青く澄み渡った空の下、ここ杜宮学園では年に一度の学園祭が開かれていた。全校生徒が一丸となって準備に取りかかり、どのクラスや部活も様々な模擬店や展示を行っている。生徒に教師、保護者に近所の人達。他にも他校生や学園のOBにOGもやってきて学園祭は大変賑わっている。
普段以上に大勢の人達が歩く廊下で亜麻色の髪を揺らしている少女は学園の生徒ではなく教師だ。身長は生徒より低くともとっくに成人済みである。だが一般客に場所を尋ねられながら生徒に間違われているのはやはりその身長のせいだろう。偶然目にした光景に思わず笑いを零すと、どうやら少女はこちらに気付いたらしい。
「クロウ君!?」
「よう、相変わらずみてぇだな」
笑いながら話す友人に今のやり取りが見られていただろうことは確認するまでもない。そんなに笑わなくてもと言えば悪いと謝られるが、笑いが収まらないまま謝られても説得力なんて全くない。
「まあほら、若く見られるのは良いことだろ?」
「生徒に間違われるのはちょっと違うと思うんだけど……」
何でも若く見られれば良いというものではない。確かに大人の女性は若く見られる方が嬉しいのだろうが、この場合は子供っぽいといわれているようにも感じる。トワの場合は子供っぽいというよりも単純に身長の問題ではあるのたが、もう立派に成人している身としては複雑な心境である。もっとも、年下に見られるのはいつものことではあるのだけれど。
「でも生徒に間違われるなんて学園祭ぐらいだろ。普段はこの学校の教師なんだし」
「もしかしてわたし、これから毎年生徒に間違えられるのかなぁ」
はあと溜め息を零すトワにクロウは間違われる方に一票入れると冗談交じりに言う。何せ高校時代から年下にばかり見られていた彼女だ。この先も年下に間違われるのは仕方のないことだろう。
そんなクロウの冗談に「もう」と怒りながらもトワの表情には笑みが浮かんでいる。学園祭に来るという話は聞いていたけれど、実際にこうして来てもらえたというのは嬉しいものだ。メールではそれなりにやり取りをしているし実際に会うのもそこまで久し振りというわけでもなかったりするのだが、それでも嬉しいものは嬉しい。
「そういやジョルジュとゼリカのヤツは着くのにもう暫く掛かるってよ」
「あ、そうなんだ」
ほらと見せられたサイフォンには確かにそのようなメールが届いていた。どちらも学園に着くのが少し遅くなるそうだ。
トワとクロウ、それからジョルジュとアンゼリカの四人は高校時代からの友人だ。四人共大学まで一緒で今でも付き合いが続いている。つまり全員がここの卒業生なわけだが、トワがここの教師になったということで久し振りに学園祭で集まろうかという話になったのである。三人共卒業生であることから学園祭への出入りは自由なのだ。
「それで、トワも何かやってんのか?」
「学園祭はあくまで生徒がメインだからね。わたしはちょっと手伝いをしたくらいだよ」
「トワなら生徒に混ざってても違和感ねぇと思うんだけどな」
身長的な意味でと付いているであろうその言葉に「わたしもクロウ君と同い年だからね!」とトワは主張する。それはクロウも分かっているが、例えばすぐそこの喫茶店をやっているクラスにエプロンを付けて立っていても違和感などないのではないだろうか。
「クロウ君だって、制服を着ればまだ学生に見えるからね!」
お互いまだ二十代でついこの間までは学生だったのだ。高校生だったのは大分前のような気がするが、この年なら制服さえ着てしまえば背の高い高校生に見えないこともない。
そんな風に言い返すトワに「そうか?」と疑問の声を上げるクロウ。それに「そうだよ」と肯定で返したのはトワ。わたしだけじゃないんだからと話す彼女に「トワはあと何年でもいけそうだろ」と言ってくるが、そんなことないとこちらは否定をする。いくら身長が低くても学生に間違われるのには限度があるだろう。言えばトワなら大丈夫だろうと適当なことを言ってくれる。
「もう、あまりからかわないでよ」
「俺は本当のことを言ってるだけだぜ?」
だから笑いながら言われてもと思っていたところで「あー!」と大きな声が二人よりすぐ近くから聞こえてくる。その声に反応するように視線をそちらへと向ければ、そこには学生服を着た少年少女達がこっちを見て立ち止まっていた。
「トワちゃんが男と……はっ! まさか彼氏か……!?」
彼氏、という言葉にトワはボンっと顔を赤くした。か、彼氏って……とあわあわしているトワを見て「やっぱりそうなのかー!?」と声を上げるのは先程の少年だ。その横で落ち着きなよ友人達が宥めている。
高校生となればやはりそういうことが気になるお年頃なのだろう。自分達の時もあの先生が恋人と居るのを見掛けたというような話や付き合っている人がいるらしいという噂を聞いたりしたものだ。懐かしいなと思いながら明らかに困っている友人にクロウは助け舟を出す。
「ほら、トワも落ち着けよ。俺はこの学校のOBでトワとは高校と大学が一緒だったんだ」
クロウが言うのに合わせて我に返ったトワも頷く。わたしがここの学校の教師になったって聞いて久し振りにみんな学園祭で集まろうって約束をしてたんだとトワ自身が補足したことで漸く誤解が解ける。そうだったのかとほっとしたように息を吐いたのは茶髪の少年。一緒に居た生徒達もトワの言葉に納得したようだ。
