否定した。じゃあどんな時にそうなるんだと続けて尋ねると、少し言い辛そうにしながらも「クロウを見てる時とか……」と言われた俺はどうすれば良いのだろうか。

 その症状に俺は一つだけ心当たりがある。ただしそれが正解かは分からない。けど仮にそれが正解だとしたら、もしかしてと思ったアレが当たっていたということにもなるんだけど。
 というか、それって本当にアレなのか? 俺の都合の良い解釈が入っているかもしれない。けどこんな症状を聞かされたらそう思いもするだろう。それ、恋っていうヤツじゃねぇの?

 しかし、あの頃も恋愛に関しては鈍いとは思っていたがここまでとは思わなかった。自分に向けられる好意に気付かないのもあれだが、自分の気持ちも理解していないというのはどうなのか。リィンらしいといえばらしいけれど。
 ……ま、全部俺の仮定が正しかったらの話だけどな。


「あの、クロウ?」


 黙った俺を不審に思ったらしいリィンが名前を呼ぶ。やっぱり何か病気なんだろうかと見当違いなことを言われても困るが、俺はこれをどう説明してやったら良いのか。
 ……つーか、俺はこれを説明してしまって良いのだろうか。仮定の話でも言ってしまって良いものか悩む内容だ。もしそうだとしても気付かないままの方が幸せなのかもしれない――なんてのは世間体を考えての建前である。本音はリィンが抱いている感情の答え合わせをしてしまいたい。何せこちらは前世からずっと拗らせているのだ。こんな機会はもうないだろう。


「心配しなくても病気とかじゃねーだろうから安心しろよ」


 迷った末に俺は建前を取ることにした。どうしてって、もしかしたら違うかもしれないのに俺が言って勘違いさせてもアレだろう。っていうのも建前だけど、俺はまたコイツと一緒にいられるだけでも十分だ。何の偶然かは知らないけど、平和な世界でまたコイツと一緒にいることが叶うのならそれ以上は望まない。そう思っただけのこと。色々拗らせてはいるけど、それでもこれは俺の本心だ。
 といっても、俺の仮定が正しかったとしたらある意味これも病と呼べるものの一種かもしれないな。恋の病という言葉もあるぐらいだ。でも今は余計なことは言わず、それっぽく説明しておくのが一番だろう。


「そうなのか? というか、クロウはこれが何だか分かるのか?」

「さあな。けどお前の話を聞いた限り何か害があるってほどでもねーし、大丈夫だと思うぜ?」

「これでも俺は真剣に悩んでいるんだが」


 俺だって真面目に答えていると言えば、はあと溜め息を吐かれた。ちゃんと答えてると思うんだけどな。この状況で何て答えるのが正解かなんて分からないが、正解があるというなら俺が知りたいくらいだ。全く、放課後の生徒会室に二人きりで何つー話をしてるんだか。


「さてと、そろそろ帰ろうぜ。生徒会が仕事もないのに完全下校時間守らなかったら何言われるか分かんねーぞ」


 一応これで話は終わりだろう。それなら早いところ帰ろうとそれらしいことを言って帰り支度を始める。支度といっても窓を閉めて鞄を持つぐらいだけど、実際に完全下校時間までもあと十五分ほどだし間違ったことは言っていない。このまま話を続けて余計なことを言いたくもないし、ここらが切り上げどころだろう。
 開けっ放しになっていた窓を締め、鍵と鞄を持ちながら「早くしろよ」と声を掛ける。リィンはあまり納得してないだろうけど、コイツの悩みを聞くはずが俺の悩みが増えたような気がする。

 ……いや、悩みでもないか。何も変わってはいないけど、何もなかった訳じゃない。あの視線の理由もリィンに直接聞けたことだし、これはこれで――――。


「クロウ!」


 考え事をしていたところで呼ばれて青紫を振り返る。その表情にやっぱり納得していないかと思いながら、けどそのことに気付かない振りをして俺は聞き返す。


「どうした、まだ何か…………」


 あるのか、と言おうとした俺の言葉はそこで止まってしまった。振り返った俺の胸にリィンが突然飛び込んで来たのだ。一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、これはどういう状況なんだろうか。
 一度冷静に状況を整理してみよう。リィンが俺の胸に飛び込んで来た。理由は分からない。うん、さっぱり分かんねぇな。けどこれ以上は整理するものもない。この状態じゃあリィンの顔も見えないし、とりあえず反応を見てみるしかないか。


