「すごい星だな」
流星群を見よう、と近くに街道に足を伸ばし、見上げた空には幾つもの星が光り輝いていた。思わず零れた感嘆の声に「そうだな」と隣から相槌が返る。
「ピークはもうちょいあとか」
「たくさんの流れ星が見れるんだよな」
この空に輝く星が流れ落ちる。それは一体どのような景色なのだろうか。
もちろん、流れ星というものは知っている。けれどリィンは実際に流れ星を見たことがなかった。だから今日は流れ星を見られるかもしれないことが純粋に楽しみだった。
「何か願い事でもしたいのか?」
そんな浮き足だった気持ちが伝わったのか。隣の友人は柔らかな表情でこちらを見つめた。
――流れ星が消えるまでに三回願い事を言うことができたら、その願いが叶う。
そのような話はリィンも聞いたことがある。けれど、流れ星が見えるのはほんの一瞬。だからこそ、その短い時間に願い事を三回言えたら叶うといわれているのだろう。真偽のほどは定かではないが、おそらくこれは大多数の人が知っている話だ。
「クロウはどうなんだ?」
「俺は星に頼むようなことはねーな」
質問に質問で返したことも気にせず、そう答えたクロウの視線は空に向かった。それを追い掛けるようにリィンもどこまでも続く空を視界に映した。
「んで、お前は?」
それから再び投げかけられた質問にリィンは少しだけ考えて答えた。
「うーん……俺も星にお願いしたいことはないかな」
「へぇ?」
「今日は流星群が見られるって聞いたから、せっかくならクロウと一緒に見たいと思っただけだよ」
そのことを教えてくれたのは星が好きなトワだった。天気がいいからきっと見られるよと言われてリィンが頭に浮かべたのはクロウだった。休み時間に会った時にその話をしてみると、それなら街道の方が光が少なくていいだろうと彼はすぐに頷いてくれた。
それから一日を終え、夕食を済ませてから頃合いを見て二人で街を出た。よさげな場所を探し、リーヴスから少し離れたこの開けた場所に腰を下ろしたのが数分前。
「クロウは、流星群を見たことはあるのか?」
変わらない景色を眺めながら尋ねる。街から離れた場所にいるため、聞こえるのは自分たちの声と自然の音色だけだった。
「ガキの頃に見ようとしたことならあるな。ま、その時は結局見られなかったが、こんな風に星を眺めるのは試験導入に参加した時以来だな」
「そういえば俺たちも特別実習でノルドに行った時にみんなで星を見たな」
あの時も流れ星は見られなかったけれど、普段よりもずっと近い空に感動したことはよく覚えている。クロウたちも同じようなことをしていたという事実になんとなく嬉しい気持ちになる。
先輩たちの試験導入が成功したからこそリィンたちⅦ組が発足し、今は第Ⅱ分校にⅦ組というクラスがある。みんな、ちゃんと繋がっている。それを改めて感じた気がしたのだ。
(あ……)
きらり。空の星が瞬く。
一筋の光が山の向こうへ消えていったのは本当に瞬く間の出来事だった。でも今、確かに流れ星が空を過ぎった。
「クロウ、今」
「ああ。ちゃんと願い事は三回言えたか?」
「いや、別に願い事は……」
ない、と答えようとしたところで右手にぬくもりを感じて視線を落とす。すると、重ねられた手がそっと、握られた。
「リィン」
呼ばれて顔を上げる。赤紫の瞳はいつの間にかリィンを真っ直ぐに映していた。
繋がった手から微かに振動が伝わる。緩やかに流れる風が頬を撫でた。
「ずっと、隣にいて欲しい」
静かな夜に響く、聞き慣れた声。
それはとてもあたたかく、優しい音色。
(ああ……)
耳に届いた音はすとん、とリィンの胸に落ちる。そこからじんわりと熱が体中に広がる。こころが、ふるえる。
だってそれは、リィンが欲してやまなかった言葉。
「……やっと、言ってくれたな」
本当はとっくに分かっていた。リィンも、クロウも、互いに。それでもクロウは、決してその言葉を口にしようとはしなかった。だからリィンも言えなかった。
黄昏が終わり、世界が少しずつ平和を取り戻しはじめてもその関係は変わらなかった。このままずっと、変わらないのかもしれないと思った。
――でも、こうして隣にいられるのなら。それでもいいと、思っていたのに。
一筋の雫が流れ落ちる。
それを見たクロウはそっと、手を伸ばして小さな光を拭った。
「好きだ、リィン」
本当はずっと、こうしたかった。
あふれるほどの想いが眦から零れ落ちるのを感じながら、リィンもはじめてその言葉を口にした。
「……俺も、クロウが好きだ」
遠くの空で星が落ちるのを視界の端に捉えながらゆっくりと目を閉じる。触れ合った唇から互いの熱が混ざった。
やがて、徐に目を開けた二人はどちらともなく笑みを零した。星に願いを馳せずとも、俺たちの願いは今夜、叶った。
流るる星に願いを乗せて
- これからも共に在ると、誓う -
『幸せそうな2人が見たい』という診断メーカーをお借りしました。
【綺麗な星空の下、意を決したように手を握られ、小さな声で「ずっと隣にいて欲しい」と言われて、
「やっと言ってくれた」と泣きながら笑う紅葉 秋菜のクロリン】