手配魔獣の退治をするために街道に赴き、無事に魔獣が沈黙したことを確認して街に戻ろうとした時のことだ。偶然目に入ったそれに一瞬だけ足を止めたのは。
「どうした?」
ほんの僅かな時間だったというのにすぐ傍にいた相棒はそれに気がついて足を止める。そのため、リィンもまたそのまま歩こうとしていた足を止めた。
「いや。大したことじゃないんだが、前に本で見た花が咲いてたから」
「花?」
言われてクロウはリィンが先程見ていた方向へと視線を向ける。そこには確かに白く小さな花が大きな木の下でちょこんと花を咲かせていた。
「イカリソウっていうらしい。花の形が錨に似ているからそう呼ばれるようになったみたいだ」
「へえ、よく知ってんな」
「前に読んだ本に書いてあったんだ」
ふーんと言いながらクロウはそのイカリソウという花を観察する。言われてみればこの花は船の錨のような形をしているかもしれない。本当に見たままに名前が付けられた花なんだなと思いながらクロウの視線は再びリィンに戻る。
「それで?」
疑問形で尋ねられたそれにリィンは「え?」と更に疑問で返す。一通り花の説明はしたつもりだったのだけれど、まだ何か気になることでもあったのだろうか。
もし気になることがあるのだとしても、リィンも以前軽く読んだだけの知識しかないためにあまり答えられる自信はないのだが、聞き返されたクロウは青紫を真っ直ぐに映しながら先程の問い掛けの補足を加えた。
「覚えてるっつーことは、他にも何かあるんじゃねぇの?」
鋭い指摘にあっと思わず声が零れそうになる。しかし寸前のところで止めたリィンは「たまたま覚えていただけだ」と答えた。実際、覚えようとして覚えていたわけではないから嘘は言っていない。それをたまたま覚えていた理由は、思い当たる節がないこともなかったけれど。
それを聞いたクロウは特に追求することもなく、じゃあ街に戻るかと歩き出した。そのことにリィンは心の中でほっとする。だが不意に、クロウは言った。
「そういや、イカリソウって薬草でもあったよな?」
博識な相棒の発言にリィンは記憶にある本の内容を思い出しながら少々遅れて頷く。どこかで聞いたことあると思ったんだよなと言いながらクロウはそのまま足を進める。
「ついでだし持って帰るか?」
「……クロウって薬も作れるのか?」
「いや、全然。簡単な傷薬ぐらいなら作れるが」
「それなら持って帰っても意味はないだろ」
でも傷薬は作れるのか、と相変わらず色々なことを知っている友人にリィンは敬服する。また一つ、知らないことを知った。けれど、何でも知っているようなこの友人に知らないことはあるのだろうかと逆に気になってくる。
言えばきっと、知らないことの方が多いとでも返ってきそうなものだが、いったいどれほどの知識を身に付けているのか。もちろん今回のようにクロウが知らなくてリィンが知っているということも少なくないのだが――と思ったところでリィンは隣を見た。そして目が合った友人が緩く口角を持ち上げたのを見てリィンも悟る。
「…………知ってたのか」
「言われて思い出した、が正解だな。見たのは初めてだぜ」
その言葉に嘘がないことはさっきまでのクロウの反応を見れば分かる。しかし、思い出したということはクロウもこの花について少なからず知識を持っているということだ。つまり。
「なあ、本当にお前が覚えてたのはたまたまか?」
もうほぼ確信を持って聞いているだろうそれにリィンもついに諦めた。何せ誤魔化しが効くような相手ではない。そのことを知らなかったのならまだ、誤魔化せたかもしれないが知っているのであればどうしようもないだろう。
だから、リィンも真っ直ぐに赤紫の双眸をその瞳に映した。
「クロウのせいだろ」
何が、なんて今更言わないけど。
リィンの言葉を聞いたクロウはククッと喉を震わせて笑う。それは悪かったなと言ったそれがどこまで本気かは分からないけれど、一度瞼の下に隠れたその瞳が再び現れた時の色を見たらそれ以上の言葉なんて出てこない。だって。
「けど安心しろよ。俺はお前を離すつもりなんてこれっぽっちもねぇからよ」
「……当たり前だ」
こんなにも嬉しそうに、恋人が笑うから。
俺だって一度つかまえたお前を離すつもりなんてない、と。リィンも胸の内でそっと呟いた。
fin
『CP向け花言葉ったー』という診断メーカーをお借りしました。
【紅葉 秋菜のクロリンにぴったりの花はイカリソウ(あなたをつかまえる・君を離さない)です。】