「おーい、リィン君?」


 呼び掛けても反応はなし。流石にこの距離で聞こえていないということはないだろうけど、コイツがこんなことをするなんて珍しいというか意外というか。さっきのあの話のあとでこれというのはどういうことなんだと個人的には思ったりするんだけれども。まあおそらく深い意味なんてないんだろうが。


「………………クロウ」


 そんなことを考えていたところで漸くリィンが反応を示した。その声に何だとだけ返すと、リィンは「やっぱり、変だ」と言った。何が、と今度は聞く必要もないだろう。


「なあクロウ。クロウにはこれが何か、分かるんだよな?」


 そう言って青紫がこちらを見上げる。ああもう、どうしたら良いのか。無自覚というのは想像以上に恐ろしいな。コイツの場合、天然も入っているんだろうから余計に厄介だ。
 俺だって男だ。それに普通の人間なんだから好きなヤツにこんなことされて何も思わない訳がない。ここまでなんとか理性を抑えてきたけれど、理性にだって限界はある。
 もう何とでもなれと俺はすぐ下のリィンの顔を上に向けさせた。教えて欲しいというのなら教えてやるよ。たとえ後悔しても責任は取れねぇからな、と心の中で呟きながら俺は自分の唇をリィンのそれに重ねた。


「!?」

「……言っとくけど、俺はこうなる前に帰ろうって言ったからな」


 お前が悪いとまでは言わないけれど、明確な言葉は出さずにやり過ごそうとしたのもこれで全部無意味になった。だけどこれでも俺は頑張った方だろう。好きなヤツにこんなことを聞かれて、しかもそいつが好きなのは自分らしいというところまで分かっていて手を出さない方がおかしい。さっきと言ってることが違うって、一度やっちまったら開き直るに決まってるだろ。


「お前の言ってるそれって、こういうことなんじゃねーの?」


 男同士だとか世間体がどうだとか、この恋には様々な障害がつきものだ。でも好きになってしまった。再び出会ってしまった。決して結ばれることがないと分かっていてもその気持ちをなくすことは出来ない。傍にいることさえ望めなかったあの頃に比べれば、今はこうして手を伸ばすことも出来る。
 手を伸ばして、届いてしまう距離だから。そこは踏み越えずにただ傍にいることを望んだ。けどもう良いだろう。俺が引いていた境界線を越えてきたのはお前の方だ。ここまできて手を伸ばさないなんて、そんなこと出来る訳ない。


「俺はお前が好きなんだよ、リィン」


 ずっと好きだった。伝えるなら今しかない。行動に出てしまった以上、誤魔化すのも無理な話だ。だから告げる。あの頃から抱いていたその気持ちを。
 俺の言葉を聞いたリィンは青紫の瞳を大きく開いた。そりゃあ驚くよなと思う。いきなり同性の友人、元先輩で今は後輩の相手に告白されるなんて誰も思わないだろう。でもこれで、リィンの中にあった名前のないそれにも名前が付いたはずだ。


「お前は?」


 多分だけど、お前のそれも俺と同じものなんだろう。なんとなくそんな気はしていたけれど確証はなかったから今まで触れなかった。勘違いの可能性もあったし、俺の都合の良い解釈だっていう線も強かった。だけど今は、俺の都合の良い解釈が正しいんだと思えるからこそ尋ねる。


「…………そうか。俺、クロウが好きだったんだな」


 ぽつり、まるで自分に言い聞かせるようにリィンは呟いた。それから青紫の双眸が真っ直ぐにこちらを見たかと思うと、今度は俺に向けて同じ言葉を繰り返した。


「俺もクロウが好きだ」


 それはさっきの俺の問いに対する答え。名前のなかったその症状の名前は恋。俺の考えていた通りの答えがリィンの中でも出たようだ。
 ここまで鈍感だとは思わなかったけど、こうして気持ちが通じ合った今となってはそれもどうでも良いことだ。コイツの鈍くて天然なところに振り回されたりはするのかもしれないが、そういう発言はとっくの昔からだから今更気にすることでもない。今はただ、リィンが同じ気持ちでいてくれたことが嬉しい。


「後悔しても知らねーぞ?」

「しないさ。今にして思えば、クロウのことはずっと前から好きだったんだと思う」

「……そういうこと言うと、離してやれなくなるんだけど」


 言えば、リィンは一瞬きょとんとした顔を見せた後に「ああ」と肯定を返してくるのだからどうしようもない。でも、俺からの一方通行でないそれに幸せを感じる。自覚したのは今でも俺と同じ気持ちをコイツも抱いてるんだなと思いながら、未だに腕の中にいるリィンを俺はそっと抱き締めた。






(恋していたんだ、遠い昔から)
(誰より特別で、大切な、そんな悪友に)