もしも世界が明日で終わるとしたら。
「クロウなら、どうやって過ごす?」
どこかで聞いたことのあるフレーズだなと思う。一体どこで聞いたのたか。最近のことだと思うけど、と考えたところでリィンの手元にある本に気が付いた。それを見て、そういえば最近人気の大衆小説がそんなキャッチコピーを掲げていたことを思い出す。
「何だ、お前もあの本読んだのか」
「この間の依頼でよかったら読んでみてくれって貰ったんだ」
世界の終わりが予言され、残り少ない時間で主人公達がどう過ごすのか。確かそういった内容の物語だったはずだ。書店でも大きなポスターが貼られ、導力ラジオでも取り上げられていた記憶がある。本のタイトルや内容と一緒に紹介されるそのキャッチコピーも何度か街中で見掛けている。
――もしも世界が明日で終わるとしたら、貴方はどう過ごしますか?
主人公らしき少年少女が背中合わせになっているポスター。舞台は自然豊かな田舎町だったか。もし世界が終わるとしたらねぇ、とクロウは考えてみる。
「別に何も、いつも通りに過ごすかな」
主人公達の状況を自分に置き換えてみて辿り着いた答えがこれだ。特別したいこともなく、どこか行っておきたい場所があるわけでもない。たとえそれが最後の一日だとしても、否、それが世界最後の日だからこそ、いつも通りに過ごしたいとクロウは思った。
「何かやりたいこととかないのか?」
「ねぇな。つーか、今がやりたいことやっているようなモンだろ」
ここに来るまでに本当に色々なことがあったが、それを乗り越えて現在は新米遊撃士として各地を回っている。遊撃士になることを決め、そのまま一緒に準遊撃士の資格を取った時から二人は組んでいる。今では簡単な依頼であれば一人でこなすこともあるけれど、大抵は二人一緒に依頼を引き受けることが多い。そうやって過ごす毎日は大変なこともあるけれどなかなかに充実している。
「それに、いつも通りに過ごすならお前も一緒だしな」
言って青紫を見れば、どうやらきちんと意味は伝わったらしい。一瞬きょとんとした顔を浮かべたリィンはすぐに柔らかな笑みを浮かべて「そうだな」と返した。
世界の終わりの日に依頼が入ってくれば二人は遊撃士としてそれを引き受けるだろう。何も依頼がなかったとしても今と同じように二人で一緒に居るであろうことはまず間違いない。何故なら仕事の同僚である以前に自分達は恋人という間柄でもあるのだから。
「俺も、クロウと一緒に過ごせたら良いと思ったんだ」
これが先程の問いに対するリィンの答えなのだろう。
リィンも依頼人から貰った本を一通り読み終えた時に自分だったらどうやって過ごすかと考えてみたのだ。そうしてぱっと思い浮かんだのが最後の日もクロウと一緒に過ごせたら、という願いだった。それならクロウはどういう答えを出すのかと気になり、冒頭の台詞へと繋がったわけだ。
「じゃあ最後の日はリィン君を独り占め出来るワケだな」
「依頼があれば引き受けるんだろ」
「そうだとしても世界が終わる最後の瞬間は傍に居てくれんだろ?」
たとえ何らかの依頼を引き受けたのだとしても世界が終わる瞬間まで仕事をしているとは考え難い。仮にそのような事態になっていたとしてもその瞬間、二人が別々の場所に居ると言う可能性はほぼないのだ。最後の時を一緒に過ごせるのなら、その時間だけでもリィンを独占出来るなら十分だとクロウはそう話す。
相変わらずなクロウにリィンは全くと思いつつ、しかしこれでもそれなりに長い付き合いをしてきているのだ。毎度毎度言われてばかりというのも面白くない。だから。
「……それなら、クロウのことは俺が独占して良いんだよな?」
言えば、赤紫の瞳がいつもより大きく開かれる。予想外の切り返しに驚いたのも束の間、すぐに口角を持ち上げて「ま、それが恋人の特権ってヤツだしな」と言いながら左手を伸ばす。その左手がリィンの頬に触れてから唇が重なるまでの時間は僅か数秒。
「どうせならこういうことをしてくれても良いんだぜ?」
これも恋人の特権なのだから。そんな風に話すクロウにリィンは「それは……」とほんのりと頬を朱に染めながら僅かに視線を逸らす。
こういう関係になって早数ヶ月、まだ一年には満たないとはいえ半年は経っているだろう。こういったことは基本的にクロウからでリィンの方からアクションを起こすことはあまりない。といってもリィンがクロウを好きであることは見ていれば分かるし、単に自分からそういうことをするのには照れや恥ずかしさがあるということも分かる。今の関係に不満など一切ないが、こういう話題になったついでにクロウは提案してみる。
「けどまあ、無理にとは言わねーから安心しろよ」
ぽんぽんと頭を撫でる恋人に「クロウ!」と名前を呼んでリィンが顔を上げる。頭の上に置いていた手を下ろし、意を決したような表情を浮かべるリィンを不思議そうに見る赤紫がさっきよりも真ん丸になったのは間もなくのことだ。
「俺だって、クロウのことはちゃんと好きだから」
赤く染まったままの頬で真っ直ぐに見つめてくる青紫の双眸。言葉や行動にするばかりが全てではないけれど、言葉や行動にすることで伝わることも確かにある。思い切って自分から唇を寄せたリィンははっきりとそう言った。
「……バーカ、んなこと言われなくても分かってるよ」
言いながら大きな腕がリィンの体を抱き寄せる。それからすっげー嬉しい、と呟くように零される。ちらりと視線を上に上げると、珍しくクロウの頬に朱が乗っているのが見えた。
言わなくても伝わることはある。クロウはリィンが言葉にしなくともちゃんと好きであることを分かってくれている。でも、言葉にしたり行動にすることでしか伝わらないこともある。いつもはクロウに貰うばかりだからと思い切って行動に移してみたのだが、新鮮なクロウの反応にリィンは自然と頬が綻ぶ。
「これからは俺も出来るだけ言うように努力するから」
「ならついでに毎日おはようのキスからおやすみのキスまでやるようにするか」
それはいきなりハードルが高くないかと困惑する相棒にクロウは冗談だと笑う。もっともクロウは本気でそれを日課にしても良いとは思っているのだが、漸く伝えるところにきたリィンにはまだ難しいだろうことは想像に容易い。だからそこは一歩ずつ、またいずれの話にしようというのはクロウの心の内である。
「なあ、今度の休みは久し振りにどこか行かねぇか?」
「それならこの前ラジオで言ってた――――」
いつも通り、当たり前の日常を大切な人と過ごせればそれで良い。そう話した二人だけれど、たまには特別な人と一緒に出掛けるのも悪くない。
何せ世界は明日で終わるわけではないのだ。まだまだ続いていく世界で大切な人と多くの時を過ごし、沢山の記憶を作っていこう。
もしも明日世界が
(終わろうと、リィンがいればそれで良い)(終わるのなら、クロウと一緒に過ごしたい)