二人がお互いを気にしていることは、なんとなく気付いていた。そんな二人の雰囲気がある時少しだけ変わって、それとなくリィンに聞いてみたら彼はほんのりと顔を赤くしながらも嬉しそうに笑った。だから僕も心からよかったねと自然に言葉が出た。
 性格は正反対だったけど、だからこそ惹かれるものがあったのか。学生の頃から仲がよかった二人のことは何も心配していなかった。


「え? クロウが?」


 思わず聞き返したら視線を彷徨わせながらもリィンはこくりと頷いた。お待たせしましたと運ばれてきたコーヒーをお礼を言って受け取り、それから再び目の前の友人に向き直る。


「えっと……クロウと喧嘩でもした?」

「いや、そうじゃないんだけど」


 歯切れが悪いのはきっと、リィンにも確信があるわけではないからだろう。だからこそちょっと相談したいことがあると連絡をしてきたのかもしれない。
 リィンが相談を持ち掛けてくることも珍しいけれど、その内容も信じ難いものだった。クロウがリィンのことを好きじゃないかもしれない――なんて、正直考えられなかった。


「クロウはその、あまりそういう……恋人らしいことをしたがらないし、告白も俺からだったから」

「えっ、告白ってリィンからだったの?」


 意外な事実にまたも疑問を返すとリィンはきょとんとした表情を浮かべた後にああと肯定を返した。僕はてっきり、という言葉は飲み込んだ。
 でも、これで少しは状況が飲み込めてきたかもしれない。二人が両想いであることは傍から見ても分かっていたけれど、本人たちには本人たちの事情があるのだろう。そして、昔は自覚のなかったリィンとは違って学生の頃から確かに好意を抱いていたはずのここにいないもう一人の友人は、自分から気持ちを伝えることはしていなかったという。


「嫌われているわけじゃないし、好かれているとも思う。だけど」


 ことり、カップを置く音がクラシックの掛かった店内で小さく音を立てる。その先に言葉は続かなかったが、話の流れを考えれば予想はつく。
 要するに、リィンは不安なのだ。恋人になった今でも、クロウの気持ちが分からないから。


「……そのこと、クロウには話した?」


 ふるふると黒髪が揺れる。もし本当にそうだったとしたらと考える自分も嫌なのだと、リィンは本心を打ち明けた。自分のことは二の次にしがちな、大切な友達が。


「大丈夫だよ」


 だから、はっきりと伝える。
 本当はそれこそクロウの役目なんだろうけれど、それはいずれ本人にやってもらうとして。今は目の前の友人の相談に乗ることを優先する。


「クロウならちゃんとリィンの話を聞いてくれるよ。それはリィンが一番よく知ってるんじゃない?」


 誰よりもクロウと一緒に過ごしてきたのは他ならぬリィンなのだから。

 そして、逆もまた然り。

 クラスメイトとして、起動者として。僕たちの誰よりもリィンと同じ目線で共に戦い、隣を歩いていた彼がリィンのことを分からないわけがない。何より、クロウがリィンのことを考えていないわけがない。



 だからリィンと別れた直後。
 ホルダーから取り出したARCUSでもう一人の友人に連絡をした。



 大事な話があるから時間を作って欲しいと頼むと、少し考えた後に夕方ならと急に誘ったにも関わらずすぐに時間を空けてくれた。そんな友人がリィンのことを蔑ろにするなんてまず有り得ない。
 でもきっと、彼も彼なりに考えることがあるのだろう。二人とも何事も要領よく器用にこなすのにこういうところは不器用らしい。もしかして、正反対のようでいて実はそうでもなかったりするのだろうか。


「――っていうことなんだけど」


 心当たりはある? と尋ねたら赤紫の瞳もまた気まずそうに横に逸れた。その反応でやはりこの友人がリィンを好きな気持ちはあの頃から何も変わっていないのだと知る。


「あ、僕が話したことは内緒にしておいてね」

「……そりゃあ言うつもりはねーが、知ってたんだな」

「前にリィンから聞いたんだ。でもクロウ、あれで隠してるつもりだったの?」

「本人には何一つ伝わってなかったんだがな」


 そう言ってクロウは先程運ばれてきたコーヒーを口に運んだ。普段は鋭いリィンが恋愛に関してだけはとことん鈍いことは彼と親しい人ならば誰もが知っていることだ。勿論、そこにはクロウも含まれている。
 そのクロウの気持ちに全くリィンが気付いていなかったことも何人かは気付いていただろう。故に、リィンから話を聞くまではてっきり告白をしたのはクロウだと思っていたのだ。


