「愛してる」
突然耳に届いた言葉に時が止まった。
いや、正確にはリィン自身の手が止まっただけだった。
目の前の蛇口からは今も変わらずに水が重力に従って流れ落ちていた。水は食器を伝い、洗剤の泡と一緒に流れる。だが、泡が落ちた食器にも水はいつまでも降り注ぐ。
暫くしてはっとしたリィンは、勢いのまま流れていた水を止めて振り返った。
そこにいるのは幼い頃からの友人でありルームメイト。それ以上に幼馴染みといった表現が自分たちの間柄を説明するのに一番分かりやすい相手がソファに腰を掛けている。
さっきまで読んでいたと思われる雑誌はソファの横に置かれていた。いつから赤紫の瞳はこちらを映していたのだろうか。
食事の支度はこの幼馴染みがしてくれたから片付けは自分が、と食器を下げた時にはその雑誌に手を掛けていたはずだった。
そもそも、この幼馴染みは今、なんと言ったのか。
「すまない、何か言ったか?」
洗い物をしていて聞こえなかった、という風を装って聞き返す。冷静になれといくら自分に言い聞かせてもトクトクと心臓が音を立てているのが分かる。
ふっと、その瞳が細められた瞬間。もう駄目だと思った。
「愛してる、リィン」
さっきよりも優しく、甘い言葉がリィンの耳に届く。柔らかな笑みを浮かべる幼馴染みに、リィンは胸に込み上がるそれを抑えるように拳を握った。
その拳をそっと、いつの間にかリィンの傍へと移動したクロウの手が包む。
「ずっと前から、お前が好きだった」
「…………」
「なあ、今日が何の日か。分かるか?」
桜の花が描かれたカレンダーの日付。それを見たリィンは「ああ、そうか」と納得した。そしてこの幼馴染みらしいとも思った。
今日は、俺たちが出会った日。
「これからもずっと、俺と一緒にいてくれないか」
そう言ったクロウはゆっくりと広げたリィンの手のひらに小さなリングを乗せた。
本当、出会ったあの日から。この幼馴染みには驚かされてばかりだ。
「……俺も、クロウが好きだ」
静かに深呼吸をしてからそう告げると、クロウは「そうか」と微笑んだ。その表情にはたくさんの想いがあふれていた。
きっと、俺は今。
世界で一番の幸せ者かもしれない。
fin
『愛してると言われたら』という診断メーカーをお借りしました。
【愛してると突然言われ、驚きで動きが止まった。今、なんて?努めて冷静に聞き返しても相手は変わらぬ調子で、愛してる、と言って笑うだけ。ああもう、だめだ。きっと今世界で一番の幸せ者かもしれない】