「トワ」


 ライノの花が蕾を付け始めるそんな季節。二年生は卒業間近、生徒会長だった彼女も引き継ぎを終えて今日は真っ直ぐに寮に帰るところだったのだろう。見慣れた茶色い髪を揺らしながら歩くトワの姿を校門の傍で見付けて声を掛ければ、くるりと黄緑がこちらを見る。


「あ、クロウ君!」

「もう帰りか。トワがこの時間に帰るってなんか新鮮だな」


 言えばわたしもそう思っていたところだとトワは笑う。生徒会の引継ぎは昨日終えたばかり。今日から残り少ない学院生活はこの時間には下校出来ることになるけれど、この学院生活で長いこと生徒会に所属していたトワがこの時間に帰ることは殆どなかった。いつも生徒会の仕事で学校に残り、時には日が暮れてからも仕事をしていることもあった。それらは好きでやっていたことだけれど、やはりこの時間に帰るというのはなんだか不思議な気分である。


「クロウ君も今から帰り?」

「まあな。俺は部活もやってねーし、いつも好きな時に帰ってるけど」


 技術棟に行ってジョルジュ達と話していることもあれば、ふらっと屋上に行って過ごしていることもあるし、トリスタの街で子供達の相手をしていることもある。自由気ままに過ごしているクロウがこの時間にこの場所にいることは割とよくあることである。部活に所属していない生徒達はみんな似たようなものだろうが、今日も特に用事のなかったクロウは授業が終わって真っ直ぐにここまで来た。
 ――――まあ、今日は帰るために授業が終わるなり外に出てきたわけではないのだが。これから探そうと思っていた相手に会えたのは丁度良かったというべきだろう。


「それじゃあたまには一緒に帰らない?」


 クロウの考えていることなど知らないトワはそう言って赤紫を見る。それにクロウも「そうだな」と答えて二人はどちらともなく歩き始めた。








 学院を出て二人が暮らしている第二学生寮までは割とすぐだ。そもそも学生寮が学院の近くにあるのだから当然といえば当然。今年新設されたばかりの特化クラスが使っている第三学生寮だけは別だが、第一学生寮と第二学生寮はどちらも学院から五分と掛からない距離だ。他愛のない話をしながら歩いていればあっという間に寮の前まで辿り着く。


「話しながら歩いてるとすぐに寮まで着いちゃうね」


 見慣れた寮の前で一度立ち止まる。ただでさえ短い距離ではあるが、こうやって話しながら歩いていると余計に短く感じる。楽しい時間は早く感じるというが、本当にすぐに寮まで着いたものである。


「元々遠くもないしな」

「でも、クロウ君と久し振りに一緒に帰れて楽しかったな」


 ガチャっとドアを開けた先のエントランスには誰も居ない。まだ放課後になったばかりということもあり、寮に戻っている人も少ないのだろう。寮自体がとても静かだ。もう暫くすればぽつぽつと寮に戻ってくる人も増えるのではないだろうか。


「じゃあ、また明日ね」


 学院から寮まででは短すぎて話し足りない気もするけれど、寮に着いてしまったのだから仕方がない。ここで引き留めるのも変な話だろう。そう思ったトワはにこっと笑って別れの挨拶を口にした。
 だが、そんなトワをクロウは引き留める。


「あ、ちょっと待ってくれ」


 そう言ってクロウは鞄の中から何かを取り出すと、ほらよとそれをそのままトワに向かって放り投げた。
 突然何かを投げられたトワはなんとかそれを受け取り、その様子にクロウが「ナイスキャッチ」と感嘆の声を上げる。だがあまりに唐突なそれにトワは「もう、いきなり投げないでよ!」と正論を口にする。ゆるやかな弧を描いただけとはいえ、物を投げるのはあまりよろしくないことだ。


「悪ィ悪ィ。けどちゃんとキャッチ出来たんだし、問題ないだろ?」

「そういう問題じゃないの!」


 謝る気があるのか分からない謝罪に全くもうと思いながら、トワは今し方受け取ったそれに視線を落とす。いきなりのことに驚いてついそっちに気がいってしまったけれど、クロウは一体何を渡したのだろう。
 そう思って自分の手に収まるそれを見てみると、そこにあったのは小さな袋だった。きちんとリボンでラッピングされたそれにトワは小首を傾げる。そんなトワの様子を見たクロウはさり気なく視線を逸らしながら話す。