「それじゃあ俺達の先輩でもあるんスね」
「まあそういうことになるな」
「あ、コー君には話したことあったよね? ブレードを作った大学の同級生っていうのが彼なんだ」
それに反応したのはコー君と呼ばれた少年と緑色の髪をした少年の二人だった。驚いたように二つの瞳が赤紫を見る。反応するということは実際にやったことがあるのだろう。そう思いながら「何だ、遊んだことあんのか?」と尋ねれば二人から肯定の返事が来る。
ゲームセンターにも筐体が設置されていることからプレイしている人を見掛けることはあってもこうして実際に遊んでくれている人を前にする機会というのはなかなかないからなんだか新鮮だ。どうやら楽しんで貰えているようで開発者としては喜ばしい限りだ。
「コー君はかなり強いんだよ? わたしも対戦したんだけど負けちゃった」
「へぇ? けど、トワってあまり強くなかったよな」
「いや、トワ姉は結構強いっスよ。ランクもかなり高いし、俺が勝ったのも奇跡に近かったっていうか」
少年の言葉にいつの間にとクロウが零す。あれから練習したんだからとトワは笑う。今はランク十一までいったんだよと話すそのランクは最高ランクの一歩手前、つまり相当な腕前になっているということだろう。あのトワがなと、ゲームを教えた頃のことを思い出しながら呟けば「今ならクロウ君とも良い勝負が出来るかもしれないよ?」と言う。
確かに以前よりは良い試合になりそうだけれど、クロウが気になるのは琥珀の瞳を持つ少年だ。トワがどれほど腕を上げたかは直接見ていないものの最高ランク手前の彼女に勝つということは相当な腕の持ち主であることに間違いない。
「そのトワを倒したっつーことはお前も強いんだよな? 今度俺ともやってみねぇか?」
「え、良いんスか?」
「おうよ。勿論手加減はしないぜ」
「油断してるとクロウ君でも負けるかもよ? コー君、本当に強いんだから」
ね、と同意を求められて困っている少年に「それは楽しみだな」とクロウは口角を持ち上げる。えっとと視線を彷徨わせながらもお手柔らかにお願いしますと少年は頭を下げた。
頑張ってと声を掛けられる少年と一先ず連絡先を交換したところで「そういえばそろそろ劇が始まる時間じゃない?」と一人が口にする。そこで本来の目的を思い出したらしい彼等は一言挨拶をしてから急ぎ足で体育館へと向かって行った。
「今のがトワの生徒か」
「えへへ、みんな良い子なんだよ。コー君はわたしの従弟でもあるんだ」
それで“トワ姉”かと今更ながらクロウは納得した。同じ学校に従姉が居るというのはどういうものかは分からないが仲は良さそうだ。流石に授業中はその呼び方じゃないよなと思いつつクロウは隣の黄緑を見る。
「で、さっきのはアレで良かったのか?」
アレ、というのは一番最初の彼氏かどうかという話のことである。ククと喉を鳴らしながら尋ねるクロウにトワはほんのりと頬を赤く染めながら小さくありがとうと返した。あそこでクロウが助け舟を出してくれなければ更に追及をされたりして大変だっただろう。
「学校で噂になったら大変だもんな」
「気を遣わせちゃってごめんね」
「ああ、良いって。埋め合わせはしてもらうし?」
クロウの言葉にトワはクエッションマークを浮かべた。そんな彼女の唇にクロウは人差し指を軽く押し当てる。最初はその意味も分からなかったトワだが、暫くしてその意図に気が付くと顔を真っ赤に染めた。
「ク、クロウ君……!」
「俺はそれで十分だから、楽しみにしてるぜ?」
楽しげに笑うクロウに「そんなこと言われても……」とトワは赤い顔で困っている。
先程の生徒達には誤魔化したけれど、実のところクロウもトワも否定はしていない。今日は友人として来たのも確かだから嘘を言ったわけでもないけれど、恋人なのだからこれくらいはお願いしても良いだろう。
そう話す彼氏にトワが困っているとサイフォンからメールの着信を知らせる音が耳に届く。クロウがポケットからサイフォンを取り出してみれば、メールの相手は例の友人達のようだ。
「お、アイツ等着いたらしいぜ。俺校門まで迎えに行ってくるわ」
「えっ、ちょっと、クロウ君!」
「じゃあまた後でな」
くるりと背を向けた友人は手をヒラヒラさせてそのまま階段を下りて行ってしまった。残されたトワはといえば、小さく息を吐きながら俯いて自分の頬に両手を当てる。そこからはやはり熱が感じられる。
どうしよう、と思いながら廊下の窓から外を見れば校門の前には見知った友の姿。数十秒後にはさっきまでここに居た恋人の姿もそこに加わる。
(みんなが来るまでに治まるかな……)
そんなことを考えていると窓の向こうの友人と目が合った気がした。するとふっと赤紫が優しげに細められ、それからまたすぐに他の友人達に向き直ったかと思うと三人は校舎へ向かって歩き始めた。
どうやら、目が合った気がしたのは気のせいではなかったらしい。
(本当に、もう……)
あんな些細なことにさえドキッとしてしまう。トワが彼を好きであることは紛れもない事実だ。その彼に助けられたのも確かだから、やっぱり今度ちゃんと埋め合わせをしようとこっそり決意する。
単純かなと思う反面、これも好きになってしまったのだから仕方がない。そう思ってトワも友人達を迎えに階段へと向かった。
懐かしの学校で
友人達と共に思い出の校舎を歩こう
大切な友達と、大好きなその人と