「えっと……リィン、遅いね」


 今日はフィールドワークのために集まることになっていた。しかし、集合時間になっても一人だけなかなか現れない友人にエリオットが口を開く。


「ぶっちゃけ迷子じゃない?」

「やっぱり大学に集合する方がよかったかしら……」


 みんなが思っていたことを声に出したフィーにアリサも同意するように言う。
 大学に一度集まってから移動するか、それとも現地集合にするか。話題に上がったのだが、現地集合の方が効率がいいという話にまとまったのはリィンも含めた全員の意見が一致したためである。
 本当に大丈夫なのか、と尋ねた周りにきょとんとした表情で大丈夫だと答えたリィンは集合時間を三十分過ぎても現れない。やっぱり大丈夫じゃなかったなと誰もが思ったのは、前にもリィンが迷子になったことがあったためだ。


「だが大学とここは結構離れているから一概にそうとは言えないだろう」

「まあ今更それを言っても仕方ねぇしな。諦めて待つしかないだろ」

「それとも探しに行く?」


 マキアスの言葉にクロウが返したところでフィーが短く尋ねる。このままここで待っていてもリィンがいつくるか分からない。確かにそれも一つの手段だろう。
 一応、リィンからは集合時間の少し前に連絡があった。どうやら迷子の女の子のお母さんを探すのを手伝っていたから遅れてしまうという話だった。その時に本人は多分近くまできていると話していたのだが、そこからどこへ行ってしまったのか。

 そう考えていたところでクロウは自分に視線が集まっていることに気がついた。


「何でこっちを見るんだよ」

「みんなで動いて行き違いになっても困るじゃない」

「なら誰かが一人残ればいいだろ」

「しかし、こういうのは適材適所というだろう」

「手分けしても結局クロウが見つけるしね」


 これまでの経験から迷子だと思われるリィンの捜索を一人に任せようとする友人たちにクロウは溜め息を吐いた。
 探すのならみんなで探した方が早いという意見はこの場合、通らないのだろう。


「……わーったよ。探しに行けばいいんだろ」


 クロウが折れると仲間たちはよろしくと話す。もしリィンがきたら連絡を入れるからという言葉に再度溜め息を吐きながら、クロウは迷子になっている友人を探すべく街中へと歩き出した。



□ □ □



「見つけたぞ、リィン」


 毎度毎度迷子になりやがって、と呟くと「クロウ!?」とリィンが青紫の瞳を大きく開いた。
 まさかこんな方にはいないだろうと思った方向に行くと何故かリィンが見つかる。これまでの経験から今回もそうなのではないかと思った通り、リィンは集合場所とは全く違う場所を彷徨っていた。


「どうしてクロウがここに……」

「お前がいつまで経っても集合場所にこないからだろ。ほら、行くぞ」


 また迷子になったら敵わないとその手を取ると「引っ張らなくても大丈夫だから」と抗議される。まあ一緒に歩いていれば変な方向に行ったとしてもすぐに分かるかとクロウも掴んでいた手を離す。
 そうして今度こそ集合場所へと向かって二人で歩き出す。もちろん、リィンを見つけたことは友人たちに連絡を入れた。よかったと安心したエリオットの傍でやっぱりクロウが見つける方が早かったねというフィーの声も聞こえてきて、自分が探している間に何の話をしていたのかと突っ込みたくなったが「あと十五分くらいで戻る」と伝えて通話を切った。


「なあ、何でクロウはいつも俺の居場所が分かるんだ?」


 リィンの質問にクロウは視線を隣へ動かす。


「さあな。なんとなくこっちかって逆方向に進んで行くと見つかるだけだぜ」

「……逆に行っているつもりはないんだが」

「実際、逆方向に進んでんだよ。いっそお前が思うのと反対に進めばいいんじゃねーの?」


 そうすればきっと正しい方向になる、と言えば「それはそれで複雑だ」と返される。でも一度やってみれば本当に成功するのではないかと思うくらい、リィンは毎回目的地とは逆方向に進んでいるのだ。


「しかし、お前もお前でよくいつも迷子になれるよな」

「別に好きで迷子になっているわけではない」

「そりゃあそうだろうが、方向音痴なのは間違いねぇんだからもう最初から誰かに頼めよ」

「でも」

「迷子になってるお前を探すよりそっちの方が早いし確実だしな」


 クロウの言葉にリィンは口籠もる。
 こうも迷子になっていると流石に言い返せなくなったのだろう。


「何なら俺が家まで迎えに行ってやろうか?」


 冗談交じりに言うと「え?」とリィンは目を丸くした。それから「クロウが?」と聞き返してきた。
 そんなリィンにその方が探す手間も省けるだろと言えば、リィンは少し考えるようにしてからこくりと頷いた。


「……それじゃあ頼んでもいいか?」


 その発言に驚かされたのはクロウの方だ。
 ぱちりと目を瞬かせると「クロウが言ったんだろ」とほんのりと頬を赤く染めたリィンはふいと視線を逸らした。


「俺だって毎回みんなに……クロウに迷惑をかけるわけにもいかないし」

「いやまあ、そこまで迷惑だとも思ってねーけど」


 もう慣れたしな、と続けると再び青紫がこちらを向く。
 ああは言ったものの正直なところ、リィンを探すのは面倒だとは思っていない。いつも迷子になっているのもある意味すごいと思うけれど、こうして探す時間や一緒にいる時間は嫌いではないのだ。


「だがお前が言うなら迎えに行ってやるよ」


 家まででもどこまででも。そのように伝えると「駅までは行けるから」とリィンは言った。流石に家まできてもらうのは申し訳ないらしい。
 俺は気にしないけどなと思いつつ、リィンの答えに分かったと頷けばありがとうとお礼が返ってくる。迷子を探す役目がなくなるというのもちょっと寂しい気がするが、これはこれでいいだろう。










fin