「…………あいつが鈍いことはお前も知ってるだろ」


 テーブルに置いたコーヒーを見つめながら徐にクロウは口を開いた。頷いて「関係あるの?」と尋ねれば「まあ」と短い返事がくる。昼間のリィンもそうだったけれど、歯切れの悪いクロウも珍しい。


「やっとここまできたのに、下手なことをして終わらせたくはなかったんだよ」


 たっぷりと十秒近くが経った頃、漸くクロウはその先の言葉を続けた。予想のしていなかった返答にぱちりと瞬きをする。
 つまり、クロウは恋愛に疎いリィンに対して慎重になっていたらしい。両想いになったとはいえ、人の気持ちは変わらないと言い切れるものではない。急いては事を仕損じるということのないように、慎重に距離を計る方が得策だと考えた。その理由は、間違いなく。


「やっぱり、心配なんていらなかったなぁ」


 自然と零れた声に赤紫がこちらを映した。何で笑うんだよと呟くクロウにごめんと謝りつつも頬が緩んでしまうのは仕方がなかった。
 だって、結局この二人は同じ気持ちを抱きながら全く同じことを気にしていたのだ。
 好きだから、嫌われたくない。そういうこともしたいし、大切にしたい。そんな二人のお互いへの想いを知ってよかったとあの時と同様の気持ちが胸の内に広がる。


「今の話、リィンにもちゃんとしてあげなよ」

「……分かってるよ。知らせてくれて助かった」

「余計なお世話だったかもしれないけどね」


 そんなことねーよとクロウは言うけれど、わざわざクロウを呼び出さなくても昼に相談に乗ったリィンはきちんと話をするつもりでいるだろう。それでもクロウに連絡をしたのは、有り得ないとは思ったものの確かめておきたかったのだ。リィンもクロウも、大切な友人だから。


「悪ィ、次の列車に乗らねえといけねーんだ」


 ちらりと時計を確認したクロウがかたんと音を立てながら立ち上がった。数時間前まではクロスベルにいたみたいだけど今度は帝国西部に行くらしい。
 本当に忙しい中、大事な話のためにクロウは時間を作ってくれたのだ。友達として、大切に思っているのもお互い様なのだろう。そのことに自ずと頬が緩む。


「今度は三人で飯でも行こうぜ」

「クロウの奢り?」

「じゃあこの前発売したレコードのハーフミリオン達成記念っつーことで」


 予想外の一言に驚いている間に「リィンには上手く言っておいてくれ」とクロウは流れるように伝票を手に取った。あ、と声を上げる前にぱちっとウインクを返される。
 今日のお礼、といったところだろうか。気にしなくていいのにと思ったけど、ここは素直に気持ちを受け取ることにした。


「ありがとう。楽しみにしてるね」

「とびっきりの店を探しといてやるよ」


 また、と去っていく友の背中を見送って残っていた紅茶を口にする。それからこちらもお店を出ると夕焼けに染まった空の中で一番星が光り輝いていた。











 数日後、ARCUSに届いた一通のメールにはこの前のお礼と報告が書かれていた。
 そのメールに返事をするついでに例の約束を持ち掛けると、リィンからはすぐに返信がきた。そこには意外な提案も書かれていて、少しばかり驚いたもののそれもいいねとこちらも即返信をした。

 正反対のようでそうでもないのかもしれないとこの間は思ったけれど、もしかしたらお互いに影響されているところもあるのかもしれない。
 そう考えながら帝国西部――今は故郷にいるらしい友人に内緒で二人で話を纏める。これを聞いた彼はどんな反応そうするのだろうか。

 三人で会う日を楽しみに思いながらARCUSをしまった僕は自分を呼ぶ声に返事をしながらバイオリンを手に取った。