一学期最後の難関である期末テストを終えた日の放課後。校門の前でばったり会った友人と一緒に帰っていた時、通学路で見かけるポスターのことを思い出してそれとなく話を振ってみた。
 そういえばそんな時期だねというところからはじまり、屋台や花火の話へと広がっていく。それから最後に「せっかくだし一緒に行くか?」と尋ねてみると、ぱちりと目を瞬かせた彼女は程なくして「うん」と頷いた。

 それが一週間前のことだった。


「クロウ君!」


 名前を呼ぶ声に振り返る。すると、たくさんの人の合間から小柄な友人がぱたぱたと小走りに駆け寄ってきた。


「遅くなってごめんね」


 はあはあと軽く息を整えながらトワが言う。彼女の髪はいつもより少し高い位置でお団子にしてまとめられており、赤い布地に朝顔が描かれた浴衣を着ていた。
 普段とは違う姿にドキッとしながらもクロウはできるだけ平静を装いながら口を開く。


「俺も今来たとこだぜ。それにまだ約束の五分前だろ」

「でも、待たせちゃったなら悪いかなって」


 真面目な彼女らしい言い分に気にしすぎだと返す。人混みを予想してお互い早めに家を出て、たまたまクロウの方が先に着いただけの話だ。謝る必要はどこにもない。
 そう思ったままに言えば「ありがとう」とトワはほっと息を吐いた。礼を言われることでもないのだが、まあそれはいいかとクロウは彼女の姿を改めて眺めた。


「……浴衣、着てきたんだな」


 その一言にトワの頬がほんのりと赤く染まった。


「お祭りに行くって言ったらお母さんが出してくれたんだ」


 どうかな? と黄緑色の瞳がクロウを見上げる。
 その視線にとくんと心臓が音を立てたのが分かった。


「似合ってるな」

「本当? よかった」


 嬉しそうに笑うトワの姿に心臓が五月蝿くなる。できれば浴衣姿を見てみたいとは思ったが、本当に見られるとは思わなかった。
 この場に別の友人がいたなら、もっと気の利いたことを言えないのかと呆れたことだろう。けれど他に上手い言葉が出てこなかった。その友人なら流石は私のトワだと言い切るのだろうが、クロウにはとてもそんなことは言えない。そもそも柄ではない。


「それにしても、すごい人だね」


 きょろきょろと周りを見回してトワが言う。ここに来るまでも人は多かったが、お祭りの会場である鳥居の向こう側はさらに人が多い。まだお祭りが始まったばかりであることを考えるとまだまだ人が増えることは容易に想像できる。
 この辺りではそこそこ大きなお祭りということもあり、先に花火の場所を確保している人もいることだろう。もしかしたら学校の友人もいるかもしれない。


「これだけ人が多いとはぐれたら大変だな」


 こういう場所では携帯も繋がりにくくなる。一度はぐれたら会場でお互いを探すのはかなり大変だろう。今だって人の波にながされたらすぐに分からなくなりそうだ。


「念のために待ち合わせ場所を決めておこうか」

「だな。この人混みで小さいトワを見つけるのは大変そうだし」

「もう、わたしだってクロウ君と同い年なんだからね!」


 むっと頬を膨らませるトワに分かってるとクロウは笑う。そうやっていつも人のことを小さい扱いするんだからと怒るところも可愛らしいが「悪かったよ」と一応謝罪は口にしておく。
 本当に分かっているのかと聞きながらも彼女の表情は柔らかい。これは自分たちの間ではいつものやりとりでトワも本気で怒っているわけではないのだ。それでももう一度分かってると頷いてからクロウはすぐ後ろの鳥居を見上げた。


「それで、待ち合わせ場所は鳥居が一番分かりやすいか?」

「そうだね。もし何かあった時はここに戻ってこようか」


 二人が話している間も一人、また一人と鳥居の下を潜っていく。並んで歩く家族、祖父と手を繋いでいる子供、学生らしきグループはどこから回るのかで盛り上がっているようだった。
 そんな人たちを眺めているとトワがクロウを振り向いた。


「クロウ君は何か見たいものある?」


 やはりお祭りにきたらどこの屋台に行こうかという話になるのは必然だ。当たり前のように相手の意見から聞くトワにクロウは少しだけ考える素振りをした。


「んー……たまにはギャンブルなしで勝負でもするか?」

「たまにじゃなくても賭け事はダメだよ」

「そういうトワは何かねーの?」


 それこそ、たまにはトワ自身が行きたい場所を言えばいい。
 そう思いながら聞き返したクロウに「え?」とトワは首を傾げた。どうやら聞き返されることは想定していなかったらしい。


「やりたいことでも食べたいモンでも」

「うーん……食べるのはまだあとでもいいと思うんだけど、わたしはあまり屋台のゲームは得意じゃないんだよね」


 欲しいものがあっても全然取れなくて、とトワは苦笑いを浮かべた。なんとなく想像ができるなとクロウは思う。


「クロウ君は得意そうだよね」

「まあ祭りの屋台なら結構勝率はいいと思うぜ」


 トワとは逆で欲しいものは大体ゲットできたから友達に頼まれて代わりに取ったことも少なくない。それを聞いたトワはすごいなぁと感嘆を零した。


「こういうのはコツを掴めば簡単だぜ」

「そういうものかな?」

「試してみるか?」


 これだけのお祭りならどんな屋台もどこかしらにはあるだろう。やってみたいものがあるのならそこから挑戦してみようと話すクロウにトワはまた少しだけ考える。


「それじゃあ射的とかどうかな?」

「おうよ、任せとけ」


 クロウが頷くとトワは頬を緩めた。
 それを見たクロウも小さく笑みを浮かべて顔を上げる。


「んじゃ、射的を探すとすっか」


 そう言ってあとちょっとで触れてしまいそうな位置にあったトワの手を掴むと、顔を赤くした彼女は勢いよくクロウを見上げた。


「ク、クロウ君……!?」

「こうすりゃはぐれる可能性も少なくなるだろ」


 なんて、本当は言い訳に過ぎない。だが暫くして「うん」と小さな声で頷いたトワはぎゅっと、クロウの手を握り返した。
 はぐれないため。そんな風に言い訳をしたけれど、本当はただ手を繋ぎたかっただけ。でも、握り返してくれたということはトワも同じだと思っていいんだろうか。

 繋がったそこからじんわりと互いの体温が伝わる。
 お祭りはまだはじまったばかり。







それは気になるあの子との距離が近づく
ちょっとしたきっかけ