「頼むよ! 今は他に人もいないしさ」

「って言われてもな……」


 一通りの依頼をこなして遊撃士協会に戻ると受付で二人が何やら話をしていた。どうかしたのだろうか。そう思いながらリィンは彼らの元へ近づく。


「よう、お疲れ」

「何かあったんですか?」

「お前には関係ねぇことだから気にすんな」

「何言ってるんだクロウ! 君が無理なら他を探さないといけないんだぞ!?」

「俺以上にこいつの方が無理に決まってんだろ」


 全く話が見えてこないけれど、依頼のことで揉めているのだろうか。だが、依頼をクロウが断るというのも珍しい。
 わざわざ断るような依頼などあまり思いつかないのだが、その上でリィンの方が無理と言われるのはどんな内容なのか。今戻ったばかりのリィンには状況がいまいち掴めないが、依頼があって他に人がいないというのなら自分のやるべきことは一つだろう。


「えっと……よく分かりませんが、他に人がいないのなら俺が引き受けますよ」

「あ、バカ!」

「本当かい!? よかった。今は君たちしか空いていなくてね」


 対照的な反応を見せる二人にリィンの頭上にはますます疑問符が増える。はあ、と聞こえた溜め息に振り向くと、相棒は呆れた表情でこちらを見ていた。


「お前な、せめて依頼の内容を確認してから引き受けろよ」

「でも他に人がいないのなら俺たちのどっちかが引き受ける必要があるだろ?」

「どんなに緊急の依頼でも俺たちには無理なんだよ」


 自分たちには無理、ということは依頼人が女性を指名しているという話だろうか。でも、それならそもそもクロウやリィンに話を持ち掛けることもしないだろう。単純に難易度の高い依頼という話ならば、二人にはまだ無理だと言われることはあってもクロウが断る理由が分からない。
 はあ、とクロウはもう一度盛大に溜め息を吐いた。


「じゃあお前、今から知り合いの美人に頼んで依頼に協力してもらえるのか?」

「は?」

「いや、その辺で可愛い子を引っ掛けるって手もあるか」

「……ちょっと待ってくれ。何の話をしているんだ?」

「依頼の話だろ」


 言いながらクロウは持っていた紙を差し出した。そこに書かれていたのは、今夜行われる裏世界のパーティの概要。
 どうやらこれは潜入調査の話だったようだが、受け取ったそれを上から読んでいく。そして、漸くリィンはクロウの言いたいことを理解した。このパーティはカモフラージュのために全員がカップルで参列することになっているらしい。
 そこまで読んだところでリィンは視線を相棒から横へと動かす。その意味を悟ったのだろう。ぱん、と彼は顔の前で両手を合わせた。


「頼むよ! このパーティで別件の裏が取れそうなんだ!」

「できることなら俺も力になりたかったんですが……」


 事情を話せば協力してくれそうな仲間がいないわけではない。しかし、時刻は既に夕方。パーティの時間までにここに来られる知り合いはいない。かといって、街で協力者を探すのも簡単な話ではない。
 この機会を逃したくないという気持ちもよく分かるのだが、相手がいなければパーティに潜入することもできない。こっそり潜入するのは非常に困難であるため、二人も頭を悩ましていたわけだ。


「やっぱり、どこからか潜入方法を探してみるっていうのは無理なのか?」

「まあ俺らが行くならそれしかねえだろうな。どんなに警備が厳重でも現地に行ってみれば何かしら見つかるかもしれねぇしな」


 何もしないよりはマシだろうと話すクロウに「そうだね……」と彼も頷く。
 それなら一先ず周辺の地図やこの件に関する資料を確認しようとした時のことだ。あっ、と。唐突に零れた声に動き出そうとした足を止めた。そして二人が振り向くと、彼はリィンとクロウの二人を交互に見て何やら大きく頷いた。


「リィン君、引き受けてくれるっていう話だったよね?」

「え? でもそれは協力者を探すのが難しいから……」

「二人がパーティの参加者として行ってくれればその問題は解決だよ」

「いや、だからこのパーティの参加者はカップルじゃないといけないって話じゃ……」

「あー……なるほどな」


 そう言ったクロウも何かに納得したようだった。体のラインが隠れるドレスを見繕えばいけるか、という相棒の発言を聞いたところでやっと、リィンは自分の置かれた状況を察した。


「待ってくれ! それこそ無理があるだろ!?」

「リィン君なら大丈夫だよ!」

「心配しなくてもバッチリコーディネートしてやるから安心しろよ」


 どうしてか既に二人の間ではこの方法で決定しているようだが、全然大丈夫じゃないし全く安心できない。
 どう考えても無理があるだろうと思うのだが、資料はまとめておくからという言葉に「おう」と頷いた相棒に手を引かれたリィンは今夜のパーティ衣装を探しに行くことになるのだった。











fin



この後、リィンが女装して潜入調査をすることになります。リィンが参加者に声を掛けられることがあってもクロウが守ってくれるわけですが、リィンなら自分でもどうにかできそうな気もしますね。