「ほら、バレンタインにはチョコ貰っただろ? だからそのお返し」


 言われてトワは今日が三月十四日であったことを思い出す。最近は生徒会の最後の引継ぎでバタバタしていたこともあり、ホワイトデーのことが頭から抜けてしまっていた。でも確かに今日はホワイトデーで、バレンタインには目の前の友人にもチョコレートを渡したのだ。友達としてだけではない、そういう意味のチョコも彼には渡していたはず。


「あ、ありがとう!」


 そうだ、一ヶ月前のあの日。思い切って渡したチョコレートを彼はちゃんと受け取ってくれた。それで一ヶ月後の今日を楽しみにするように言われて、トワも今日という日が来るのを内心ドキドキしながらも楽しみにしていた。あまりに忙しくてホワイトデーが今日だということをうっかり忘れていたが、クロウの方はしっかりと覚えていたらしい。


「それで、お前に言いたいことがあるんだけど……」


 クロウの言葉にトワはドキッとする。ホワイトデーというのはバレンタインのお返しをする日であり、バレンタインの返事をする日でもあるのだ。トワが渡したチョコレートの返事はまだ直接彼から聞いていない。あの時、なんとなくお互いに相手の気持ちは理解したけれどそれだけ。
 ふうと一つ深呼吸をし、それから赤紫が真っ直ぐに黄緑を見つめる。真剣な顔でトワを見たクロウは意を決して口を開く。


「トワ、俺はお前が好きだ」


 余計なことは言わず、ただストレートにクロウは告げた。一年生の頃から抱いていたその気持ちを。その為に今日、クロウはトワを探していた。
 そうしたらトワが門の傍に居るのを見つけ、そのまま一緒に寮まで帰って来た。探していた理由にはバレンタインのお返しをする為というのもあったが、今日こうやって告白する為でもあった。バレンタインの時は結局言うことが出来なかったから。
 でも、バレンタインにトワはチョコレートという形で気持ちを伝えてくれた。それなら自分も正直にその気持ちに答えるべきだろう。それが礼儀であり、男としてはっきりさせなければいけないところだ。


「だから、付き合って欲しい」


 はっきり告げられたその言葉にトワは胸の内が熱くなるのを感じた。それはトワがずっと望んでいた言葉。そうなりたいと願っていた言葉で、バレンタインにチョコレートという形で伝えたかったモノ。


「…………うん。わたしで良ければ喜んで」


 ほんのりと頬を朱に染め、柔らかな笑みを浮かべてトワはそう答えた。長いこと恋心を胸に秘めていたのはトワも同じ。彼を好きになったのは一年以上も前のことだ。
 けれどお互い相手にそれを伝えることはせず、友達として他の仲間達と一緒に笑って過ごしていた。どうしてと聞かれても困るが、気持ちを伝えるということは勇気のいることだ。そう簡単に出来ることではない。でも、その気持ちは本物だったからこそ伝えようと決めた。そして、今この時がある。


「わたしも、クロウ君が好きだから」


 トワが言えば、クロウもの頬も微かに赤へと染まった。
 気持ちを言葉にして伝えられるというのはこんなに幸せなんだなと、思ったのはどちらだろうか。それが自分と同じ気持ちで、思いが通じ合ったのだから尚更。漸く実った恋が嬉しくない訳がない。


「それじゃあその、なんだ。これからもよろしくな、トワ」

「こちらこそよろしくね、クロウ君」


 どちらともなく差し出した手を握り、二人はお互いに相手の顔を見て自然と微笑みを零した。心臓は今もドキドキと高い音を鳴らしている。だけど、それは今が幸せであるということ。






Happy White Day

「わあ、キャンディだ! カラフルで綺麗だね」
「なあトワ、ホワイトデーのお返しにはそれぞれ意味があるって知ってるか?」
「お返しの意味?」
「そ、ホワイトデーのお返しの意味ってのは……」